なぜ学校で英語が身に付かないのか

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なぜ学校で英語が身に付かないのか

中高合わせて6年間、生徒たちは英語を学びます。
(しかも、今年度からは小学校でも正式の教科としての英語教育が始まります。)
しかし、その多くの生徒が英語を十分に話せるようになりません。
6年も英語を学んで話せないのは、世界的に見ても珍しいです。
言語体系の違いを挙げる人がいますが、言語体系が異なる国の人々も話せるようになっている事実から、それも外れているでしょう。
ではなぜ、日本人は英語が身に付かないのでしょうか。

結局、日本の英語教育は(他の教科も同様ですが)テストによる評価が目的であり、テストのための手段となっているからです。
勉強の動機づけになっても、身に付け話せるようになる動機付けにはなりません。
英語の授業では、テストで採点しやすいように白黒がはっきりしている文法や記述を重視する。
実践で使う「話す」「聞く」は文面として現れないので軽視する。
これは評価する側の都合による教育で、学ぶ側の都合による教育ではありありません。
テストのための英語なので、テストが終われば意味がなくなる。
だから生徒がその場しのぎの英語しか学ぼうとしない。
定着までいかないから、いつまで経っても身につかないのです。
これが第一の理由でしょう。

上記のような英語学習は楽しくありません。
そして生徒に情意フィルターを植え付け、勉強に壁を作ってしまいます。
これが二番目の理由です。
(情意フィルターに関しては6月29日の記事で触れていますので、そちらを参照してください。)

さらに第三の理由としては、英語習得の過程が言語習得の自然な流れとは違うことでしょう。
学校の英語の授業では圧倒的に「聞く」「話す」という技能の練習が足りません。
でもよく考えてみてください。
聞き取れないものは発音できません。
発音できないものは考えることができません。
人は考える時、頭の中でしゃべっているからです。
また、人間の言語習得を考えても、最初にやるのは聞くこと。
やがて試行錯誤しながら発音をまね、やがて意味を理解するようになります。
「読む」「書く」はその後です。
だからこの手順を踏まないと不自然なのでしょう。
学校の授業は「読む」「書く」に重点を置きすぎて、「聞く」「話す」がないがしろにされています。
これも英語の身につかない理由の一つです。

現在、文科省は学校教育の大きな改革を行っています。
全ての教育がより現実に関連付けられ、そしてこれまでのように覚えればいいではなく、学んだことを利用しつなぎ合わせて、これまでに取り組んだことのない問題、明確に正解と言えるものが一つとは限らない問題(実社会で直面する状況により近い形の問題)を扱えるような人材を育てようとしています。

教育の改革は多岐にわたり、細かい部分にまで至ります。
英語もその中の一つで、小学校からの英語の正式教科化もこのような実践を想定してのことです。
この改革が人と出るか凶と出るかは今のところ分かりません。
しかし、ここで述べたような点(本当は英語のできない理由はこれだけではないのですが)を改め、英語が単なる成績をつけるための道具ではなく、生徒たちが多くの人々と交流し、より多くのチャンスをつかんで、自分たちの人生を豊かにできるようになってほしいと願います。

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