暑さに負けずに勉強するには

葛西駅から徒歩3分、個別指導塾葛西TKKアカデミーは子供たちの体調管理も考えます。

五月と言うのに30度を越える日が続いています。
今日は葛西TKKアカデミーが暑さに負けず勉強をするポイントをお話します。

もうすでに真夏日が出てきました。

そんな暑い中で勉強することはとても大変です。

暑さに負けず勉強する工夫を考えてみましょう。

夏バテや熱中症など、暑さによって身体機能が衰え体内の水分が不足すると、脳内の血流の循環が悪くなり、集中力が続かなくなり、勉強もはかどらなくなってしまいます。
夜も暑く寝付けない日々が続くと睡眠不足になり、更に勉強の効率が上がりません。
特に受験生は勉強のストレスなどで十分に休息が取れていないのに、加えて暑さによる体調の悪化は勉強をより困難にします。

暑さ対策の原則は温度を下げることです。
クーラーと扇風機を上手く組み合わせて、室温を25℃くらいに保てるといいでしょう。
それが難しい時は首の頸動脈に濡れタオルや保冷剤(熱さまシート)などを当てると、体温が下がります。

また、食事も気をつけたいところです。
だるいからと言って食事を取らないと、暑い気候に対処する体のエネルギーが不足し、余計に体調が悪くなってしまいます。
そして、冷たいものばかり食べるのもよくありません。
内臓を冷やし消化吸収機能がうまく働かず、十分な栄養が取れなくなってしまいます。
むしろ暖かいものを食べた方が発汗作用により、体温を下げるには効果的です。

真夏の太陽の下での運動は熱中症になる危険性がありますが、かと言って、室内でじっと机に向かって座るのもよくありません。
血液循環が滞り、十分な酸素が体内、特に脳に行き渡らなくなります。
ある程度勉強したら、室内でストレッチなど、軽い運動をすることをお勧めします。

最後に、早朝勉強法をご紹介します。

一日のうち最も熱くなる13時から16時は勉強を止めます。
昼食を取ったらお昼寝をして、リラックスする時間にします。
その分、暑さがそれほど厳しくない午前中や日の出前に勉強をするのです。
個人的に、この方法はお勧めです。
夜は夕食を終えて20時か21時くらいには寝ます。
そして、3時か4時くらいに起きて勉強するのです。
やはり早寝早起きの習慣は気持ちをシャキッとさせます。
騒音もなくシーンとしているので、勉強に集中しやすい。
そのまま昼まで勉強するのです。
意外と効率よく学べた経験があります。

食事の後、すぐ寝てしまうので消化も良く、食後の眠気と闘いながら勉強するということもなくなります。
睡眠時間も十分に取れ体の調子も非常に良かったです。

猛暑の勉強はとてもつらいです。

それでも勉強はしなければなりません。
いろいろ工夫して、この夏を乗り切れるよう応援しています。

叱るということ。葛西TKKアカデミーは子供との接しを真剣に考えます

葛西TKKアカデミーは常に子供たちの成長を考え、個々の生徒との接し方を真剣に考えています。

そんな中で、今日は「叱る」ということについて考えたいと思います。

「叱ること」と「怒ること」
まず、大事なのは「叱ること」と「怒ること」を混同しないことです。
「叱ること」は子供のために、子供のことを考え、子供をプラスに導くために行います。
一方、「怒ること」は自分のために、自分の立場・都合をよくすることを考え、自分を守るために行います。

学校などでも「生徒のため」と言いつつそうでないことが、客観的に見るとよくあります。
先生が自分の思う通りに生徒が上手くならないから、そのストレスを生徒に怒ることで発散する。
(これは指導力不足が根本の要因と思われますが。)
自分が間違っているのに、立場上認めたくない自尊心がそれを許さない。
怒鳴る理由はこんな感じではないでしょうか。
しかも渦中にいるときは、先生自身がそれに気づかなかったりします。

指導者という立場で権威を持たされると途端に自分が上で生徒は下だという変な上下関係を作り出してしまう。
だから、自分の思い通りにならないと怒る。
生徒が自分と違う意見を言うと、侮辱されたように思う。
口答えされて反抗されたように感じる。
生意気だ、気分が悪い。
だから怒って自分の強さを誇示したい。

でも、怒って表面上生徒を従わせることができ生徒の心はついていきません。
関係も表面的になり、指導の本当の目的は達成できません。

怒っても問題は解決しません。
むしろ険悪な状況を作るだけです。

大切なのは相手に理解させること。
冷静になり、大人として大きな心で生徒の気持ちを想像し、客観的に状況を分析し、最善の方向に導くことです。
つまり、「叱る」には怒る必要もないし、怒鳴ったり体罰を行ったりする必要もないのです。

正しく叱る
いくら生徒のためを思い叱っても、状況把握を間違っていれば、生徒は理不尽に思い、不信感を抱きます。
これではいけません。
だから、叱るのは非常に難しいのです。

正しく叱るにはどうすればいいのでしょうか。
先ず冷静になること。
そして、正確に状況をつかもうと努力することです。
自分で勝手に思い込んでしまってはいけません。
常に自分の状況判断が間違っているかもしれないと謙虚になることです。
だから、叱る前に生徒の言い分をきちんと聞いてあげることが大切です。
もし複数の人間が関わっているのであれば、全員の言い分を聞かなければいけません。
面倒だと言ってはいけません。
そのくらい慎重にならなければいけません。
目的は楽をすることではなく、生徒を導くことなのだから。

更に、大人として広い心で接することも忘れないでください。
発展途上にある子供たちです。
過ちもあるでしょう。
でも、それを責めて心に傷を残すのが叱る目的ではありません。
過ちを大目に見るゆとりが必要です。

よく子供相手に理屈で論破しようとする人がいます。
(あたかも論破して優越感に浸りたいような。)
相手は語彙も経験も少ない子供です。
まともに討論すれば負けるのは当然です。
子供を負かせて、「自分はダメだ。」と思わせ、「自分の理は完全に否定された。」と思わせるのも叱る目的ではありません。

子供にも自分なりの道理があります。
それを分かってあげることも大事です。
これは多くの生徒に接した経験から分かります。

子供の考え方自体は間違っていないのですが、文脈において合わないことが多分にあります。
そんな時、大人の理屈を押し付けるのではなく、子供の目線に立って、「なるほどそうだよね。だけどこの場合、この方がいいんじゃないかな。」と提案するのはどうでしょう。
そうすれば子供の側に立ってくれたと安心し、心を開いて話してくれるし、こちらの言うことも聞くようになります。
そして提案すれば、それについて考え自分で判断するようになります。

結論を与えるのではなく、自分で決めさせるのが重要です。
正しい結論にたどり着けるように導いていく。
これが指導という意味においての正しく「叱る」ということです。

最後に、大人が子供と接するときにこんなことありませんか。
本人のためを思っていろいろ一生懸命にやっているにも関わらず、自分の思うような反応が子供から返って来ない。
子どものためという思いが強いからこそ余計に、自分の行為が報われていないと感じイラつきが募る。
そうしてついつい怒鳴ってしまう。
心にもなく言いすぎてしまい、後で自己嫌悪に陥ったりしませんか。
または、その瞬間の感情に流され言ってはいけないような暴言を吐いてしまう。
これも「叱っている」のではありません。
子どものためというより、報われない自分をあわれんでの行動だからです。
特に子供が小さいときは、大人が何でそんなことをするのか、言うのかよくわからないものです。
物事の重要性も優先順位も十分に理解できません。
現在の行動が後にどのような影響を与えるかもわからないものです。
だから、こちらが期待するような反応を示さないことはよくあります。
子どもとはそういうものだと受け止めて、丁寧に話してあげましょう。
くれぐれも自分への報いを求めないでください。
子育てとは無償の愛です。
もし自分で説明するのが難しい、もしくは子供が自分を正しく受け止めてくれないというのでしたら、無理して自分一人でどうにかしようとはせず、外に助けを求めるのもいい方法です。
助けを求めることは恥ではありません。
一人で何とかしようと奮闘するのはいいですが、空回りすると孤独になり孤立してしまいます。
そうすると余計に余裕がなくなり視野が狭くなりストレスが増え、また子供にあたってしまうなんていう悪循環になってしまいます。
大事なのは子供の健全な成長。
みんなで力を合わせて子供のために何が最善か考えましょう。
そうすると少しは気が楽になりますし、より健全に子供と接することができると思います。

新元号「令和」スタート。そもそも「元号」って何でしょう。

新元号の「令和」がスタート。
元号が変わるということで各地でいろいろなイベントがあったようです。

そんなにしょっちゅうあることでもないので、歴史的な記念と捉える人が多く、駆け込みで婚姻届を出したカップルも多かったみたいです。

ところで元号って何なのでしょうか。
日本の元号は有名な大化改新でおなじみの645年の「大化」から始まり、およそ1400年も続いているのです。

今回の「令和」は初めて日本の和書からとったということで話題になりました。
これまでは中国の書物がもとになっていたのですが、この変更は政治的意図によると考えられます。
元々元号は中国発祥で、それが周辺国に拡がり、多くの国が独自に元号を採用してきました。

しかし、近代化に伴い西暦が世界的に普及すると多くの国で元号は廃止されました。
西暦と元号を併用している国は珍しく、不便、非効率でも伝統を重んじる日本らしいかなと思います。
中国などは革命でいとも簡単に古来からの制度など捨ててしまっていますが、日本はもったいないと思うのでしょうか。
それとも単に変わることに対して臆病なのでしょうか。

我々は、元号は天皇の代替わりに伴い行われると思いがちです。
これは「代始改元」というもので明治以後行われています。
それ以前は天皇の交代に関係なく元号が変えられていました。

一番多かったのは「災異改元」です。
大きな自然災害や飢饉が起きたときに元号を変えるもので、厄祓いと新しい時代に期待を込めて行われました。

逆に吉事が起きたときも改元されたことがあります。
「祥瑞改元」と言います。

他にもいろいろな理由で改元は頻繁に行われました。
だから、一代で5、6回改元した天皇も珍しくなく、南北朝時代で有名な後醍醐天皇は在位期間21年で8回も改元しました。
当然一つの元号の期間は短くなりがちで、一年に満たないものもあります。
一番短い元号は「暦仁」で何と2カ月ほどです。
ちなみに一番長かった元号は「昭和」で、二番目は「明治」です。
近代医学の発達と生活環境の改善が天皇の長寿をもたらし、更に「代始改元」がこれらの元号を長くしたと考えられます。

昔に比べて貴重な出来事となった改元ですが、調べてみると興味深い事柄がたくさんあります。
せっかく立ち会えたのだから、歴史(難しい話題でなく、家族など身近なものでいいです)など、これをきっかけに話してみませんか。
親子の会話は子供の発達に大きな影響を与えます。

これまでを省み、新しい時代がより一層全ての人にとって良いものであるようお祈りいたします。

「TKKピクニック」に行ってきました。GWに見て触って考えて、楽しい体験と思い出ができました。

葛西駅そば、個別指導塾葛西TKKアカデミーは子供たちの体験を重視し、色々なことに好奇心を持ち考える子供を育てたいと考えています。

昨日、「葛西TKKピクニック」に行きました。
幸いにも雨に降られることもなく、楽しい一日を過ごせました。

参加いただいたご家族の方、途中訪れた施設の方、お世話になりました。
心から感謝いたします。

朝10時に集合し、妙典駅から篠崎ポニーランドまで、江戸川の川沿いを歩きながら、面白い体験をいっぱいしました。

最初はブーメラン作りです。
ブーメランがどこで生まれどのように使われていたかを説明した後、工作に入りました。
今回は牛乳パックを使った誰でも簡単にできる三枚ばねのブーメランです。
みんな5~10分ほどで完成。
早速外で飛ばしてみました。
風の影響で飛ばされたり、うまく投げられなかったりしました。
しかし、何回か挑戦しているうちにコツもつかみ、綺麗なカーブを描きながら飛ばすことができました。



川沿いの草原で虫や草花を観察しながら色々な発見や議論をしました。

水門を超え、休憩所で一休みしたら、すぐに篠崎ポニーランドに着きました。

ここではポニーの乗馬体験とヤギやブタとの触れ合いが楽しめます。
遊具もあり、ちょっとした公園のようになっています。
馬車は残念ながら午前中で終わり乗れませんでしたが、子供たちは楽しんでポニーに何回も乗っていました。

この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は b5b1b4f25dc5d264bb08c387a9e39616.png です


ブルーシートを敷いてお昼ご飯を食べた後、隣接する江戸川子ども未来館を訪れました。

ここには江戸川に住む生き物を展示したり、興味深い講座が定期的に開かれたりする場所でした。
この日はゴールデンウィークということもあり、特別に「干潟の生きものタッチプール」をやっていました。


最初は怖がっていた子供たちも、時間がたつと慣れ、最後にはカメやカニを追いかけながら手で捕まえてこちらに見せてくれました。

帰路では同じ道を戻りました。
途中、クローバーの群生しているところで花冠を作りました。
女の子はやはりおしゃれで、できた冠を頭に載せとてもうれしそうでした。

歩きながら平たく丸い石を拾いました。
川のそばに行き今度は水切り体験をしました。
子供たちにはやはり難しかったのか2回くらいまでが精一杯でした。
私も久しぶりにやったのですが、何とか4回でき面目を保てました。

一日遊びながら、いろい色なものに触れ合い、よく見て考え、体をいっぱい動かしました。
しかし、子供たちは最後までとても元気でした。
むしろ大人の方がくたびれた感じです。
ゆっくり体を休めてほしいと思います。

親御さんからもとても楽しい一日だったと聞きました。
このような楽しい思い出になる企画を今後もできればと考えています。
多くの体験を積むことは考える力を育てるうえでも重要です。
このように多くの方と触れ合い、これからも皆様の子育ての力になれたらと葛西TKKアカデミーは願っています。

新作続々!書籍紹介『五分シリーズ』(河出書房新社)読書が苦手な生徒でも五分で読める。たくさん読めば読解力も表現力も身に付きます。葛西駅そば、個別指導塾葛西TKKアカデミーは、これから日本の教育で重視される「考える力」を育てます。

河出書房新社の『五分シリーズ』が新作をどんどん出しています。
一つのお話が5分程度の短編が一冊にいくつも収められたこのシリーズはとても人気で、今でも新しいお話が次々と書かれています。
5分程度の読み物でありながら、内容は創意工夫が凝らされて、最後の最後にどんでん返しがあったり、全てがつながり「ああ、なるほど。」と納得できたり。
とにかく感心するものばかりです。

『五分シリーズ』(河出書房新社)のリンクはこちら

中でも『スガリさんの感想文はいつだって斜め上』は着眼点も新しく、発想もなかなか普通では考え付かないような感じで、「へえ、そう来たか。」と思わず叫んでしまいそうです。
なかなか興味深く個人的にお勧めです。

最近の生徒たちは本を読まなくなったと言われます。
しかし、実際には昔に比べ小中学生の読書量は増えているそうです。
その理由は「朝の読書活動」で、これは文科省が2001年に掲げた「朝の読書活動の推進」に基づき、多くの小中学校で実践されています。
この通称「読活」のお陰で、小中学生の読書量が増えたとのことです。

学校において取り組みは様々ですが、だいたい朝の10分から15分程度を使って生徒たちに読書をさせています。
このような背景もあり、学級図書として短い時間で読める短編の読み物の需要が高まっているようです。

このシリーズは5分で読めるというコンセプトで、一冊に10本ほどの短編集となっております。
何百ページもあると、その量に圧倒されなかなか手がつきませんが、これならば途中でやめても中途半端になりませんし、非常に取り掛かりやすくなっています。
内容も「感涙」から「衝撃」まで幅広く、好みに応じて選ぶことができます。
もともとはweb投稿コンテストへの投稿物でしたが、非常に人気が出て書籍としても扱えるようになったそうです。
新人作家が中心とはいえ、内容のいいものばかり集められ、意外などんでん返しがあったりして面白いです。

本当に短く手軽なので、通勤通学の車内で読んでもいいでしょう。

SNSが普及している現在、生徒たちの言語活動は非常に限定的で、毎日同じメンバーと同じ内容のコミュニケーションを繰り返すようになっています。
昔なら、そのようなツールはないので嫌でも様々な人と触れ合わなくてはならず、自然と多様な考え方に触れ理解力と表現力が養われてきたものでした。
しかし今はそうではなく、私も現場で生徒たちを教える時、これらの能力が非常に低下してきているのを感じ、危惧しております。
どのような形であれ、様々な言葉に触れる機会を作る必要があります。
なぜなら言語は直接思考と結びつき、言語の貧困はそのまま思考力の貧困につながるからです。

取り掛かりやすい者から読書を始め、やがてその面白さに引き込まれ、どんどん本を読んでもらえることを期待します。
非日常的な物語は刺激的で、生徒たちの想像力を培うのにも役立ちます。
それは与えられたものを正確に読み取る力に加え、自己表現、自ら創造する力にもなります。

現在、文科省は知識偏重の学習ではなく、学んだことを活用し始めから答えの定まっていない問題まで対処できる人材の育成を目指しています。
それが今、着々と進められている教育改革の基盤の一つです。
これに対応できない生徒は、今後の勉強や受験において非常に困ります。
そうならないためにも、この『五分シリーズ』は考える力を養い、より高度な学びへの入り口として最適かと考えます。

2020年から行われる大学入試には英語にスピーキングテストが導入されます。どのように採点するのでしょうか。TOEICを例に考えてみましょう。

2020年度から大学入試は大きく変わります。
これまでの『大学センター試験』が廃止され、新しく『共通テスト』に代わります。
これまでのマークシート方式の解答だけではなく、記述による解答も求められたり、問題も覚えたものをそのまま当てはめるのではなく、身に付けた知識をもとに問題で与えられた条件の中から類推するようなものが出されたり、と大きく様変わりします。
当然全体の難易度は上がり、単純に解答に一致すれば正解という訳にはいかない問題も増えるので、自己採点で自分の得点を予想しづらいなどの問題点が指摘されています。
確かに出願に際して自己採点での得点が信用できないのであれば、出願校を決める根拠が揺らぐので、学校選びも不安なものになります。

そんな中で、これまでとの大きな違いの一つに英語のスピーキングテストがあります。
英語を話す能力が試されるのです。
では、英語を話す力ってどのように採点するのでしょうか。
TOEICを例に考えてみましょう。

新しい大学入試に関して文科省は2020年度(現在の高校2年生が受験する試験)にセンター試験から共通テストに移行することを決定しています。
単に呼び名が変わったのではなく、内容もかなり違ったものになるようです。
その中で英語に関して、「共通テストでは英語の試験を行わない」ことを決めています。
これは受験に英語がいらなくなったことを意味するのではなく、英語の試験を民間の検定試験(英検、TOEIC、TOEFLなど)の結果で代用するというものです。
その一番の理由が「英語にスピーキングテストを導入するため」です。
つまり、スピーキングテストをしたいから英語の試験を民間に任せるというものです。
この件に関しては試験の公平性、費用の問題、生徒への負担の問題など様々な議論がありますが、とりあえず今日は民間テストではすぴースピーキングテストをどのように行っているか紹介します。

ちなみに、2020年度からしばらくは移行期間として受験生は民間の英語のテストに加えて、大学センターが実施する英語のテスト(これまでのセンター試験と似た内容になると思われる)の両方を受けなければなりません。
文科省はこのほうがより公平と考えたのでしょうが、果たしでどうでしょうか。

TOEICではスピーキングテストはパソコンを使て行います。
出題内容は、音読問題、質疑応答問題といったものから、写真を見て状況を説明する問題、ある情報やテーマをもとに自分で考えて意見を述べるといった問題まであります。
受験生はパソコンから出された問題に対して、付属のマイクに向かって解答します。
そのデータはオンライン上で採点者に送られ採点されます。
AIなどの機会を使うのではなく、人間によるアナログな採点です。
採点者の判断ということで、マークシートのように明確に正解不正解が分かれるわけではないので公平性という点で非常に不安を持たれる方も多いことと思います。
(同じ解答でも採点者によって正解不正解が分かれるというような)
この点に関しては、ETSの厳しい基準を通過した採点者が採点することで不公平性を極力なくしているということになっています。
学歴や英語指導経験などによる書類選考、ETSが開発したトレーニングなどをクリアして資格を取得、そして採点精度を維持するため、実際の採点開始前に「カリブレーションテスト」というサンプル問題の採点を行い、それに合格してはじめてテストの採点をすることができるそうです。
また、ひとりの採点者がひとりの受験者の回答をすべて採点するということはせず、受験者の情報を伏せた形で1問ずつ別々の採点者が採点を行い、採点者の先入観によるヒューマンエラーの発生を抑えるようにしているそうです。
採点基準は、コミュニケーション能力を重視するとのことです。
つまり、発音が完璧でなくても、“しっかりと伝わるか”といった部分が達成されていればいいのです。

TOEICではこのようにスピーキングテストが行われ採点されます。
他の検定試験ではまた別の試験方法と採点方法が行われています。
(英検では面接によって判断されます。だから、担当した面接官の裁量が非常に大きいのです)

もともとTOEICは社会人が自分の英語能力を図るために実施された試験で、合否を目的としたものではありません。
それに対して英検は各級の合否が目的で到達点は合格という範疇の中で一緒くたにされます。
他の民間試験もそれどれ毛色の違ったものです。
50万人の受験生が民間検定試験を利用するに当たり、本当にテストの採点も含めた質が保障されるのでしょうか。
TOEICでは厳しい条件をクリアした者だけが採点者になるということで質を担保とするということでしたが、これだけの規模に対応するだけに採点者を用意できるのでしょうか。
基準が高いだけに難しそうです。
さもなくば基準を落としても採点者の人数を確保するのでしょうか。
採点の質と量の問題、両立は難しそうです。

いろいろと疑問は感じますが、文科省は今更決定を覆して延期したりはしないでしょう。
受験生はいくら疑問があっても文科省の決めたルールで受験しなくてはなりません。
本当に大変なことになっています。
きちんとした準備をしないと太刀打ちできません。
それ以前に、当の大学入試センターが未だに明瞭に新しいテストの方針を提示出来ていないもの困ったものです。

この混乱の中、私立大学受験生が増加するとも言われています。
しかし、大都市の私立大学を中心に私立大学は募集定員を減らしています。
(その理由もやはり文科省にあるのですが、この点はまた別の機会に)
国公立は試験に疑問が残るし、私立は狭き門になっている。
受験生にとっては八方塞がりな感が否めません。

これからどうなるか全くわかりません。
混乱した現状に置かれている生徒たちに同情しますが、嘆いても仕方ありません。
やれることをやるしかないでしょう。
準備をしなくては合格できませんから。
葛西TKKアカデミーはそのような受験生のために全力を尽くします。

先週の『ちびまる子ちゃん』が深かった。子どもに勉強を教えるときに直面する問題を捉えていました。ちょっと考えてみましょう。

毎週日曜日に放送される国民的アニメ『ちびまる子ちゃん』をご存知ですか。
先週、たまたま目にしたのですが、そこには子供に勉強を教えるときに起こる問題が見られました。
とても興味深く感じましたので共有し、できれば皆さまのご意見も聞かれればと思います。

どんな内容だったかご紹介し、問題点について考えてみましょう。

『おねえちゃんついにまる子にあいそをつかす」の巻
いつものようにマンガを見て家で勉強しないまる子にお母さんは「勉強しなさい。」と言うが、まる子はまともに相手にしない。
いくら強く言っても一向にこたえないまる子にとうとうあきれ自分ではどうにもできないとお母さんは思う。
そこでお姉ちゃんに月3000円でまる子の家庭教師になってくれと頼む。
しぶしぶ引き受けたお姉ちゃんだが、いくら教えてもきちんと問題に答えられないまる子にイライラする。
自分の言うように勉強しないし、挙句の果てには反論までしてくる。
とうとう取っ組み合いのけんかになるが、ついにあいそが尽きもうまる子の家庭教師をあきらめてしまう。
ようやくお姉ちゃんの怒りを悟ったまる子だが、時すでに遅く、ご機嫌取りで自分から宿題をやろうとするがお姉ちゃんは無視。
まる子が分からないと質問に来ても相手にしなくなってしまう。

以上が内容です。

勉強を教えてもなかなか自分の思うように子供ができず、イライラして怒鳴ってしまう。
「どうしてできないの。」なんて大声を上げた経験はありませんか。
まさにそのような状況が描かれていたのですが、どのようにお感じになりましたか。

分かりやすいように、興味深い一場面があったので取り上げて考えてみましょう。

それはまる子が社会の問題を解いているときでした。
商店街の人は何をするのかという選択問題だったのですが、まる子は「木を植える」をえらびました。
お姉ちゃんは、それは林業の人で商店街の人は木を植えないと言い、まる子に無理やり別の答えを選ばせます。
まる子はそんなことはない、商店街の佐々木のじいさんは木を植えていると主張。
お姉ちゃんは佐々木のじいさんなんかどうでもいい、商店街の人は木を植えないことになっているから選んじゃいけないと言います。
まる子は意地になり、佐々木のじいさんの名誉のためにも断固譲りません。
とうとうお姉ちゃんは根負けし、まる子の家庭教師をやめてしまいます。
まる子は自分の考えがお姉ちゃんを打ち負かしたと有頂天になりますが、すぐにお姉ちゃんとの関係が決まづいものになったことに気づき、自分は何のために意地を張っていたのだろうと考えます。

この場面、多くの方は勉強を教えるときお姉ちゃんの立場でしょう。
答えがそう書いてあるのだからそう答えなければならない。
確かにまる子の答えではテストで点数はもらえません。
でも、まる子の言っていることも間違ってはいません。
彼女の主張もちゃんと筋が通っています。

こんなことは勉強を教えているとよくあることです。
本人は納得しないから受け入れられない。
しかし、強引に教科書や問題集の答えを押し付けてしまえば色々無理が生じます。
場合によっては自信を無くし、勉強に対する面白味や気力を失ってしまうかもしれません。

実はこれから学校教育は考える力の育成を目指しています。
そんな時、ただ言われた通りする子供より悩み苦しみぶつかりながら答えを見つける子供の方がこの力は育ちます。
成長の芽を摘まないためにも、例え教科書と違った答えでも押し付けるのではなく、きちんと説明し受け入れさせることが大切です。
多くの場合、この説明がうまくできず、時間がかかるのでつい押し付けてしまいますが、教育に手間を惜しんではいけません。
寄り道が多いほど学びも多いのです。
(そういう点でいえば、現在の便利な世の中は学ぶ子供には不幸かもしれません)

では、具体的にどうすればいいのでしょうか。
先ずは相手を認め、その立場に立つということです。
そうすると何が問題か明確に見えてきます。
否定と拒絶は多くの可能性をなくしてしまいます。
それから、下手な大人のプライドを捨てましょう。
大人だから全て正しい、間違ってはいけないからうまくできないときは問答無用で言うことを聞かせる。
そんな必要は全くありません。
大人だってできなくてもいいし、間違うこともある。
それを素直に受け入れれば、子供との付き合い方も変わります。
分からない、間違ったなら一緒に学べばいいのです。
一緒に調べ考える。
そうして共に成長すればいいのです。
新しいものが次から次に生まれ、アップデートしないとすぐに時代遅れになってしまう現代には必要な姿勢だと考えます。
更にこれは子供との経験の共有につながり、親子のつながりを深めるきっかけにもなるのでいいと思います。
また子供を認めることは自己肯定感も育てるので、より勉強に身が入り実力を伸ばす大きな力となります。

たまたま「ちびまる子ちゃん」を見て面白そうなので書いてみました。
間違えを連発する子供は、実は深い考えの持ち主かもしれません。
何も考えずに言われた通りするだけよりも価値のあることだと思います。
先ほど触れたように、葛西TKKアカデミーでは先ず本人を認め受け入れることから考えます。
上手く教えられないときは相手の立場に立って、何を考え何が原因なのかを見極めます。
否定され訳も分からないまま押し付けられてもつまらないし、特に思春期の子供は反発するだけです。
大事なのは自分と同じ方を向いてくれていると安心させることです。
教育はなかなか難しいですが、子供たちが少しでも楽しく学べるように頑張りたいと思います。


国民全体の自殺者数は減ってきているにもかかわらず、子供の自殺率は急上昇しているそうです。その理由は…。

ある記事に子供の自殺に関するものがありました。

厚生労働省の人口動態統計によると日本人全体の自殺者数はかなり減っています。
しかし、子供全体の人口が減っているにもかかわらず、子供たちの自殺は急上昇しているそうです。
つまり、実際の数字以上に子供の自殺の問題は深刻であると考えていいでしょう。

自殺率で考えると2010年以降どんどん上昇し、これはスマホが普及し始めた時期と一致するので何らかの関係が疑われます。
確かにSNSを使ったいじめや自殺を促すサイトができるなど、これまで大人が経験したことのないような複雑かつ隠蔽された環境が子供たちを取り囲んでいます。
それゆえ対策も難しく、手を差し伸べにくい状況にあるのでしょう。

文科省によると子供の自殺の心理として、「苦しみが永遠に続くという思い込み」と「心理的視野狭窄(自殺以外に解決手段が考えられない)」というものがあるそうです。
つまり、子供たちがこのような心理に追い込まれたとき、自殺に至る可能性が非常に高くなります。

では、何が子供たちを追い込むのでしょうか。
資料によると、一位が「家族からのしつけ・叱責」、二位が「親子関係の不和」、三位が「学業不振」となっているそうです。
つまり、いじめや友達関係より、家族関係が原因であることが多いのです。
この記事によると、少子化が進み日本全体の人口が減少する中で、子供への期待度が上がっているそうです。
そして、その過度の親の期待が子供を自殺に追い込む場合があるらしいです。
子供を大切にし教育に熱心な親の期待が、それに自分は応えられないと悟る子供に苦しみを与え、行き場がなくなり自殺に至る。
調査からの結論として、子供の自殺はいじめよりも家族関係が原因であることの方が多く、大きすぎる期待が子供を窮屈で生きづらくするということでした。

個人的な印象としては、この調査の信ぴょう性に疑問が持たれます。
調査方法や数字自体に偽りはないのでしょうけど、いじめというのは表面化しにくく、特に自殺の原因として特定するのは難しいのではないでしょうか。
本人が死んでしまいいじめを指摘しなければ、その原因がいじめとはわかりにくいです。
いじめている本人も無自覚であることが多く、自分のいじめが自殺の原因になっているとは理解しない場合も多いでしょう。
つまり、闇に葬り去られている事例が多いのではないでしょうか。
また、よくニュースでいうように、現場である学校が十分に受け止めていなかったり、逆に世間に知れないように隠していたりすることもあります。
つまり、いじめの実態把握の難しさを考慮に入れないと誤った結論になるのではないかと考えます。

記事自体は家族関係の改善が子供の自殺防止に役立つというもので、いじめによる自殺を否定するものではありません。
でも、いじめによる自殺を軽視するような印象がありました。
政策としての子供の自殺対策では全体の傾向を捉えることは大事でしょうが、自殺は個人個人の問題なので、それぞれのケースに合わせて個別に対応する必要があると思います。
これはこれは手間もかかり難しく、時間も費用も掛かりますが、未来のある子供の命を考えた場合、社会として十分な対応をする責任と義務があると思います。

葛西TKKアカデミーもそんな力になりたいと考えています。

葛西TKKアカデミーが企画するゴールデンウィークのイベント。自然に触れ合いながら工作もして楽しい一日にしましょう。

葛西駅そば、個別指導塾葛西TKKアカデミーは子供たちの実体験を大切にします。

今年のゴールデンウィークは10連休なので、葛西TKKアカデミーは子供たちが自然に触れ工作もできるイベントを企画しました。

題して『TKKピクニック!』
詳しい内容は次の通りです。

集合場所と時間
4月29日(月)午前10時 東西線妙典駅に集合

内容
妙典駅に集合し、そこから篠崎ポニーランドまでの江戸川河川敷をハイキングします。
道中、ブーメランや花冠(植物の群生状況による)を作り遊びます。

誰にでも簡単に作れます。
自分たちで作ったブーメランを飛ばしてみたり、花冠を身に付けたりします。
写真のような感じです。



川で石を拾って「水切り」に挑戦!
何回水面をはねるか競争です。

そして、草むらの虫や花に触れ観察。
ちょうちょが飛んだり、テントウムシ見られたりするでしょう。
花もレンゲやタンポポ、ポピーなどが咲いていると思います。


篠崎ポニーランドではポニーに乗ったり、動物たちと触れ合いを楽しみます。

ポニーだけでなくヤギや豚もいますよ。

また、隣にある江戸川区子ども未来館も訪問し、展示を見たりイベントに参加したりします。

江戸川に生息している魚や昆虫などが見られます。
子ども未来館のイベントに参加する場合は別途費用がかかることがあります。

『篠崎ポニーランド』へのリンクはこちら
『江戸川区子ども未来館』へのリンクはこちら

持ち物
特にはありませんが、ピクニックなのでおやつ、飲み物、お弁当を用意して、みんなで太陽のもと食べましょう。

参加費用
一家族500円

参加希望者は4月25日までに葛西TKKアカデミーへメールでご連絡ください。
葛西TKKアカデミーへの問い合わせはこちら

※雨天の場合は中止になります。
その際は当日朝、ご連絡いたします。

子供のうちに五感を使って様々な体験を積むことは、お子様の成長を考えるうえで非常に重要です。
これから大切になっていく「考える力」を育てるうえでも、実際に触れ考え発見する作業は必要です。
せっかくのゴールデンウイーク、外に出て家族で楽しい思い出を作りつつ、子供たちの興味関心を育みませんか。

フランスパリのノートルダム大聖堂の火災が世界に衝撃を与えました。ノートルダム大聖堂はどうしてそんなに重要?

昨日、ノートルダム大聖堂の火災のニュースが飛び込んできました。
あの荘厳な教会が炎に包まれ焼け落ちる様はフランスのみならず世界中に衝撃と悲しみを与えました。

この大聖堂は世界史や美術などの教科書にも紹介されているので、見たことのある方は多いと思います。
本日はこのニュースに関連して、ノートルダム大聖堂について解説し、フランス人にとってどのような存在であったか考えてみましょう。

ノートルダム大聖堂は天高く目指すゴシック建築の代表的な建物で、西暦1163年に建築が始まりおよそ2世紀をかけて完成されました。
ノートルダムとはフランス語で「我らが貴婦人」を意味するようで、つまりキリスト教の聖母マリアを示しています。
フランス革命時に襲撃を受け破壊され、以降、近代思想により宗教を批判する市民によって何度も破壊と略奪が繰り返されました。
廃墟となった大聖堂に意義を与えたのは、あの『ああ、無情』で知られるヴィクトル・ユーゴ―でした。
彼の書いた『ノートルダム ド パリ』 では大聖堂を聖職者や権力者の力の象徴ではなく、ジプシーの少女や鐘突き男にとっての居場所として書きました。
これがノートルダム大聖堂を市民に身近な存在として定着させました。
そして、荒れ果てていた大聖堂を修復しようという機運をフランス人の間で高め、19世紀中ごろに政府によって復興がなされました。

1991年には周辺地域と合わせてユネスコ世界遺産に登録され人々に親しまれていました。
1804年にはナポレオン・ボナパルトの戴冠式が行われたり、歴史的な式典も数多く行われました。
更に芸術の分野では『ノートルダム ド パリ』の舞台となり、『ノートルダムの鐘』として演劇やディズニーアニメにも取り上げられたので馴染みのある方も多いと思います。
内部には歴史的にな美術品が多くあり、中でもその美しいステンドグラスは世界中の観光客を魅了しました。

ノートルダム大聖堂の火災は世界に大きな衝撃を与え、焼け落ちる様子はフランスの人々の心を引き裂きました。
古い歴史を持ち、多くのフランス人に親しまれ愛されてきた大聖堂です。
パリの町はこの地点を中心にできており、まさにフランスを象徴するものでした。
この建物はフランスという国を体現したものと人々は感じ、だから、この火災が起きたとき「フランスそのものが燃えた。」と彼らは表現しました。
多くの人々はショックを受け、燃え盛る聖堂を見ていました。
彼らの間で「アベマリア」が歌われ、祈りがささげらえたのは、聖母マリアによる軌跡を期待したものだそうです。

世界中の首脳がフランスに哀悼の意を伝え、フランスのマクロン大統領はいち早く再建を発表し、多くの富豪は大聖堂再建のための寄付金を送りました。
これらの反応からも、フランスにとってノートルダム大聖堂がいかに不可欠なものかが分かります。

栄枯盛衰、諸行無常。
この世に不変なものはなく、形あるものはいつかは壊れる。
しかし、時には人の思い入れがこの事実を否定しようとします。
いつまでも失いたくない心。
自分たちを象徴するもの、すなわち自分たちの分身であるなら尚のこと。
それほどノートルダム大聖堂はフランスのみならず世界中の人々の心に深く刻まれていたのです。
今回の衝撃と悲しみは日本人である私には想像を絶するものと察します。
少しでも早く再建され、人々の心にこの大聖堂が輝くことを祈ります。