「21世紀型教育」とは。教育改革によって教育スタイルも大きく変わるはず。

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たびたび触れている教育改革ですが、今回はその中心となる「21世紀型教育」についてお話します。
現在行われている教育改革では、これまでの知識偏重という批判を受け、これからの不確定な時代に対応できる人材を育成すべく、知識詰込み・暗記中心の学習から自ら考え答えを自分で見つけ出せるような学習を目指します。
よく「答えのない問題に取り組み、回答を導き出す」と言われます。
そこでキーワードとなるのが「21世紀型教育」です。
一方的に先生が生徒に知識を委譲するのではなく、先生と生徒が相互に交流しながら知識を高め、問題解決の方法を見つけ出すというものです。

しかし、海外で教育を受けたことのある先生なら多少はイメージがわきますが、そうでないほとんどの先生にはこの新しい教授法が想像もつかず、どうしていいのか分からないというのが現状です。
多くの場合は結局今まで通りの教え方に現場は落ち着いてしまうのではないかと、私は疑っているのですが。
文科省の理想に反して、実践法が現場まで伝わっておらず、仕方ないから今まで通りでやるしかないのであれば、教育改革の意味がなくなってしまいます。
やると言って期限だけ決めて、現場が実行できるまで十分なトレーニングと準備をしないまま見切り発車になる見込みです。
これでは混乱を招いただけで最大の受益者であるべき生徒に不利益を招くだけのような気がします。
「ゆとり教育」の亡霊がまた見え隠れするようです。

話を戻しますが、「21世紀型教育」について簡単に説明します。

これまで行われてきた講義中心の受動的学習とは違い、生徒が能動的かつ積極的に学ぼうとする授業を言います。

例えば先生が各国の文化を一方的に話すのではなく、生徒が自分から各国の文化に興味を持ち、知りたいと感じながら自分たちで調べ、必要なら先生からアドバイスをもらい(ここで先生が答えを言わないでヒントを与えるのが望ましい)、研究した成果をお互いに発表しより異文化についての理解を深めるのです。
活発な議論や意見の共有をさせるため、先生は「教える」というより「促す」という立場になります。
また、テーマを与えての学習は既存の教科割の範疇を超えて学びが起きることもあります。
例えば社会で調べたら数学の統計の知識が必要になるなど、横断的学習が行われます。
仮説を立てて調査していくことは理科に通じます。
このように生徒の自主的な活動(「アクティブラーニング」や「探究型学習」と呼ばれているもの)を通して、総合的にこれまで以上に広く深い学びが得られると考えられています。

当然生徒の自由意思に負う部分が多いので、学校や文科省が求める内容と外れた内容を学習するかもしれません。
かと言って、生徒が自主的にやっている学びを否定はできないので、この辺のコントロールが難しいです。
さらにこれまでの講義スタイル違い核心だけを授業で扱うわけではないので、より道があったりと、かなりの時間が必要になります。
しかし、その寄り道の中でより深く多岐にわたる学びができ、結果的、総合的にこれまで以上の学びがあるのですが、きちんと最後までできなければ応用や付加される学びだけでなく、肝心な根幹となる基礎さえ身につかないという危険性があります。

にもかかわらず、指導要領はこれまでと変わらない、いやむしろ多くなっているので、物理的に授業が成立するのか疑問です。
(今でさえ、どの教科もは中学三年間でやる内容が終わらず、最後の方は授業で簡単に触れる、または自分で教科書を読むようにと指導して形式的に終わらせることが多いのに)

また、テストや進学などのための勉強とは非常に相性が悪く、生徒の学習をどのように評価するのかという問題もあります。
みんなそれぞれに頑張って出した成果をどのように公平に評価し序列をつけるのか。
「21世紀型教育」を目指すのであれば、これまでの点数だけによる評価法を見直し新たな基準を作らなくてはならないのですが、この点は改変されないようです。
ここも教育改革の矛盾なところです。

どちらも生徒の自主性に任せるところが大きいので、これまでのように教員が授業内容をあらかじめ定め準備することが非常に難しくなります。
教員はその場の状況に合わせ瞬時にどのように授業を進めていくか判断しないといけませんし、授業が盛り上がらず生徒のやろうという意思が高まらないときは生徒の興味を引くように話しかけなければいけません。
これはかなり豊富な経験がないとできませんし、そもそも学校によっては生徒そのものに学ぼうとする意識がないところもありますので、そこから生徒の意識を変えて「21世紀型教育」が成立するようにもっていくのも大変です。

教育改革は2020年度から本格的に始まることは決定事項で変わらないようです。
しかし、その理解や疑問に対する説明や回答は十分になされていません。
うやむやなままのごり押しになりそうです。
現場の学校、生徒、保護者からは不安の声が高まっています。
文科省はうまくいかなければ「うまくいきませんでした」で済むのかもしれませんが、実際に不十分な教育を受けさせられた生徒や家庭に対する責任はどのように取るのでしょうか。
(誰も取らないでしょう。)

葛西TKKアカデミーはどのような状況であっても生徒の教育が損なわれないように全力でサポートします。

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