葛西駅そば、個別指導塾葛西TKKアカデミーは学校に行きたくても行けない生徒たちの味方です。不登校などで学校に行けず、勉強についていけなくなった生徒の力になります。

葛西駅そば、個別指導塾葛西TKKアカデミーは学校に行きたくても行けない生徒たちの味方です。不登校などで学校に行けず、勉強についていけなくなった生徒の力になります。

学校に行きたくても行けない生徒がたくさんいます。
葛西TKKアカデミーはそんな生徒たちの力になりたいと考えています。

体調やいじめ、家庭の事情、先生との確執や勉強に関する問題など、学校に通えない理由は様々です。
実際に葛西TKKアカデミーでは、体調のせいで登校できない生徒を受け入れて勉強の指導したこともあります。

学校に行ったとしても教室に入れず、保健室や相談室で過ごす生徒も多いそうです。
しかし、そのような場所も限度があり、全ての生徒が利用できる訳でもありません。
また、問題が起こったときも、学校が必ずしも満足いく対応ができるとは限りません。

つまり、学校の対応にも限界はあるのです。

「勉強したいのに勉強できない。」
これは生徒にとって、とても不幸なことです。

以前、行政に働きかけ、そのような生徒の助けになりたいと訴えました。
「地域で一体となって取り組もうと思っていますが、まだ体制が整ってなく、話し合いをしているところです。」
というのが返事で、私は何もできませんでした。
悔しかったです。
学校からの要請がない限り、行政としては認められないそうです。

この時、私はとても失望しました。
なぜなら、今、生徒たちは助けがほしいのです。
それなのに、そんな悠長にしている。
この瞬間にも悩み苦しみ、心に傷を負っているのです。

だから、葛西TKKアカデミーは学校の要請や行政の体制が整うのを待つのはやめました。
とにかく、助けが必要な生徒がいれば誰でも、すぐに手を差し伸べます。

学校では問題解決できそうな場合、学校外に助けを求めてもいいと考えます。
どうしても公的機関では意思決定に時間がかかり、その間に当事者の問題がどんどん深刻になります。
迅速な対応と選択肢を増やすという意味でも、様々な組織と連携を取り、協力することは有効と考えます。
葛西TKKアカデミーはそのような点においても、お役に立てると信じております。

もたもたしている場合ではありません。

葛西TKKアカデミーは大手塾とは違い、小規模だからこそ生徒それぞれの状況に合わせた授業ができます。
学校に居場所が求められないなら、葛西TKKアカデミーは喜んでその空間を開放します。
こちらに通うのが困難であれば、インターネットを利用したオンライン授業も提供しております。
勉強が嫌にならないように様々な工夫も凝ら、分かりやすい授業をモットーとしております。

家庭と本人と連携を取りながら、生徒を一人の人間として尊重し、最善の対応を心掛けています。
それは勉強に限ったものではありません。
この柔軟性と生徒に対する熱い思いが、葛西TKKアカデミーの強みだと自負しております。

学校に通うことが困難である家庭がございましたら、お気軽にお問い合わせください。
まずはご相談から。

もうすぐ春休みになります。長期休みはまとめて本を読むのに最適!読書をすれば語彙力と読解力も上がり、今変わりつつある学校教育で求められている能力が向上します。

もうすぐ春休みになります。長期休みはまとめて本を読むのに最適!読書をすれば語彙力と読解力も上がり、今変わりつつある学校教育で求められている能力が向上します。

もうすぐ春休みです。
せっかくまとまって時間があるので、読書をしてはいかがでしょうか。
読書の習慣が身についている子供は新しい学校教育、新しい社会において有利になります。
読書をすると語彙力と読解力などが上がります。
これらは「考える力」を育てることを目標としている現在の教育改革に重要な力です。
学校でよりよい成績を取るためだけでなく、これからの新しい社会において生き延びるためにも、ぜひ本を読みましょう。
葛西駅そば、個別指導塾葛西TKKアカデミーは学校の長期休みの機会を利用して読書をお勧めします。

20年ほど前、子供たちの読書離れが非常に深刻だといわれ、学校でもそれを改善すべく様々な対策が取られてきました。
「朝の読書活動」という時間を設けてみんなで読書したり、「学校司書」や「司書教諭」を置いて子供たちの読書活動をサポートしたりしました。
また、学校の授業自体でも自分たちで課題に取り組み、そこで「調べ学習」をさせたりと、意図的に読書活動を増やす努力がなされてきました。

「全国学校図書館協議会」によると一か月に読む本の数は、小学生で平均9.8冊、中学生で平均4.3冊、高校生で平均1.3冊と歳が上がるごとに減ってきています。
また、一冊も読まない生徒は、小学生で8.1%、中学生で15.3%、高校生で55.8%となり、特に高校生で本を全く読まない人が大幅に増えています。
その原因までは明確に提示されていませんでしたが、SNSなどの現代特有の環境が関係あるのではないかと推測します。

ところで、この調査ではある条件が整えば子供たちは本を読んでみたいと思うことも分かりました。
全ての学年を通して「暇な時間ができたとき」に約6割の生徒が本を読んでみたいと考えるようです。
これは「何かを知りたいとき」や「楽しみたいとき」などほかの理由が1、2割なのに比べて大きく吐出しています。
つまり、必要性よりも時間的ゆとりの方が読書の動機付けになりやすいようです。

さらに、周囲の人の働き掛けも読書には大きく影響しているようです。
家の人からよく本を紹介されると読書量も飛躍的に増えるようです。
先生から紹介された本を読んでみたいと思う生徒も大変多いという結果が出ました。
逆に全く紹介されない生徒は読書する割合も減っていました。

以上のことから、時間的にゆとりのある長期休みは読書、またはそのきっかけに非常によい時期と分かります。
さらに大人からの働き掛けが大きく影響することから、ぜひ皆さんもお子様に本を紹介してはいかがでしょうか。
はじめは短編小説など取り掛かりやすく楽しめるものがいいでしょう。
以前ご紹介した、「河出書房新社」の『五分シリーズ』などはお勧めです。
子供たちにいろいろな本に巡り合うきっかけを与えるのも重要で、本を多く読めば語彙力も増えますし、正しく情報を読み取る読解力も上がります。
読み取った内容を想像したり理解することは、論理的思考にもつながり、これはインプットだけでなくアウトプットの場にも必要不可欠です。
特にこれから変わる学校教育において、これらの力は成績を大きく左右するものです。

この春休みを上手に使って、子供たちに読書の習慣を身に付けてほしいと思います。

なぜ学校で英語が身に付かないのか

なぜ学校で英語が身に付かないのか

中高合わせて6年間、生徒たちは英語を学びます。
(しかも、今年度からは小学校でも正式の教科としての英語教育が始まります。)
しかし、その多くの生徒が英語を十分に話せるようになりません。
6年も英語を学んで話せないのは、世界的に見ても珍しいです。
言語体系の違いを挙げる人がいますが、言語体系が異なる国の人々も話せるようになっている事実から、それも外れているでしょう。
ではなぜ、日本人は英語が身に付かないのでしょうか。

結局、日本の英語教育は(他の教科も同様ですが)テストによる評価が目的であり、テストのための手段となっているからです。
勉強の動機づけになっても、身に付け話せるようになる動機付けにはなりません。
英語の授業では、テストで採点しやすいように白黒がはっきりしている文法や記述を重視する。
実践で使う「話す」「聞く」は文面として現れないので軽視する。
これは評価する側の都合による教育で、学ぶ側の都合による教育ではありありません。
テストのための英語なので、テストが終われば意味がなくなる。
だから生徒がその場しのぎの英語しか学ぼうとしない。
定着までいかないから、いつまで経っても身につかないのです。
これが第一の理由でしょう。

上記のような英語学習は楽しくありません。
そして生徒に情意フィルターを植え付け、勉強に壁を作ってしまいます。
これが二番目の理由です。
(情意フィルターに関しては6月29日の記事で触れていますので、そちらを参照してください。)

さらに第三の理由としては、英語習得の過程が言語習得の自然な流れとは違うことでしょう。
学校の英語の授業では圧倒的に「聞く」「話す」という技能の練習が足りません。
でもよく考えてみてください。
聞き取れないものは発音できません。
発音できないものは考えることができません。
人は考える時、頭の中でしゃべっているからです。
また、人間の言語習得を考えても、最初にやるのは聞くこと。
やがて試行錯誤しながら発音をまね、やがて意味を理解するようになります。
「読む」「書く」はその後です。
だからこの手順を踏まないと不自然なのでしょう。
学校の授業は「読む」「書く」に重点を置きすぎて、「聞く」「話す」がないがしろにされています。
これも英語の身につかない理由の一つです。

現在、文科省は学校教育の大きな改革を行っています。
全ての教育がより現実に関連付けられ、そしてこれまでのように覚えればいいではなく、学んだことを利用しつなぎ合わせて、これまでに取り組んだことのない問題、明確に正解と言えるものが一つとは限らない問題(実社会で直面する状況により近い形の問題)を扱えるような人材を育てようとしています。

教育の改革は多岐にわたり、細かい部分にまで至ります。
英語もその中の一つで、小学校からの英語の正式教科化もこのような実践を想定してのことです。
この改革が人と出るか凶と出るかは今のところ分かりません。
しかし、ここで述べたような点(本当は英語のできない理由はこれだけではないのですが)を改め、英語が単なる成績をつけるための道具ではなく、生徒たちが多くの人々と交流し、より多くのチャンスをつかんで、自分たちの人生を豊かにできるようになってほしいと願います。