2020年より様々な制度が変わります

2020年より様々な教育に関する制度が変わります。

 

一番大きなものはやはり大学入試制度の変更でしょう。

更にそれに伴い高校の教育内容も変わります。

更に中学の指導要領も一年後から新しくなり、これまでとは大きく変わる予定です。

 

まず、大学入試では大学センター試験が廃止され新しいテストになります。

今までのように一回限りの試験ではなく複数回受けられるようです。

チャンスが増えると同時に公平性がどのように保たれるかが気になります。

 

各教科ごとのテストに加え、教科をまたいだ横断的な問題、総合型のテストも行われるようです。

つまり文系・理系の枠を超え、各教科の内容をつなぎ合わせることができなくてはなりません。

特定の教科だけ得意では高得点が見込めないということです。

 

解答方法もマークシートからコンピュータ端末を使った入力形式になります。

つまり普段からコンピュータになれておく必要があるのです。

まだ不明な点が多く、実施してみないと分からないこともありますが、例えば家庭の経済的事情などで家にパソコンがない生徒は不利になるのかもしれません。

ブラインドタッチには練習が必要だし、指一本で一つずつキーを打つようでは到底試験時間が足りなくなるでしょう。

 

学校でも対応が始まっていると思われますが、学校任せだけでは満足いく準備ができるか不安です。

学校外のサポートが重要な意味を持つようになるでしょう。

 

中学でも様々な変更が行われます。

特に注目すべきは、生徒たちの評価方法でしょう。

今までのようにテストをし、その点数が評価の主要内容とはなりません。

思考力・判断力・表現力というような、一つの型にはめれば皆同じ解答にたどり着くようなものではないものの評価を重視するそうです。

生きる力、社会に出たときの即戦力になれる実践的な力を身に付けさせるのが目的です。

 

しかし、このようなものの評価は数字に出にくく、生徒間の優劣を決める形式の評価法とは非常に相性が悪い。

客観性に問題が生じ、どうしても採点者の主観に頼らざるを得なくなっしまう。

この点をどのように乗り越えるかが大きな課題となります。

今のところこの問題に対する明確な解は出ておらず、試行錯誤の段階のようです。

 

ただし、制度の変更期日はすでに決まっており、それまでに納得のできる、そして誰もが理解し共有できる制度ができることを切に願います。

ゆとり教育のときもそうでしたが、理念は素晴らしく間違っていないのですが、実践において、上からの押し付けでなく、現場の十分な理解と具体的で明確な行動内容が伝わっていないといけません。

そうでなければ、いたずらに現場を混乱させるだけです。

そして、その混乱の一番の被害を受けるのは他でもない子供たちです。

多くの子供たちに多大な影響を与える責任の大きさを十分に理解した上で、我々は教育に携わる必要があります。

 

 

 

手作りパン

昨日は久しぶりに一日お休みでした。

家でゆっくり娘と遊んだり、手作りパンに挑戦したりしました。

 

小麦粉、バター、イーストなどなど、材料を混ぜて、娘とコネコネ。

それから炊飯器で発酵。

これが一回40分で二回。

更にレーズンを入れてレーズンパンにしようと思い、自分で試行錯誤、結局焼きあがるまでに4時間以上かかりました。

 

焼き上がりはフカフカで香ばしい香り。

結構大きなパンになってしまいました。

でも、一日でなくなってしまいました。

作るのは何時間もかかるのに、食べるのは一瞬。

 

見るだけで美味しいのが分かります。

やっぱり出来たてが一番。

 

今日、自習に来た塾生にもおすそ分けしました。

喜んでいただければ幸いです。

 

浅田真央選手引退

昨夜、浅田真央選手引退のニュースが入ってきました。

幼いころから有能なフィギュアスケート選手として見続けてきただけに、その世間に与えた衝撃は大きかったようです。

気づけば彼女も26歳。

引退しても当然な年齢ですが、童顔な彼女はなかなかそれを感じさせませんでした。

オリンピックで大きな期待を背負い、なかなかその過度な期待に応えられないと悩み苦しんで、それでも踏みとどまて、ここまで頑張ってきましした。

彼女の演技を見て、その素晴らしさはメダルだけではなく、そのひた向きな姿勢にある。

だからこそ、多くの人々に感動を与え、人々も彼女から何かメッセージを受け取り、心動かされたと思います。

 

彼女に限らず何かを代表する立場に立たされた人々は、本意でなくても、期待と責任を背負わされてしまう。

それが日本代表となればなおさら。

そして期待に応える結果を出せなかったとき、心無い人は無責任にも彼ら代表者たちを責める。

しかし、その人たちは自分にそんな資格があるのか考えたことはないのでしょう。

自分があんな大舞台で彼らと同等のパフォーマンスができるはずないのに。

代表選手たちに何らかの支援をしているわけでもない。

ただイベントに乗っかって、彼らの成果をあたかも自分のもののように感じ、気分がよくなりたいだけである。

それができなかったからと言って、その怒りを彼らに向け罵るのは大きな間違いである。

我々がすべきことはそんな結果であれ、全力で目標に挑み続ける姿をたたえることである。

 

長い間様々なプレッシャーや苦しみに耐え、人々に感動を与えてくれた浅田真央選手に感謝の拍手を送ります。

高校中退

先日、高校の教育困難校について触れました。

子供たちの勉強に対する姿勢と学校に置かれている環境が、教育現場を学習に不向きな状態にしているということでした。

 

そのような現状に加え、経済的理由、体調の問題、人間関係、大人の教育に対する理解の低さ等、様々な理由で高校を中退する生徒もたくさんいます。

せっかく入学できたのに、勉強が続けられないとは非常に悲しいことです。

一時期よりは減っているものの、多くの高校生が今も中退しています。

東京都教育委員会によると、都立高校のその数は平成26年度で2754人だそうです。

不登校・中途退学対策検討委員会 報告書

 

学歴とその人物の能力・人柄とは必ずしも一致しているわけではないのに、いまだに高校中退し最終学歴が中学だと、就職はおろかアルバイトも難しい。

または周りから見下されまともに扱われないという話はよく聞きます。

やめてとりあえずはアルバイトをしたり、それすらせず家に閉じこもったり。

将来どうなるのかと考えるととても心配です。

中には奮起して大検を受けて大学に行く人もいます。

でも、それは本人によほどの精神力と周囲の協力、またそのチャンスを知っているか(情報)が伴わないといけません。

人との巡り会わせ、運も必要です。

なかなか苦難の道です。

誰もが通れるものではありません。

 

 

諸事情あって学校をまともに続けられない子供たちを何とかできないかと、特に最近思います。

職業柄、学校にいけない子供たち、学校から退いてしまったこともたちの役に立ちたいものです。

それはこの塾を始めた主旨とも合致します。

そういう意味ではこの塾は十分に潜在力があると思います。

後は、どのようにすればその力を活用できるようになるかが問題です。

新学年スタート

いよいよ今日から新学期です。

とは言っても今日明日は始業式、入学式で本格的に学校が始動するのは来週からでしょうが。

何はともあれ、新たな気持ちで新しい学年に臨みましょう。

勉強で分からないときは葛西TKKアカデミーが力になるので安心してください。

いつでも誰でも待っていますので、気軽にお訪ねください。

中高生の英語力

本日4月6日、読売新聞の電子版に次のような記事がありました。

 

『文部科学省は5日、全国の公立中高生らを対象にした2016年度「英語教育実施状況調査」の結果を公表した。

政府が17年度までに目指す英語力のレベルに達した中学3年生は全体の36・1%(前年度比0.5ポイント減)、高校3年生は36.4%(同2.1ポイント増)だった。

政府目標は50%で、達成は厳しい状況だ。

教員の英語力についても調査し、政府目標に達した英語教員は、中学校が32.0%(同1.8ポイント増)、高校62.2%(同4.9ポイント増)にとどまった。

政府は、グローバル化に対応するため英語教育の充実を掲げ、13年6月の閣議決定で、中学卒業段階で「実用英語技能検定(英検)3級程度」以上、高校卒業段階で「英検準2級程度」以上の英語力を持つ生徒の割合を17年度までに50%にする目標を掲げた。』

(読売新聞 4/5 20:49配信)

 

中高生の3分の1程度しか目標に達していないということです。

政府の決定したがって目標達成の努力をしているはずだろうが、この達成率の低さは何でしょうか。

更に増減もほぼ横ばい。

学校が努力を怠っているからなのか、努力してもこの結果なのか。

情けない現状ですね。

また英語教員の目標達成度も、指導者という立場を考えると低すぎるとしか言いようがありません。

特に中学校の英語教員の能力に関してはがっかりせざるを得ません。

子供たちの多くが中学で初めて本格的に英語に触れるのに、その指導者の能力がこれとは、教職課程を経て教員免許を取っているはずなのに、その資格に疑問を持たずには入れません。

教員免許と担当教科の能力とは無関係ということでしょうか。

それならそれで問題があると思います。

 

一つ考えられることは、現場教員が実際の英語指導で身に付けるべき能力と、政府が指針としている英語能力が違うということです。

これなら、上記のような結果でもそれほど心配の必要がないのかもしれません。

それならば政府の決定はあまりにも現場を理解しておらず、この目標設定自体が無意味ということになります。

理想と現実の乖離があり、政府が理想を現場に押し付けるだけで、その到達への筋道は現場任せで示せないのであれば、それは無責任と言えるでしょう。

 

 

いづれにしても、実際に中高生に接している者として言わせてもらえば、やはり現場での指導力には疑問を持たずにはいられません。

文法中心の何十年も同じ指導法ならば、中学生が興味を失い英語から離れていくのももっともです。

最初に触れる英語だからこそうまくやれば生徒はどんどんのめり込めるはずなのに、それができないのが問題です。

そしてそんな現状を変えられないのはいくつか理由があります。

まず、指導者が他の指導法を知らない、考えて創造できないというのがあるでしょう。

とりあえずいつものようにやればいい、生徒がどの程度興味を持ち理解したかは関係ない。

ただやればいいという態度。

うまくいかなかったら工夫して試行錯誤する態度の欠如。

また、テスト形式の評価の方法がそれ以外の教授法での英語教育を不利にし、結果として変更を許さなくしていることもあるでしょう。

そもそも指導者の英語力不足以外にもいろいろ原因は考えられます。

 

以前にも話した通り、生徒の勉強に対する環境は変化しており、昔に比べ勉強しづらくなっています。

その変化に対応できず、相も変わらず何十年前のやり方で指導するのであれば成果は出ません。

 

最近はコンピュータやタブレット端末を使って学校教育をやろうということになっています。

でも、道具や表面的理念ばかり変えても、結局それを扱う人間、体現する現場教師が十分に意義を理解し使いこなせなければ無意味となるでしょう。

勉強は多分に個人的なもので絶対の教育方法はありません。

だからこそ、様々な状況に対応できる経験と知恵が必要なのです。

この度の調査の結果は、この点を考えるべきと示しているのではないでしょうか。