学びあい、教えあい。子どもたちで自主的に勉強を深めていく活動。

学びあい、教えあい。子どもたちで自主的に勉強を深めていく活動。

もうすぐ冬休み。
葛西TKKアカデミーでは現在、冬期講習受講生受付中です。
新規生徒は無料。
この機会に葛西TKKアカデミーで勉強し成績をアップしましょう!

勉強というのは先生からしか学べないと思っていませんか。
しかし、勉強というのは様々な形でできるものです。
今回は「学びあい」について考えてみたいと思います。

「学びあい」と言うのは子供同士など、ほぼ対等な立場にいる者同士がお互いに助け合いながら勉強を進めていく方法で、上のものが下のものに知識を与えるというような勉強とは観点がかなり異なります。
子供たちがそれぞれの得意分野で他の子をサポートしてあげると同時に、苦手な分野ではほかの子供から教えてもらうのです。
こうしてお互いの得意で相手の不得意を補って、共に勉強を深め進めていくのです。

この勉強法のよい点は、お互いに対等な関係、または対等になってくれる関係なので、上下関係のような妙なプレッシャーや緊張がなく気軽にリラックスした環境で勉強できる点です。
対等または対等になってくれる関係と言いましたが、これは相手は必ずしも子供である必要はないということです。
大人であっても、子供が上からではなく自分と同じ目線でいてくれると感じればいいのです。
従って、もし大人がこれをするときは自分の立ち位置に十分注意してください。
これを間違ってしまうと上下関係になり学びあいは成立しなくなります。
これは子供同士でも同じで、一方が上からの態度を示せば学びあいの関係は崩れてしまいます。

悪い点としては、教育のプロが教える訳ではないので、必ずしも効率がいいとは言えないこと。
いくら得意分野を教えると言っても、経験が十分でない子供は時にうまくできなかったり、遠回りになったりします。
一所懸命教えても相手がなかなか理解してくれず、イラつくかもしれません。
これは本人の性格も関係しますが、短気ではいけません。
粘り強く根気よくなければなりません。
(これは大人も同様ですね。)

また、子供同士ということで勉強がいつの間にか、ふざけあって遊びになってしまうかもしれません。
きちんとけじめをつけて子供同士で、そんなときは「いけないよ、勉強に集中しよう」と言えればいいのですが、そうでないときははたからの大人のサポートが必要です。
何かあったときは軌道修正してくれる存在があった方がいいでしょう。
でも、これはあくまでもサポートであって、出しゃばりすぎてはいけません。
基本は子供たちの主体性ですから。

子の勉強方法の考え方としては、子供たちは劣った存在、欠けた存在ではなく、自分から能力を伸ばす存在ということ。
よって、これまでの勉強のように与えるのではなく、子供たちが自分で力を伸ばしていくので周りの人間のすることは支援や促しです。
目標を一緒に考えたり、勉強に必要なものや環境を提供したり、的確に評価しアドバイスを与えたりします。
(勉強に必要な資料をどうやって手に入れるかを教えたり、他の解法を紹介したり、面白そうな豆知識を話したり)
このような子供の自主性、主体性を尊重する勉強は、現在文科省が目指す21世紀型教育にも合致します。

生徒同士の学びあいは先ほど話したとおり時には遠回りになるかもしれません。
でも、学びあいではそれも重要な学習過程だと考えます。
遠回りの中に思わぬ発見や面白さがあるかもしれず、その経験は子供たちにより深い学習経験として残るからです。

一方的な授業は主体である生徒が必ずも学ぼうとしているわけではなく、そのような姿勢ではいくら授業をしても残るのは5%程度です。
これにいくらプリントや映像など工夫を加えたとしても、学ぶ側が学ぼうとしていなければせいぜい二、三割ほどです。
しかし、同じ勉強でも生徒が主体性を持ち積極的にディスカッションや共同作業に参加した場合は、学んだことの50%以上が長期記憶に残ると言われています。
これは学んだことそのもの以外にも、それに到達するまでの様々な出来事が関連しながら記憶となるエピソード記憶という効果もあるのでしょう。

一方で、「勉強しなさい」と親が子供にしつこく言うのは子供の主体性ややる気を削ぎ、逆効果だと言われています。
ただ「勉強しろ」というだけでは子供の勉強は伸びず、むしろマイナスの影響があると言われています。
それよりも何も言わずに子供たちが勉強に必要な参考書や情報へのアクセスを可能にする、普段から美術館や博物館へ連れていったり、異文化体験をさせたりという脳への好奇心を駆り立てるような活動をした方が、直接学校の勉強と関係がなくても成績が上がるという報告もあります。

大事なのは本人の学ぼうという意思です。
だから、各家庭で独自の価値観はあるとおもいますが、 子供にどうして勉強しないといけないのかきちんと答えられる用意はした方がいいでしょう。
(少なくとも子供と話し合いながら、自分なりの回答を形成する必要があります。よくある「いい会社に入って、いい人生を送る」と言うのは説得力がありませんよ。)
明確な勉強の意義が分かれば、勉強すべき理由も分かります。
それは動機づけにもなりますし、目標にもなります。

こうして子供たちに学ぶ下準備ができれば、後は「学びあい」に必要なパートナーとサポーターを見つけましょう。
先ほども述べましたがパートナーは必ずしも生徒である必要はありません。
共に学ぶ人物であれば誰でもいいのです。
そして、学びあいを見守るサポーターは保護者の方でもいいですし、適格者であれば学校や塾の先生でもいい、もちろん近所のおじさんおばさん、先輩などでもふさわしければ構いません。
ここにはもちろん葛西TKKアカデミーも含まれています。

今、日本の教育は大きな転換期に当たっています。
文科省なこれまでの伝統的な日本の授業形式から脱却し、より崇高で理想的な学びを目指しています。
これは非常に難しい課題です。
しかし、目標としては間違っていません。
要は、どうやって達成するかという方法論です。
その中にアクティブラーニングなど、これまで我々の多く(学校の先生も含む)が経験したことのない未知の学習法へのチャレンジがあります。
馴染みがない分、よく分からず試行錯誤で難しいと感じることでしょう。
しかし、子供たちのことを考えると、どちらがより彼らのために本当になるのか分かるでしょう。
挑戦する価値は十分ありますし、その成果はかけがえのないものとなるでしょう。

「学びあい」というこれまでの常識とは少し違うアプローチですが、うまくやれば勉強がとても楽しく喜びに満ちたものになるでしょう。
皆様も試してみてはいかがでしょうか。

コロナウイルスによる休校後の学校

コロナウイルスによる休校後の学校

一斉休校から学校が再開しましたが、コロナウイルスの感染防止をするため数々の制限のある不自由な学校生活を送っています。
現場の小中学校でも夏休みの短縮に始まり、土曜登校、学校行事の中止縮小などにより何とか授業時間を無理やりにでも捻出し、休みで行えなかった勉強を取り戻そうと必死になっています。
それに伴い授業もかなり速いスピードで進められています。
生徒たちもそれに追い付こうと必死なのですが、あまりにも進みが早く、当然付いていけない生徒もたくさん生じています。
実際に私も生徒たちの勉強を見る中で、気づけばいきなりとんでもなく教科書が進んでいて驚いたことが何度かあります。
どのような授業を行っているのか分かりませんが、確かにスピードが速くなっている気がします。

制限ある学校生活と、生徒を置き去りにしてでも後れを取り戻し、あたかも「やりましたよ」感だけ醸し出す授業。
学校は生徒たちにとって、かなりストレスの多い日常になっているようです。

それに伴いいじめも急増中で、生徒の自殺者も増えています。
学校のいじめだけでなく、授業についていけない焦り、特に受験生は大事な時期に思うような勉強ができず絶望感の中日々勉強を頑張っているような状況。

更に、子供が困ったときに頼るべき大人(親)も、コロナウィルスのせいで仕事がなくなり、十分な生活費も稼げず、家計を守るためにこれまで以上に働かなくてはならず、とても子供の悩みは異変に気付いてあげることができなくなっているのも一因でしょう。
(特にシングルマザーなどの社会的弱者とされる家庭ではこの傾向が顕著です。)
この点はまた別の機会に言及したいと思います。

もし、学校が中央からの要請に応えることのみに注力するならば、形式的でもいいから授業をやって、遅れた分を取り戻すことが第一になってしまいます。
その結果、一番被害を受けるのは生徒たちということになってしまいます。

通常でもついていけない生徒は出てくるのに、日程的な遅れを取り戻すという学校側の理由だけで急ピッチに授業が進めばこれまで以上に追いつけない生徒が生じるのは当然の帰結です。
学校はとにかく残りの授業の消化に必死で、本当に生徒が学んだことを身に付けているかは二の次になっているのであれば、詰込みで分からない生徒にまで手が回らず、彼らは取り残されるしかありません。
政府または学校の都合で生徒の学びが阻害されるのは非常に許しがたいことです。

これが教育なのでしょうか。

主体的学習を目指して始めた教育改革の初年度にコロナウイルスによってより一層形式的授業を推し進めなければならないとは何とも皮肉です。

また、現場では生徒の状況に理解しつつも国の方針だからと授業のペースを落とすことができず、本気で生徒のことを考える先生は余計にボロボロになるのでしょう。
このような状態では生徒も学びを楽しむことはできず、分からなくても自分はほったらかしにされると感じ、勉強に関心を失うのも仕方ありません。
このような大人の都合で子供たちの勉強への興味が失われることは本当に不幸です。

では、この状況を打破するにはどうすればいいのでしょうか。
一番の問題点は現場に負担がかかり過ぎ、柔軟に対応できるゆとりがないことだと思います。

だから、少人数制クラスを実現し、生徒や先生により濃密に投資ができるようにすることが大事だと思います。
そうして、生徒一人一人に丁寧な学習を提供することで、彼らの勉強への興味を強め、より深く楽しく学ぶことができるでしょう。
クラスは増えるし、よりきめ細かい教育を提供し勉強の質を高めるには一クラスごとの人員を増やす必要もあるでしょう。
つまり、教員数の増大は必要であり、他にも教育環境を整備し高度なサービスを供給するには予算もより多く確保しなければなりません。
しかし、これは国にとって単なる消費ではなく、将来有望な人材を育成するための投資であり、有能な人材が増えれば国の繁栄も約束されるので、決してけちるべきものでもありません。
子供は国の宝です。
大判振る舞いしてもいいくらいです。

ちょっと話がそれました。
すみません。
また、この点に関しては別の機会に。

とにかく、もっと学校の現場を生身の生徒のことを真剣に考えてほしいということです。
きちんと考えれば、今、生徒や学校が直面している色々問題が見えてきて、問題点が明確になれば対策も出てくるはずです。
しかし、今の政府ではそのようなことが全くできていない。
コロナウイルスによってもたらされた、現場で起こっている数々の不幸をまるで実感として把握できていない。
本当に悲しく思います。

私は小さな私塾の塾長でしかありません。
できることは非常に限られていますが、それでもできることなら子供たちの力になりたいと常々考えています。
このような前代未聞の混乱状況の中で、生徒やご家庭で困ったことがございましたら、気軽に話してください。
是非、問題解決できるように尽力したいと思っています。

気になるニュース。コロナウイルスの感染が広がっていますが、文科相は緊急事態宣言が出されても一斉休校はしない方針だそうです。

気になるニュース。コロナウイルスの感染が広がっていますが、文科相は緊急事態宣言が出されても一斉休校はしない方針だそうです。

このところ新型コロナウイルスの第三波として、感染者数が急激に、しかもこれまでにない数で全国的に増えています。
政府によるとこのままの状態が続くと緊急事態宣言をまた発動しないといけなくなるかもしれないそうです。

これに関連して先日、文科相は記者会見を開きました。
そこで文科相は、例え緊急事態宣言が出されたとしても、前回のような全国規模での一斉休校は要請しないとの方針を明らかにしました。

その理由は「学びの保障や子供たちの心身への影響の観点から、必要な場合に限定して慎重に判断すべき」とのことです。
また、来年1月に大学入試で行われる共通テストも、厳格な予防対策を講じた上で予定通り実施することを示しました。

大学入試とコロナウイルスについて先日、私もここの記事で触れましたが、思っていた通り大学入試の日程を変えることなく、予定通り行うようで、例えこれからコロナウイルスが更に深刻な状態になっても中止や延期はあり得ないようです。
少なくとも、選択肢として中止や延期があるのであれば、現時点で明確にどのような条件で中止や延期になるのか示すべきですが、それがないということは何があろうと予定を変えるつもりはないということでしょう。

一斉休校に関しても、前回の休校で会社が自粛するのは仕方ないが、学校を休校することは果たして正しい判断だったのかという批判が出ていたのも確かです。
感染率と重症化のリスクが少ない子供たちの集まる学校において休校にする必要はなかったのではないか、むしろ休校によって起こる勉強の遅れの方が問題だという意見です。
一斉休校を否定したのはこのような背景があり、再び批判されるのを恐れてではないかと思います。

以前から、ウイルスの感染が広がりやすい冬にまたコロナウイルス感染が増えるということは言われていました。
しかし、政府は学校教育においてこれから起こるであろう新しい感染拡大に対する準備を怠ったのではないかと考えます。
子供たちの安全を学びを守るためにあらゆる手段を選択肢として用意していれば、どのような状況であろうとそれなりに対応ができたと思います。
例えば、前回の一斉休校でオンライン授業が利用できた私立学校の生徒は一斉休校でも学習と滞らせることなく進めたのに対し、オンライン環境が未整備であった公立学校はただただ学習をストップするしかなかった。
オンライン授業が評価され注目され政府もその有用性を確認していたにもかかわらず、オンライン授業ができる環境整備はほとんど進んでいません。
休校すれば勉強が止まる。
勉強を止めないためには、いくらコロナウイルスの脅威にさらされようが、生徒をそのまま学校に通わせ続けなければならい。
これが一斉休校を否定した本音ではないでしょうか。
自分たちの怠慢を子供たちの健康リスクと引き換えに正当化しているように思えます。

これは大学入試でも同じで、本当に文科省は真剣に受験生たちの将来のことを考えているのか疑問に思います。
中止や延期の選択肢を最初から切り捨てるのではなく、どういうときに通常通り試験を実施し、どういうときに試験を中止、延期するか明確な基準と方針を示せば、受験生の不安もかなり軽減されたはずですが、未だに曖昧な文句で今回も中止や延期が絶対にないとは言っておらず、ひょっとしたらあり得るのかと心配な受験生が多くいます。
このような明確な態度を示さない姿勢が、これまでも子供たちを振り回し、混乱させてきたことを反省しているのでしょうか。
場当たり的で後手後手の対応は止めてほしいと思います。

態度を明確に示せないのは、その裏に責任を負いたくないという心理があるのはないでしょうか。
そんな個人的保身のために子供たちの将来がぐちゃぐちゃにされているのであれば、私は強く怒りを覚えます。
本当に今の子供たちがかわいそうです。
同時に大人である自分たちが情けなく感じます。

今回の感染拡大は今までにないくらい危機的な状況と私は思います。
どんなに感染予防をしてもなってしまうことは十分にあり得ます。
にもかかわらず、文科省はこの危機を過小評価しているように思えます。
厳格な感染防止をしてもかかるときはかかります。
その時の責任は誰が取るのでしょうか。
誰も取りません。
だから、中央はおざなりでいるようにしか私には見えません。

そして、そんな中央からの無責任で無茶な要求を突き付けられ実際に対応しないといけないのは現場。
そして、最も危険の剤前線に立っているのも現場。
その現場には生徒や彼らに直接かかわる職員たちがいます。
これらの人々の不安、苦しみ、混乱を文科省は理解しているのでしょうか。

教育をもっと真剣に考え、責任ある行動をとってもらいたいと考えます。

コロナウイルスの感染が急激に広がっていますが、来年の入試に関しては特に以前と方針は変わらないようです。大丈夫でしょうか。

コロナウイルスの感染が急激に広がっていますが、来年の入試に関しては特に以前と方針は変わらないようです。大丈夫でしょうか。

全国各地でコロナウイルスの新規感染者数が最高に達するなど、再びコロナウイルスの流行が見られます。
冬になるとウイルスの感染が拡大するのではないかと懸念されていましたが、政府のGoToキャンペーンと相まってこれまでにない勢いで感染者が増えています。

今年は教育改革により学校教育が大きく変わり、大学入試もこれまでのセンター試験が廃止され、新しく共通テストになります。
新しいことずくめで受験生も保護者も学校の先生もどうなるかよく分からないまま受験の用意をしなければなりませんでした。
しかし、コロナウィルスの流行は学校の一斉休校をもたらし、多くの受験生を更に窮地に追い込み、感染防止のためたくさんの制限が設けられ、生徒たちにはかなりストレスの多い学校生活になっています。
このような状況下で、受験生は大事な時期に思うような勉強ができず絶望感の中日々勉強を頑張っていますが、この二重三重の難局に受験をあきらめた生徒もたくさんいます。

このように、例年とは違う異常事態にあるにも関わらず(政府はなかなかそこまでの緊急事態と認めようとしないのですが)来年の入試はほぼいつも通りの日程で行われるみたいで、中止や延期という話は全く上がってきていません。
(9月入試という話もありましたが、それもいつの間にか消えてしまいました。)
そして、感染拡大が現実のものとなっている今でも、中止や延期という話はまだ出てきていません。
文科相は再び一斉休校することは考えていないと言い、共通テストに関しても「予定通り実施する方向で考えている。」と述べています。
いつもの様に「丁寧に説明する」と言いつつ、文科相から明確に説明することはないでしょう。

それに万が一のときの対応についても現段階では何も用意していないでしょう。
そうなったとき慌てて無茶なことを言って現場を混乱させるだけと思われます。
入試なので直前に新たな方針を述べられては当事者である受験生は本当に困るので、やるなら早くから発表してほしいのですが、それがないということは何があってもこのまま押し切るということでしょう。
現段階での対策は、コロナウイルス感染により受験ができなかった場合は個人個人で対応し、全体としては例年通りの大学入試が原則となっているようです。

大学入試センターによると、共通テストに関してコロナウィルスによる勉強の遅れ等に対する配慮は特にしないようで、強いて言うなら、当初の日程1月16日、17日以外に第二日程を二週間後、更に2月13日、14日に特例追試を設けているだけです。
しかし、第二日程は申し込みの際に決めなくてはならず、この日程にした場合、私立大学の入試と間があかない、または重複するという理由で、実際に申し込んだ受験生はほとんどいません。

文科省の指示として、コロナ対策として前日に会場の消毒を行う、受験生全員にマスクを着用させる、受験生同士の間隔を空ける、入退室には動線を設け、多くの受験生が一度に接触しないようにするなど、一般的に言われているコロナ感染防止対策をすることが決まっています。
また、身近な者に感染者が出て濃厚接触者となった場合も、別個にその受験生用の会場を作り、そこでテストが受けられることが決まっています。

では、各大学で行われる一般入試はどうでしょうか。
地元で受ける共通テストより、長い移動をして受ける受験生の多い各大学の個別試験の方が感染リスクは高まります。
大学によっては地方に試験会場を設けるところもありますが、それも比較的受験生の多い地方の都市部に限られ、そうでない地域の受験生は結局試験を受けに長い距離を移動しないといけません。

コロナウイルスに関しての対応は各大学で異なっていますので、詳細はそれぞれの大学のホームページなどを参照していただき、自分が受ける大学がどのような方針でどのような対策をして、どのようなコロナウイルスに関する配慮があって、どのように評価するのか個別に確認しないといけません。
現在のところ、コロナウイルス感染拡大の場合における対応を明確に示している大学は少ないです。
入試中止の場合は実施日の前にホームページで発表するというところもいくつかあるので、受験生は受験校のホームページをこまめにチェックする必要があります。

また、試験会場での感染リスク(受験生だけでなく試験監督など関係者を含めて)を考慮して共通テストの結果を合否判定の材料とし、二次試験を行わないと発表している横浜国立大学のような例もあります。

以上が、現段階での大学入試に関するコロナウイルスへの対応となります。
いろいろ意見したいことはありますが、とりあえず気になることを一点だけ述べたいと思います。

見る限り、とにかく試験だけは行い、文科省の責務だけは果たした形にしたいという思惑があるのではないかと勘ぐってしまいます。
試験を実施することはもちろん大切ですが、それが受験生を考えてのことならばいいのですが、政府の面目を守るためなら問題です。

例えば、実施することばかり考えて、試験後のことは考慮に入っていないことが心配です。
今はもう、いくら対策を個人がしても感染がないという保証はできない状況です。
無自覚のまま試験会場にコロナウイルスを持ち込んでしまうこともあり得ます。
そして、クラスターが発生し家庭内感染などで拡大することも想像できます。
また、感染すると治癒しても後遺症が残るという話も聞きます。
そうなると、一生に関わる問題です。

どういう状況ではどう対応するか、具体的数値なども踏まえて明確に示せば、受験生もどうなるかわからないという不安が取り除くことができるでしょう。
(今となっては遅きに失した感はありますが)

いずれにしても先行きが全く見えない中、大学入試に挑戦しなければならない受験生の皆さんには同情しかありません。
こんな混乱の中でも安心で公正な試験ができるように早くから対策を真剣に考え、あらゆる事態を想定し文科省を始めとする試験を提供する機関がしっかり準備していてくれればいいのですが、どうも現実は違うようです。
本当に現状況ではこれから何があるか分かりません。
突然の中止や延期も今はなさそうですがあり得ないとは言い切れません。
(実際に共通テストの英語の民間試験の利用や記述問題は突然なくなりました。)

不安で苦しくてなぜ自分たちばかりと考える受験生も多いことと思います。
子供たちの将来を左右する大事な試験に、大人の一人として本当に申し訳ない、情けない気持ちで一杯です。
個人として非力ではありますが、彼らの力になるために、自分にできることがあれば何でもやりたいと思います。
心から応援しています。
頑張ってください。
そして、輝ける未来が受験生の皆さんの訪れますように祈っています。

季節の変わり目、もう冬?この時期いつも以上に体調管理に気をつけてください。今年はコロナもあって、いつも以上に警戒が必要です。

季節の変わり目、もう冬?この時期いつも以上に体調管理に気をつけてください。今年はコロナもあって、いつも以上に警戒が必要です。

ちょっと寒い日が続き、もう冬かと思ったら今週は暖かかったですね。
気温の変化が激しく、まだ体が十分に対応しきれていないこの時期、体調を崩す生徒が増えます。
特に受験生はこれから最後の追い上げに頑張らなくてはいけないときだからこそ体調管理は非常に重要です。
もう少しずつ風邪も流行り出しているようです。
しかも、今年はコロナウイルスの流行で世間は大混乱。
近頃は一日の感染者数の記録を更新するなど、再び感染が拡大しているようです。
更にこれからインフルエンザも流行する時期です。
例年以上の警戒と予防に心がけましょう。

病気になってしまえば勉強どころではなくなりますし、ましてや当日試験を受けられなかったとなれば目も当てられません。
無理して試験を受けても、実力が出せなければ合格は難しくなります。

今回はコロナウイルスのせいで影が薄くなっていますが、コロナウイルス同様に注意が必要なインフルエンザの予防について話したいと思います。

インフルエンザにかからないようにするために、インフルエンザの予防接種を受けたり、マスクをしたり、外出から帰ったら手洗いうがいを徹底したり。
できるだけ人ごみは避け、ウィルスをもらわないようにしましょう。
この辺はコロナウイルスも同様ですねえ。

体が慣れていない季節の変わり目は特に、外に出る時は暖かい服装で風邪を引かないようにしてください。
ただし、室内にいる時は上着を脱いで汗をかかないようにしましょう。
汗が冷えると風邪の原因になります。

家族や友人など身近な人で風邪にかかっている人がいれば、マスクなどをしてもらい、うつされないようにしてください。
遠慮して言わないで、こちらが風邪になっては大変です。

受験勉強で忙しいとは言え、十分な睡眠は必要です。
体を休めないと病気に対する抵抗力が弱まります。
できれば6時間は睡眠時間を確保してほしいです。

また、十分に栄養を取り、バランスのとれた食事をすることも体を強くします。
特に風邪にはビタミン類が有効と言われています。
朝食を抜くということは絶対にやめてください。
朝、食事を取らないと体が目覚めず、脳もエネルギー不足で十分はたらかなくなります。

病気の予防と勉強の効率の両面から、食事と睡眠は気を付けなければなりません。
もしうまくできていないようでしたら、今の状況を記録し目に見えるようにしましょう。
そうすれば自分がいかに悪い状況にあるのかが分かります。
自覚すれば対策を講じることは簡単です。

また、勉強ばかりで家に閉じこもりっきりもよくありません。
休憩時間に軽い運動をすることは血行をよくし、免疫力も上がります。

後、精神的な健康も大事です。
不安とストレスの多い時期、気分転換などでうまく発散し、安定した精神状態でいることが大事です。
要は勉強と息抜きのメリハリをつけるということです。
長い受験勉強をやり切るには両方が必要です。

最後に、少しでも体調がおかしいと感じたら無理はせず、すぐに医師に診てもらってください。
早い対処が肝心です。

受験に悔いを残さないよう、体調管理にに気をつけましょう。

皆さん勉強頑張ってください。

「捨て問題」問題を考える。「捨て問」ってご存知ですか。テストの戦略の一つですが、生徒がこれを口にするときは要注意です。勘違いしていることが多いからです。

「「捨て問題」問題を考える。「捨て問」ってご存知ですか。テストの戦略の一つですが、生徒がこれを口にするときは要注意です。勘違いしていることが多いからです。」

もうすぐ冬休み。
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「捨て問題」って聞いたことありますか。
塾でテストの戦略として使う言葉なんですが、しばしば生徒もこの言葉を口にします。
しかし、その時の「捨て問題」の意味は間違ったもので、皆さんも注意してください。

そもそも「捨て問題」とは何でしょうか。
それは時間に限りのあるテストにおいて、難しい問題に時間を割かれ、本来自分が解ける問題に取り組む時間が無くなることを防止するため、難易度の高い問題、自分の能力をはるかに上回る問題は最初から放棄し、その分の時間を自分の力で何とかできる問題に当てるというテスト戦略です。

本当は全ての問題に全力で取り組み全ての問題に答えるのが理想ですが、制限時間があるので場合によってはどうしても問題を選んでやらないといけないことがあります。
ほとんどの人が解けないような難問は、それができなくても成績順位にはそれほど影響しません(上位を目指している生徒は別ですが)。
なぜなら、みんなができない問題を自分が落としても点数に差があまりつかないからです。
こういうものは最初から手を付けないで、その分の時間を自分ができる問題に割り振って、着実に点数を取っていこうということです。
逆に、みんなができる問題を落としてしまうと、他の多くの人から差をつけられることになり、成績も一気に下がってしまいます。
だから、誰もができる問題は絶対にできなければなりません。

このように「捨て問題」というテクニックは特定の問題(それによって得られる点数)を犠牲にして、確実に取れるものを取っていこうというものです。

この他にも授業や問題集をやるとき、生徒の目指すレベルや実力を鑑みて、必要ないと判断した時は何問や応用問題をしないで、基礎に時間をかけることもあります。
そうすることで絶対に身に付けておかなければならない勉強を時間をかけてしっかり行うことができます。
これも一種の「捨て問題」と言えるでしょう。

しかし、問題なのは「捨て問題」、通称「捨て問」を生徒たちが口にするときです。
このときは注意が必要です。
なぜなら、彼らは「捨て問題」の意味を誤解していることが多いからです。

塾などで先生から「これは捨て問だからやらなくてもいい。」という言葉を聞き、「捨て問」という言葉を覚えるのですが、このとき生徒はどの問題が「捨て問」でその問題が絶対に解けなくてはいけない問題かを知りません。
単純にやらなくてもいい問題があるんだと勘違いすることが多いです。
そして、「捨て問」を勉強しない理由にしてしまうという問題が生じるのです。

彼らは自分が苦手な問題、面倒くさい問題、やりたくない問題、ちょっと難しそうな問題、これらを全て「捨て問」と言ってやらなくなります。
「捨て問」が勉強しない口実にされるのです。
やりなさいと言っても「塾の先生が捨て問と言っていたよ。」なんて言い訳されたことはありませんか。
これは完全に本人の誤解で、誰も全ての問題を自分の都合で「捨て問」にしていいとは言っていないのですが。

こうやって、自分が努力しなくてもできる問題しかしない。
しかし、これでは勉強の意味がありません。
本来分からないから、できないからこそ勉強するのですが、できるものしかしなければいつまで経っても上達せず、成績が良くなるはずがありません。
よく勉強は「α+1」と言われます。
αは自分の今の実力、これに1足したぐらいがちょうど学習にはいいというものです。
余りにも自分の今の実力からかけ離れたものはやっても理解できませんが、少し難しいくらいなら理解でき学習を深めることができます。
それを「捨て問」と言ってやらなければ、いつまで経ってもαはαのままだし、ましてや楽な問題「α-1」なんてやっていたら成長どころか退化してしまいます。

何が「捨て問」で何が絶対にできなくてはいけない問題かの判断がつかない生徒が、自分の好みで「捨て問」と言った場合は、実は自分の実力と可能性をどんどん狭めているので、これは許してはいけません。
どうしてそれが「捨て問」と言えるのか、きちんと本人に問いただし、単なる逃げであれば許すべきではありません。
「捨て問」の本来の意味をきちんと説明し、その判断はプロである先生(可能であれば親御さんでも構いませんが)にしてもらいなさいと伝えましょう。

勉強は本来全てやるべきです。
しかし、状況によってはそれが許されないときがあります。
そんなとき、対応策の一つとして「捨て問題」という方法があります。
しかし、その見分けはプロにしてもらうべきで、よく分からない学習中の生徒が言うときは得てして誤解で、自分の都合のいいように判断します。
その結果、せっかくの学びのチャンスを不意にし、勉強を深める機会を逃すことになります。
これは本人のためになりません。
「捨て問題」を生徒が言ったときは、なぜそれが捨て問題か問いかけ、本当の意味をきちんと説明し、誤解のないようにしてほしいと考えます。

一夜漬けは効果あるのか。短期集中型と長期分散型の勉強法について考えてみます。

 葛西TKKアカデミーのニュース

一夜漬けは効果あるのか。短期集中型と長期分散型の勉強法について考えてみます。

なかなか勉強に手がつかない、気づくと前日。
ようやくしりに火が付き、寝ずに一夜漬けでテストを受ける。
こんな経験、皆さんもあるのではないのでしょうか。
どうでしたか、うまくいきましたか。
しかし、勉強を考えたとき一夜漬けはどの程度効果があるのでしょうか。
また、生徒がよく言うのは「勉強しても時間が経つと覚えたことを忘れてしまうから、テスト直前に覚えた方がいい。」
これも検証する必要があります。

実は記憶には二種類あり、人間はまず短期記憶覚えたことが保存されます。
そして、睡眠中に脳内で短期記憶は整理され長期記憶へと変化します。
短期記憶は一時的な記憶であり、何もしなければすぐに忘れてしまいます。
しかし、長期記憶は長く残り、例え忘れたと思っていても必要な時は自然と思いだすことができます。

一夜漬けのような短期集中的な勉強は短期記憶にすることはできますが、長期記憶まで昇華することはできません。
だから、テストが終わると全て忘れてしまうのです。
心当たりのある方も多いのではないでしょうか。
せっかく一所懸命頑張ったことが残っていないというのは悲しいことです。
貴重な時間をかけて努力したことが無と同じになってしまうのだから。
毎回勉強しても残らないので、また次の勉強をするとき一からやり直さないといけなくなり、結局やるべき以上の勉強をしなくてはならず、間に合わない。
この繰り返しで効率が悪く、いつまで経っても十分に勉強が身に付かないのです。
それでも、中学一年生くらいなら何とかなるかもしれませんが、学年が上がり学習内容が高度になれば一夜漬けも通じなくなります。

では、どうすればいいのでしょうか。
勉強法はいろいろありますが、少なくとも一夜漬けはその場しのぎにしかならず、蓄積にならない分、後で大きな付けを払わせられるのでやめておいた方がいいでしょう。
短期集中型がダメということなので、逆の長期分散型はどうでしょうか。

記憶は時間が経つほど失われてしまいます。
それを食い止めるにはやはり、記憶が新鮮でまだ風化していないうちに復習することが一番です。
こうして習った日のうちに復習をすることで短期記憶がより正確でしっかりとしたものになります。
そして、十分な睡眠時間を確保し、脳が長期記憶として保存できるようにしましょう。

そうは言っても確実に学習が定着しているか分かりません。
勉強は学んだことを知る「学習」というレベルから、学習したことをきちんと理解し忘れず、それを使って問題に対応できる「習得」というレベルまでやらないと意味がありません。
(勉強ができないという生徒の多くは「学習」段階で止まっていることが多いです。)
それには練習が必要です。
学校から与えられた問題集などをやって自分が解けるか試してみましょう。
脳はアウトプットをすることで学んだことをより強固に定着させます。

問題を解くのは学習してすぐでなくても構いません。
むしろ少し間を置いた方が効果的です。
たいてい問題集は基礎問題、練習問題、応用問題という風にレベル別に作られています。
例えば基礎問題は当日の復習のときにやって、一週間後ぐらいの練習問題で身に付いているか確認します。
そして、テスト二週間前ぐらいにもう一度基礎問題と練習問題のできなかったところを中心に見直して、最後に応用問題に挑戦し人並み以上の成績が出せるように取り組んでみましょう。
このように目標を設定し、そこから逆算して大まかでいいので計画を立てましょう。
何度も繰り返し勉強することで脳への刺激が強まり、学習内容が定着していきます。
気をつけてほしいのは、覚えることばかりに時間を割いて、問題をやる時間をなくさないことです。
問題をやるということは、今まで自分が習得してきたことを発揮するということで、これにより脳がより内容理解を深めしっかりと勉強が頭に残るようになります。

このように一夜漬けのような短期集中型の勉強は結局何も残らず、同じことを学習し直さなくてはならないという二度手間になることを考えると、一見面倒くさそうですが、長期分散型の方が着実に勉強が身に付くということです。

ただ問題は、普段から勉強の習慣ができている生徒ならいいのですが、そうでない生徒は分散された学習のペースを保つのが難しいということです。
本人一人でできないようであれば、当然周りからのサポートが必要になります。
どのように分散して勉強するのか、その計画を紙に書いて可視化し、みんなの目に付くところに張り出すのもいい方法です。
こうして、生徒の学習進度を共有することで、お互いが了承して勉強の進み具合を確認できます。
上手くいかないときやくじけそうなときも相談にのって一緒に悩み、解決策を考えていきましょう。
万が一、この点が難しいようであれば葛西TKKアカデミーご相談ください。
力になります。

長期分散型への移行は大変ですが、できてしまえば毎日のルーティーンのように当り前のように机に向かって勉強ができると思います。
勉強は生徒によっては難しく苦しく、逃げ出したいものかもしれません。
でも、やらないわけにはいかないのだから、ここは腹をくくって好き嫌いを考えず、とにかくやりましょう。
考えすぎれば何もできずつらいだけです。
勉強はやっていれば徐々にできるようになるものです。
その手助けは葛西TKKアカデミーができますから、心配しないでください。
苦労は多いかもしれませんが、やれば必ずその分結果につながります。
せっかく勉強したことが無にならないように頑張ってください。
応援しています。

ゲームがやめられない。コロナの休校中に急増!禁止にすればいい!?ゲームとどのように付き合うべきでしょうか。

ゲームがやめられない。コロナの休校中に急増!禁止にすればいい!?ゲームとどのように付き合うべきでしょうか。

コロナウイルスにより学校が休校になったとき、生徒たちは学校にも行かず、感染防止のため外出も制限され、家で過ごすしかありませんでした。
勉強したり何か創造的な活動をしてくれればいいのですが、ほとんどの生徒はゲームをしたり、動画を見たり、友達とSNSをしたりして過ごしていたようです。
学校がないということで、早起きする理由付けもなく、夜更かしもできるということで、深夜を過ぎてもひたすら上記のようなことをして、気づけば朝になっていたなんてことも多いみたいです。
結果、生活のリズムを壊し、学校が再開した時、もとに戻すのに苦労した、最悪、戻らなくなってしまったという生徒も少なくありません。

このような経緯で、このコロナウイルスによる休校期間中にゲームにふけり、ゲームが離せなくなってしまった生徒が大変増えています。
ゲームの中には最後まで到達するのに莫大な時間がかかるもの、オンラインで世界中の対戦相手がいるものなどがあり、どこでゲームを中断するか非常に難しい仕組みとなっているものが沢山あります。
明確な終わりがない、終わっても簡単に繰り返せるということから、どこで終了するかは自分次第なのですが、まだ分別が十分にできない彼ら(大人でさえ難しい人はたくさんいます)は歯止めがきかなくなりがちです。
それに加えて今回の一斉休校は、普段以上にその歯止めを難しくし、結果的に一日中ゲームから離れなくなる習慣、体質を作り上げてしまうのです。

実はこのようなゲームに対する依存は世界中の子供たちの間で起こっており、WHOはとうとう「ゲーム障害」という国際疾病として正式に認定するほどです。

では、子供とゲームの関わり方はどのようにすればいいのでしょうか。

今のようなゲーム機が普及したのは最近のことであり、親御さんによっては自分が子供のときはなかった、自分の親も子供のゲームに関してどう対応していいか分からなかった、という人もいるでしょう。
携帯などもそうですが、現在は様々なものの変化が激しく、誰も経験したことのないもの、先輩たちの経験が役に立たないものに対応しなくてはいけません。
こういう手探りの中での子育てと言うのが、現代の問題の一つでもあり、ゲーム機の問題も決定的な解決方法のないまま対処しなくてはならないので厄介です。

一番いい解決法はゲーム機を与えないことです。
とは言え、今の世の中それは難しいことでしょう。
友達が持っているから、子供が欲しがっているから、実は親がしたいから、子供にゲーム機を与えておけばその間子供を見なくて済み、自分の時間ができるから。
ゲームをやっていないと友達と話が合わないし、一緒に遊べない。
理由は様々ですが、[[red;よほど強い覚悟がない限り、今の世の中、与えないという選択肢は無理なのかもしれません。
]]

では、与えてしまったとして、どのようにすればいいのでしょうか。
ゲーム機も道具、使い方次第で薬にも毒にもなります。
つまり適切なゲームとの付き合い方は何かということです。
勉強との関わりで最も問題になることは、ゲームがやめられずゲームの時間が増え、その分勉強の時間が削られるということでしょう。
そうなれば当然勉強が分からなくなり、成績も下がります。
もっと問題なのは睡眠時間や食事時間も削られたり不規則になり、結果として健康状態を悪くすることです。
だからと言って無理やり禁止、ゲームを取り上げるなどと言う暴挙に出れば、今度は子どもの精神状態に影響を及ぼすかもしれません。

一番いいのは子どもも納得した上でゲームとの付き合い方を決めることです。
すなわちどうやってルールを作るかということです。
そのルールは親子の話し合いによってお互いに納得のいく合意でないといけません。
そうでなければ不満を募らせ子供はストレスをためるだろうし、ルールを破ってこっそりとゲームをすることでしょう。
親からの押し付けはいけません。
お互いに話し合い理由や根拠を明確にしつつルールを決めていきます。
ゲームをすることがいけないのか、どの程度ならやってもいいのか、ゲームをするとどんなことが起こるのか、子供に問題点を上げさせ、それらを解決するにはどうすればいいか考えさせましょう(当然ゲームのよい点も話し合わないとフェアじゃありません)。
そして、ルールを決めさせます。
親は口出ししすぎず、考える時間を与え、必要ならアドバイスをしたり、ガイドをして子供を導く役目に徹してください。
決して親が決めてはいけません。

ルールが決まったら、そのルールを紙に書いて本人と家族が共有できるようにしましょう。
目につくところにルールがあれば、お互いに今ゲームをしていいのか悪いのか分かるので、下手に勉強しなさいと言って、「今しようと思っていたのに。」なんて言われることもなくなります。
また、自分で決めたルールだから自分に責任があることも子供は分かるでしょう。
こうして、ルールが守られているか見守り、自分から適切なゲームとの付き合い方ができるようにすることが大事です。

仮にルールが守られなかった場合、指摘するのはいいのですが罰を与えるのはあまりいい方法とは思いません。
子供の心に傷をつけるかもしれませんし、そもそも親子の人間関係が壊れてしまうかもしれません。
関わりがなくなってしまえば、子供を正しい道に導くこともできません。
また、逆に余計ルールを守ろうとしなくなり、隠れてやるかもしれません。
こうなれば意味がありません。
守れなかったときは、守れないという事実をお互いに確認し、先ずどうして守れなかったのか、子供の言い分を聞きましょう。
そして、理由をきちんと理解した上で、ルールを守れるようにするにはどうすればいいか、このルールのままでいいのか話し合いましょう。
肝心なのは問題に一緒に向き合い真剣に子供のために考えているという姿勢を見せることです。
それから、ルールを守ったときはきちんと褒めてあげるのも忘れないでください。
実は褒めるというのは子育てでとても重要で、多くの場合、褒めるということが十分に行われていないので注意してください。

ゲームの問題はとても難しい問題です。
でも、子供と一緒になって親も悩み解決方法を話し合うということが大切です。
解決できないかもしれない、でもその時はまた話し合ってより良い方法を見つければいい。
上手くいけば一緒に喜んであげてください。
そうすれば、子供も頼りになるなと親を見直し、より良好な親子関係が築けるかもしれません。
そして、この親子のつながりがゲーム以外のこれから子供たちが人生において直面する様々な問題を乗り越える大きな鍵になります。
ゲームの問題は難しいですが、一緒に取り組むことでゲームとの正しい関わりができ、更により素晴らしい関係が親子で結ばれるチャンスになればと願います。

コロナウイルスの影響でオンライン授業に注目が集まっています。しかし、オンライン授業ができれば問題ないのでしょうか。

コロナウイルスの影響でオンライン授業に注目が集まっています。しかし、オンライン授業ができれば問題ないのでしょうか。

新型コロナウイルスが拡大し、学校の一斉休校が決まったとき、IT化が進み導入がすでに広がっていた私立学校の多くはオンライン授業を行い、授業の停滞を防ぐことができました。
一方、数年前から提言されながらも一向に学校のIT化が進んでいなかった公立学校では、休校期間中、生徒に既習事項のプリントを配って家庭学習をさせるのが精いっぱいで、学校の勉強は一斉にストップしてしまいました。
学校の対応能力の差が大きく表面化し、生徒の置かれている環境で教育格差がの指摘されるようになりました。

今回の新型コロナウイルスのような不測の事態でも、オンライン授業があれば生徒たちの学びを止めることなく勉強を進めることができるという認識が広まりました。
そこで文科省も本腰を上げて、学校での「一人一端末」に取り組まなければならないと動き出したようです。
多くの自治体で年度末までに、公立の小中学校において一人一台の端末を実現するという方針を出しています。

実は学校教育のITC化は以前から日本のIT戦略の一つに位置付けられていて、2018年から5年間をかけて全ての児童・生徒のために一人一端末を実現し、学習用のパソコンと高速ネットワーク環境を整備することで教育を向上させようとする「GIGAスクール構想」がありました。
これを踏まえて、私立学校ではパソコンが広く普及し、実際に学校の授業でもパソコンを利用した教育がどんどん行われてきました。
しかし、一方で公立学校のIT化は遅々として進みませんでした。

私立学校では生徒が集まらなければ生き延びることができないので、常に最新の教育環境を整え魅力ある授業を提供するために尽力する必要がありました。
従って、教育のIT化に真剣に取り組み、見る見るうちに教育の中に反映させてきました。

ところが、公立学校ではそのような動機付けはなく、むしろ変化というものはコストにしか映りませんでした。
現場の教員にはこれまで自分が培ってきた技術が通用しなくなるという恐れがありました。
また、オンライン授業に対する懐疑心もありました。
こんなことして本当に意義あるのか。
疑いから、やらないで現状維持の方がいい。
何よりも、もしIT化により教授方法が変わりパソコンなどを使いこなさないといけないとなったとき、高齢の教員を中心に変化への適応に自信が持てないということもありました。
生徒たちも新しい技術に対応できる下地がないという考えもあり、やってもうまくいかないのではないかという意見も出されました。
他にも様々な理由で、口で言う割には取り組みが進まず、今回の騒動でその不備が露呈したのでした。

では、実際のオンライン授業とはどのようなものでしょうか。
オンライン授業に関しては、以前にこちらで記事として書いたことがありますので、そちらを参照していただきたいと思います。

オンライン授業に関する記事はこちら

これまで衛星放送などを使って一方的に講義を見るテレビ授業と違い、オンライン授業はインターネット回線を利用しているので双方向の授業が可能なのが特徴です。
しかし、実際にはインターネットやメールを使って課題を一方的に提供するオンデマンド式、または先生が授業を生放送で動画配信する一方向の授業が半数を占めているととある調査にありました。
一方、保護者は双方向の授業を期待していたようで、両者のギャップはオンライン授業に対する落胆につながったそうです。

確かに葛西TKKアカデミーでもzoomを利用したオンライン授業をやっていますが、私は個別指導なので一対一だから大丈夫なのですが、これが30~40人というクラス単位での利用となると、全員には当然目がいかないだろうなと容易に想像できます。
教室のような対面式でも全体に目を配るのは難しいのに、パソコンの小さな画面に映る何十の顔だけで、一人ひとりの細かな反応に気づき、フォローするのは無理です。
双方向にしても教室以上に発言やコミュニケーションの機会は、慣れていないと上手に生徒も先生も活用できません。
そして、オンライン授業ではこれまで以上に生徒一人ひとりの勉強への姿勢が問題となります。
先ほど述べたように、先生が一人ひとりの生徒を全てチェックするのは難しいので、生徒はさぼろうと思えばさぼれるし、ごまかそうと思えばごまかすことができるからです。

大学では今回のコロナウイルスの影響で、授業をオンラインにしたところがありますが、やはり同じような問題が発生し、加えて技術的なトラブルなどで評判はあまりよくなかったようです。

つまり、文科省が言うように単純にパソコンやインターネット環境などの設備を整え、情報端末を生徒全員に渡せば問題がすべて解決し、これまで以上の素晴らしく魅力ある教育現場になるとは限らないのです。
そんな単純なものだと思っているなら、それは教育を甘く見過ぎです。

画面越しに先生がそれぞれの生徒を丁寧に見ることができなければ、理解度の違う生徒を全て学ばせることはできず、限られた時間内に学習項目をこなしていかなければならないので、結局はついてこれない生徒は置き去りにするしかないという結果になってしまうことは十分にあり得ます。

教育のIT化、オンライン授業の普及とは何が目的でしょうか。
文科省がやっている感を出すためのポーズであれば、生徒には何の意味もありません。
実施するならば、その恩恵が最大限に生徒に向かうようにしなければなりません。
大学入試改革を始めとする今の教育改革においては、文科省サイドの視点ばかりで物事が進んでいて、肝心の当事者である生徒や保護者、そして実際に現場で教育に携わっている先生方の声や視点があまり反映されていないような気がします。
結果、教育現場では混乱だらけのようです。

ゆとり教育のときもそうでしたが、結局一部の大人の都合で振り回されて不利益を被っている生徒たちのことももっと真剣に考え、しっかり責任を持って教育に取り組んでほしいと思います。
何が目的で何が手段なのかをよく考え、それをはき違えて本末転倒にならないようにと願うばかりです。

葛西TKKアカデミーとしては、どのような状況であろうと生徒たちのことを考え、彼らを全力で支え、そして教育による恩恵が最大になるように努めます。

生徒が勉強できないのは脳内のワーキングメモリー不足かも。勉強以外のことにメモリーを使い過ぎていませんか。

生徒が勉強できないのは脳内のワーキングメモリー不足かも。勉強以外のことにメモリーを使い過ぎていませんか。

勉強が苦手な生徒たちにはある程度共通した特徴があります。
集中力が続かなかったり、覚えたことをすぐに忘れたり。
では、なぜ現況ができない生徒はこのような特徴を共有しているのでしょうか。
今回はメモリーという観点から考えてみたいと思います。

パソコンなどが情報処理を行う時、メモリーを使って一つずつ情報を処理していきます。
パソコンは情報処理速度が人間よりものすごく早いので、ものすごく高度なことをしているのかと思いますが、実は単純なコマンド操作の繰り返しをやっているだけで、やっていること自体はさほど複雑なことはありません。
単にスピードが速いから人間では不可能な情報処理も直ちに行えるのです。
このときパソコンは与えられた情報そのものを処理するために使うメモリーもありますが、パソコン自体を作動させるために使うメモリーもある訳です。
これをワーキングメモリーと言いますが、パソコン自体の総メモリー量は最初から決められているので、メモリーがその処理できる限界を超える量の情報を与えてしまうと、情報処理そのものが遅くなったり、フリーズしたりします。
パソコンそのものの容量を増やすのも大事ですが、いかにワーキングメモリーを減らし、その分を与えられた情報処理に当てられるかも非常に大事です。

実は脳の活動もパソコンと同じように一度に処理できる情報量には限界があります。
勉強ができる生徒は、決められた時間内において、脳の情報処理活動の多くを勉強に当てることができます。
しかし、勉強ができない生徒は勉強をするとき、勉強以外のことに脳のメモリーを使ってしまうのです。
勉強以外のこと(たまたま目に入ってきたゴミや屋外のかすかな音、他人が今何をしているのかなど)に気がいって、そこに自分のメモリーを使ってしまうのです。
結果、勉強するためのメモリーが減り、勉強がはかどらず、その割には非常な疲労感があります。
勉強できない生徒は脳を使わないから勉強できないのではなく、勉強以外のことに脳を使い過ぎているから勉強ができないのかもしれません。
だから、一つのことに集中できず、すぐに疲れ、覚えようにも勉強や記憶に当てるメモリーが不足しているので、それができないのです。

私の知っている生徒にもすぐに、「勉強嫌だ、やりたくない」と言ってシャーペンをいじり始めたり、こちらが話しているのに他の方向を向いてそちらの方をずっと見ていたりと、勉強の方に向き合えない生徒がいます。
やはり、成績はよくありませんし、今やったことをもう一度聞き返すと全く覚えていなかったりします。
こちらとしては全身全霊をかけて説明し、分かりやすく教えているのですが、それが何にもなっていないことに無力感さえ覚えます。
嫌だ嫌だと言っても何にもならないのだし、勉強から逃げようとしてもやらないわけにはいかないのだから、腹をくくって勉強に集中してくれれば、嫌いな勉強の時間もグッと減るし、理解も進み成績も上がり、それが励みになればまた短期集中で勉強に取り組める。
こんな好循環を期待するし、分かってほしいのですが、なかなかそうもいかず、時間だけがダラダラと過ぎ、本人も苦痛の時間が増える。
でもそれを理解し心を入れ替えるのはことのほか難しいようです。

なぜそのようにするのかという話はまた別の機会にしますが、これらの行為は自分で自分の勉強に当てるべきメモリーを減らし、勉強に対する情報処理能力を低下させているだけなのです。
オリンピック選手などは競技の練習に何時間も費やしますが、意外と学校の成績も悪くない人が多いです。
彼らは一つのことに集中することに長けているので、勉強でもやはりその力を発揮し、効率よく脳内のメモリーを活用し、学習における情報処理を効率よく行うので、他の人より短い時間でも人並み以上に勉強を身に付けることができるという結論に達するのです。

スポーツ選手ほどでないにしても、勉強に集中し短い時間で一気に終わらせた方がいいのですが、分かっていても生徒にとってそれは難しいようです。
結果、ダラダラと勉強が続き苦痛が長引き、それでまた勉強が嫌になるという悪循環が生じています。
先ずは、こうならないように幼少のころから事前に手を打つ。
もしもうすでになってしまっているのなら、嫌々の中でもいかにして勉強に向かわせるかという工夫が必要になります。
勉強嫌いの原因と対策については日を改めて考えたいと思まいす。

今回のポイントは人間の脳が持つ限られた情報処理能力をどのように配分するかということです。
勉強が苦手な生徒は、勉強に情報処理にメモリーを使う前に、他のことで使ってしまうので勉強が非効率で身に付かないということです。
勉強がなかなか身に付かない生徒にはこの可能性も考慮に入れて対処しましょう。