フランスパリのノートルダム大聖堂の火災が世界に衝撃を与えました。ノートルダム大聖堂はどうしてそんなに重要?

昨日、ノートルダム大聖堂の火災のニュースが飛び込んできました。
あの荘厳な教会が炎に包まれ焼け落ちる様はフランスのみならず世界中に衝撃と悲しみを与えました。

この大聖堂は世界史や美術などの教科書にも紹介されているので、見たことのある方は多いと思います。
本日はこのニュースに関連して、ノートルダム大聖堂について解説し、フランス人にとってどのような存在であったか考えてみましょう。

ノートルダム大聖堂は天高く目指すゴシック建築の代表的な建物で、西暦1163年に建築が始まりおよそ2世紀をかけて完成されました。
ノートルダムとはフランス語で「我らが貴婦人」を意味するようで、つまりキリスト教の聖母マリアを示しています。
フランス革命時に襲撃を受け破壊され、以降、近代思想により宗教を批判する市民によって何度も破壊と略奪が繰り返されました。
廃墟となった大聖堂に意義を与えたのは、あの『ああ、無情』で知られるヴィクトル・ユーゴ―でした。
彼の書いた『ノートルダム ド パリ』 では大聖堂を聖職者や権力者の力の象徴ではなく、ジプシーの少女や鐘突き男にとっての居場所として書きました。
これがノートルダム大聖堂を市民に身近な存在として定着させました。
そして、荒れ果てていた大聖堂を修復しようという機運をフランス人の間で高め、19世紀中ごろに政府によって復興がなされました。

1991年には周辺地域と合わせてユネスコ世界遺産に登録され人々に親しまれていました。
1804年にはナポレオン・ボナパルトの戴冠式が行われたり、歴史的な式典も数多く行われました。
更に芸術の分野では『ノートルダム ド パリ』の舞台となり、『ノートルダムの鐘』として演劇やディズニーアニメにも取り上げられたので馴染みのある方も多いと思います。
内部には歴史的にな美術品が多くあり、中でもその美しいステンドグラスは世界中の観光客を魅了しました。

ノートルダム大聖堂の火災は世界に大きな衝撃を与え、焼け落ちる様子はフランスの人々の心を引き裂きました。
古い歴史を持ち、多くのフランス人に親しまれ愛されてきた大聖堂です。
パリの町はこの地点を中心にできており、まさにフランスを象徴するものでした。
この建物はフランスという国を体現したものと人々は感じ、だから、この火災が起きたとき「フランスそのものが燃えた。」と彼らは表現しました。
多くの人々はショックを受け、燃え盛る聖堂を見ていました。
彼らの間で「アベマリア」が歌われ、祈りがささげらえたのは、聖母マリアによる軌跡を期待したものだそうです。

世界中の首脳がフランスに哀悼の意を伝え、フランスのマクロン大統領はいち早く再建を発表し、多くの富豪は大聖堂再建のための寄付金を送りました。
これらの反応からも、フランスにとってノートルダム大聖堂がいかに不可欠なものかが分かります。

栄枯盛衰、諸行無常。
この世に不変なものはなく、形あるものはいつかは壊れる。
しかし、時には人の思い入れがこの事実を否定しようとします。
いつまでも失いたくない心。
自分たちを象徴するもの、すなわち自分たちの分身であるなら尚のこと。
それほどノートルダム大聖堂はフランスのみならず世界中の人々の心に深く刻まれていたのです。
今回の衝撃と悲しみは日本人である私には想像を絶するものと察します。
少しでも早く再建され、人々の心にこの大聖堂が輝くことを祈ります。

高校教育が変わります。ますます考える力が要求され、今までのように暗記だけでは太刀打ちできなくなります。

教育改革により日本の教育が大きく生まれ変わろうとしています。
大学受験でのセンター試験が廃止され、新たに共通テストになります。
大学入試の変更は高校教育、そしてそれにつながる中学小学での勉強も変わっていきます。
高校教育の変化は、それに伴う高校入試の変化にもつながり、これまでのやり方では受験に対応できなくなることが予想されます。

高校の科目が変わります
新しい指導要領では「世界史探究」「日本史探究」「地理探究」「理数探究」と「探究」の文字が入った科目が導入されます。
これまで「日本史B」「世界史B」などより深い内容を学習していた科目が変わったと考えていいでしょう。
しかし、これは単に名前が変わったのではなく、課題研究や課外活動を積極的に行うことが求められています。
自分で研究テーマなどを決め、調べ、結果を発表する。
つまり、高校時代の自分の活動成果を明示できるそうにさせるのです。
そして、その成果は大学受験でも合否を決める評価の一部として活用されます。
今までのように受け身で先生の言うことを聞くのではなく、自分から学ばなければならないのです。
それが出来なければどんどんおいていかれるという事態になるでしょう。
ますます考える力が要求され、日ごろから身の回りのことに問題意識を持ち探究する姿勢が求められます。
よって、高校入試でも文章を読ませ、それを踏まえて自分の意見を書かせる問題が増えていきます。
これは国語に限らず、数学や理科でも同様の問題が出されると予想されます。

単純な暗記では高校入試は難しくなる
よく英語を教えていると生徒が「英語は単語さえ覚えればいい。」と言います。
他の教科も同じで言葉だけ覚えればテストはいい点が取れると思っている生徒が多いです。
ある程度はそうだったかもしれませんが、これからは機械的な暗記や決まりきったテクニックだけでは高校入試は太刀打ちできなくなるだろうと思われます。
大学受験がそうであるように、高校受験でも資料から判断し自分の考えを組み立て表現する力を見られるようになるからです。
これは普段から訓練し慣れておかないと、一長一短では身につかないことです。
直前の一夜漬けでは対応しきれません。

まず出題された資料や文章を正確に読み取り、それをもとに自分はどう考えるか決めないといけません。
ここが最近の生徒の苦手なところで、「自分の意見がない」とよく困っています。
実際自分の意見が持てないということはないのですが、普段から考えることに慣れていないので、考える前に自分には無理と思ってチャレンジしないのです。
それから「一つの正解」を常に求められる教育なので「自分の意見が間違っている」のを恐れ、ちょっと考えて明確な正解が出ないときはすぐに諦めてしまいます。
しかし、これからの教育はますます正解のない問題に対応することが求められ、これまでの勉強への姿勢と考え方を変えないといけません。
そして自分の考えを文章にする表現力も大きく求められます。
これは国語に限らず、すべての教科でそうです。
これからは資料や状況を正しく「読み取り」、それをもとに自分の意見を組み立て「判断」し、それを文字や口頭で相手にわかるように「表現」することが大切になります。

「思考力」「判断力」「表現力」は一日にしてならず
以上、これからの教育では小手先の付け焼刃では対応できなくなることが見込まれます。
それに対応するには普段から把握し考え表現する経験を積まなければなりません。
これは学校の授業だけでなく日常の生活の中でも、そのような訓練をするような環境を作ることが大事です。
ニュースなどを見て子供と話し合ってみたり、家事をするときに子供と話し合ってどうするのがいいか考えさせたり。
学校でも部活や学校行事でも、子供たちに考えさせ決めさせることが大事です。
自分で決めるように導き、自分の意見を持たせるようにしなければなりません。
当然それにはじっくり考えるに十分な時間が必要になります。
ついつい急いでしまう世知がない現代ですが、イライラせず待つことが子供のこういった能力を育むことに重要です。
急いで、そして良かれと思ってつい大人は手を出しがちですが、そこは我慢です。
大人はこうすればいいと分かっているので、子供が同じでないとそれを否定し自分のやり方を押し付けてしまいます。
でも、これは新しく求められる力の成長を著しく阻害してしまいます。
分かっていても、時には失敗もさせることが大事です。
そして、その失敗を恥じではなく、新たな学びのもととして励ますくらいの器の大きさが大人にも求められます。
待つのはつらいですが、下手に気を使って先回りするのは逆効果です。

人間は考える動物です。
実は本能的に考えるのを楽しむ能力が人間には備わっているのではないかと考えています。
好きなことならいくらでも没頭します。
楽しいことばかりでなく(特に思春期の生徒には)悩み苦しむことも人生の大きな肥やしになります。
こうした本来当たり前の生活の中に、文科省の求める「思考力・判断力・表現力」を伸ばすチャンスはたくさんあります。
だからそれほど恐れる必要はありません。
ただ今まではそれに注目してきませんでした。
教育改革で状況が変わったので、その変化に対応する必要はあります。

大人としては、学校や家庭の生活の中で子供たちのチャレンジの機会を増やし、口を出しすぎないように注意しながら、子供たちの自分から考えるをサポートしてほしいと思います。

東京都の公立高校でも入試にスピーキングテストが導入!?

東京都教育委員会は2021年度より公立の中学三年生全員にスピーキングテストを行うことを決めました。
2022年度からの都立高校入試で、この結果を活用するようです。
これは現在進行中の教育改革で、大学受験にスピーキングテストを取り入れることが決定したこと受けたものと考えられます。
大学受験の変化が高校受験に与える影響は大きく、東京都に限らず全国で高校受験にスピーキングテストを取り入れる動きが広まりそうです。

これまでは判定の難しさ、公平性をいかに保つか、そして費用の点などの問題からスピーキングテストは行われてきませんでした。
従って、学校教育においても英語を話すことには重点を置かれず、発音や実際のコミュニケーション能力が疎かにされてきたことは否めないでしょう。
しかし、今回の教育改革はこの点にも深く手を加え、4技能全てにおいて高レベルの英語力を要求しています。

これまでのペーパーテストでは「読む」「書く」、そして付帯的に「聞く」が測られてきましたが、ペーパーテストでの限界を感じ、大学受験同様、民間の検定試験の結果を導入する大阪や福井などの地方自治体もあります。
(英検を始めとするいくつかの英語の検定試験はスピーキングも評価する仕組みがあります。)

今回発表された東京都教育委員会の方針によると、受験生はヘッドセットを身に付け、タブレットと端末から問題を聞き、自分の声で解答し、それを録音します。
公募で募った民間の資格・検定試験実施団体により採点するようです。
テストは東京都が独自に監修したもので、内容は学習指導要領に準ずるものになります。

今、教育界は混乱しています。
新しい制度が本当に機能するのか不安の声が非常に大きいです。
一番の問題は、いくら制度として導入されても現場の教師が十分に対応できるのかという点です。
子供たちにとっては今までのやり方も新しいやり方もどちらでも初めてなのでさほど変わらないのですが、先生は今まで自分が経験したことのない内容をやらなくてはいけないわけで、そのための準備が本当にできているのか疑問です。
カリキュラムに入れても実際の授業ではやってなかったり、いい加減にさっと済ませたりすることがあります。
(作文指導などがその例になるでしょう。)
だからどの教育現場もしっかり指導できる体制を整えることが先決なのですが、現実には学校によって取り組みに大きな差ができています。
つまり、生徒の頑張りよりも学校によって高校受験の結果が左右される可能性が非常に大きくなるのではと考えています。

4技能全てを身に付けさせ、世界中の人々とのコミュニケーションを要求されるグローバル時代に活躍できる人材の育成を目指すのは理にかなっていると思います。
しかし、美辞麗句を並べて内容と実行が伴わないのであれば、その被害を被るのは他でもない子供たちです。
彼らの人生に大きく関わることだから「失敗でした。」というような無責任では済まされません。
教育担当者はその点を肝に銘じて今回の教育改革を成功させてほしいと願います。

小学生の間ではやっています。『ねこねこ日本史』をご存知ですか。

葛西駅そば、個別指導塾葛西TKKアカデミーは子供たちの流行にも敏感でありたいと考えます。

皆さんは『ねこねこ日本史』をご存知ですか。
小学生の間ではやっていて、猫が主役の日本史マンガです。
歴史上の人物をネコや動物にして紹介しています。

コミックは現在第6巻まで発行されており、累計部数は70万部以上だそうです。
更に、2016年からはNHKのEテレでも放送され、現在は第4シリーズが放送されています。
Eテレは子供の教育に関する番組を作っていますが、『デザイン あ』や『日本語で遊ぼう』のように興味を持たせ好奇心を借り経たせる番組が豊富です。
工夫が非常によくされて、子供に限らず大人も思わず見入ってしまいます。
2018年に行われた調査では、子供たちの好きなマンガで第4位になっています。

登場人物はほぼ猫になっており(因みに豊臣秀吉は猿、斎藤道三はマムシなど猫以外も登場)、歴史上の偉人を紹介しつつ、そこに猫の要素(気まぐれや水が苦手など)を加えることにより、笑えるギャグマンガになっています。
登場キャラクターはみんなかわいく、誰もが好きになりそうです。

小学校で大流行している『ねこねこ日本史』ですが、実際にこのマンガを通して歴史に興味を持つようになったお子様もたくさんいます。
当然ギャグマンガで猫を使った落ちで笑わせるため、本当の歴史と少し異なってしまう部分はありますが、およそどのような人物で何をやったのかは分かるようになっています。
でも、多くの生徒がこれをきっかけに歴史を探求するようになるなら、取り掛かりの第一歩としては非常に適したものと言えるでしょう。

私が小学生の頃は、教室にマンガの日本史の本が何冊も学級図書として置いてありました。
休み時間になるとみんな手に取って読んでいました。
同様に『ねこねこ日本史』も子供たちの勉強の入門書となってくれることを願います。

新元号が発表されてから『万葉集』が空前の売れ行きとか。何はともあれ、古典に親しむきっかけになるといいですね。

先日、新元号が『令和』と発表されました。
いよいよ今月で『平成』も終わりかと思うと感慨深いものがあります。

ところで、この『令和』が元号として初めて中国の古典でなく、日本の『万葉集』から取り上げられたということで、今、本屋では『万葉集』関連の本が飛ぶように売れているようです。
新元号をきっかけに、元となった『万葉集』に関心を持った人がいかに多いか分かります。
書店では売り切れや品薄状態となり、ネットでも売り上げを急激に伸ばし、売り切れが続出とか。
出版社も緊急に重版を決定していますが、実際に刷り上がるまでには時間がかかり、しばらくは手に入りにくい状況が続きそうです。
ブームと言ってしまえばそれまでですが、これをきっかけに子供たちにも古典に親しんでもらいたいと思います。

学校では、古典は外国語の文章みたいでよく分からないものと思う生徒が多いようです。
単語を覚えたり文法を覚えたり、やっていることは英語と変わらず、外国語がもう一つ増えたみたいな感じ方を多くの生徒がしています。
英語と同じように、テストで点数を取るための手段であれば古典はつまらないものになるでしょう。

しかし、古典を書いた人は子供たちを苦しめるために書いたわけではなく、現代と同じように「何か人に伝えたい。」「気持ちや感情を共有したい。」というような目的で書いたはずです。
だから、今SNSでライトノベルを楽しむように、本来なら古典も楽しめるはずです。
ただ違いは、時代を経ることで言語が変化してしまったために、そのままでは分からない部分があるというだけです。
しかし、言語の違い・変化はあれど、人の心は共感でき、時代を超えて同じ日本人として理解できる部分は非常に多いのです。
個人的には、この共感を楽しみ、先人の考えを自分のものとして取り込めれば、きっと子供たちの人生に役立つし、より面白くなると思います。

だから、読むのは現代語訳版で解説付きでもいいと思います。
内容を分かってほしいです。
もちろん原文で理解できれば、より直接的で力強く心に触れるものがあるでしょうが、最初の一歩はそれでいいと思います。
楽しめれば知的欲求は刺激され、探求心が強まり自分から学びたいと思うはずです。

本当に古典は楽しいですよ。

ところで『万葉集』はご存知ですか。
三大和歌集として『古今和歌集』『新古今和歌集』と共に学校で学んだのではありませんか。
その中で最も古いものが『万葉集』で7世紀から8世紀に編纂された、日本最古の歌集です。
収められた歌は4500以上にものぼり、一般の人で全て読んだことのある人はほぼいないのではないでしょうか。
和歌の体裁も完成しておらず、お馴染みの五七五七七になっていないものもたくさんあります。
また、詠み人も貴族だけでなく、庶民や兵士、中には大道芸人も含まれているそうです。
また、誰が作ったのか分からない「詠み人知らず」の歌も半数ほどあり、この歌集が作者を基準に編纂されたものでなく、純粋に歌の良さで選ばれたことが想像できます。
自然をたたえるものや恋愛の歌だけでなく、子供をいとしく思う親の気持ちを歌ったり、旅先で詠んだもの、死者を惜しむものなど内容も非常にバラエティーに富んでいます。
『古今和歌集』と『新古今和歌集』がプロである貴族の歌集で、アーティストの素晴らしい芸術にすごいなと驚嘆させられるのに対し、『万葉集』の歌は素人の作った素朴なものが多く、「ああ、分かる。」と共感できる歌が多いように感じられます。
だから、『万葉集』の方がより身近で分かりやすいと思います。

因みに、新元号のもとになったのは「巻五 梅花の歌三十二首并せて序」の次の部分です。

『初春の令月にして、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす。』

天平2年(730年)の正月13日に、大宰帥の大伴旅人邸の梅園に山上憶良や下僚ら約30人が集まり催された「梅花の宴」の宴席で詠まれた32首(また後日6首が唱和された)の序文で、「…時は良き新春正月、外気は快く風は和らいで、梅は佳人の鏡台の白粉のように白く咲き、蘭は香袋のように香っている。…」という意味らしいです。
このことから九州の大宰府もにぎわっているとか。
いずれにしても、新元号の影響は様々な所で続きそうです。

定期テストで高得点を取るにはどうすればいいのでしょうか。キーワードは「自己肯定感」。

葛西駅そば、個別指導塾葛西TKKアカデミーでは、授業を行うだけでなく勉強方法も考えます。

テストで良い点数を取るにはどうすればいいのでしょうか。
定期テストでは出題範囲も決まっていますし、限られているのでテストに向けた準備は比較的しやすいと思われます。
要はやればある程度の点数は取れるのです。
しかし、実際にはやり方が分からず、なかなか勉強に手がつかない、成績がやっても成績が伴わないことが多いです。

やっても効果がない
これまでの定期テストで一応勉強はしているのに結果が伴わない状況が続くと、「やっても意味がない。」と考え勉強をやろうとしなくなることがあります。
結果が出るまでには時間がかかり、ある程度の忍耐力が必要なのですが、何事もすぐに結果を求められる時代においては待つことができず早急に結論付けようとする傾向があります。
だから、途中の段階で「勉強をやっても変わらない。」「自分はできない。」と結論付けてしまいます。
できない子供は基本的に勉強から逃げたい心理がはたらくので、これらの結論は自分の心理を正当化する口実になり、やらないことを正当化してしまいます。
この自己否定が問題の一つです。
苦痛ではありますから、子供の心理も理解できなくはないのですが、だからといてこのままでもいいという訳にはいきません。

大体小学校一年生の時は勉強を楽しくやっていたのに、学年が上がるにつれ勉強が分かりにくくとっつきにくいもの、つまらないもの、そしてやりたくないものになっていきます。
そんな時に、周りからただ「なんでできないの。」「勉強しなさい。」と言われ続けると、「自分はダメな子なんだ。」、「存在理由がないんだ。」と自己肯定感を下げ、あきらめてしまいます。
実際に自己肯定感と成績の関係はデータがあり、自己肯定感が学力と大きく関係があることが多くの研究で示されています。

自己肯定感を下げないためには
自己肯定感が大切なのはわかりましたが、それを下げないようにするにはどうすればいいのでしょうか。
この点に関して最近はコーチングという言葉がよく使われます。
もともとコーチングとはスポーツ選手が良い結果を出すように考えられたもので、具体的な指導法というよりは指導時の心理、モチベーションを上げるためのものです。
ここでは何よりもコミュニケーションが重視され、一方的な強制というよりは相互の話し合いによる合意、または導くことによりより適した心理状態にもっていくものです。
コミュニケーションを通じ信頼を高め、拒絶を避けるのです。
「できない」ということを叱るのではなく、問題解決にはどうすればいいか質問し、一緒に考えていきます。
子供たちはこちらが指図しなくても、何をしなければならないか大体知っています。
子供たちの答えを文字や図にして、目に見える形で現状を表します。
それを見ながら、具体手に何をするのか子供たちに考えさせ、決めさせます。
こちらは提案をすることはあっても、強制はしません。
あくまでも最終決定は本人にさせます。
漠然と「頑張る。」というっても何をしていいかわかりません。
いつ何をどうするかが分かれば勉強も取り組みやすくなります。

叱られてばかりで具体的に何をしていいか分からない状態は自己肯定感を著しく下げます。
子供は委縮し、勉強が大きなストレスとなってしまいます。
勉強が嫌いになってしまうと、それを直すのは大変な労力が必要となります。
出来ればそうなる前に手を打つべきです。

コーチングをしながら何をするか決めさせると、自分が決めたことだからある程度責任をもってやるようになります。
そうして、全体ではさほど変わらなくても、少しでもできるような点があったら、そこをほめてあげましょう。
(そのためには子供をよく観察する必要があります。)
「すごいね。どうやってできるようになったの。」というように、また質問してください。
そうすると自分の何が良かったのか確認できます。
これがよりよく勉強するためのヒントを子供たちに与え、子供たちは自分たちで考え、さらに自分の勉強法を洗練していきます。
当然できれば気分もいいので、自発的にどんどんやるようになります。
うまくいったことは繰り返し、うまくいかないときはどうしたらいいか考えさえ次の実践で取り入れていきます。
質問と自己肯定感を高めることによって、より良い状態に子供たちを誘導していくのです。
これは単に叱るより効果があります。

一度お子様の状況を見直し、ぜひ自己肯定感を高めてあげましょう。
そうするときっと方向に変化が現れると思います。

「まず『できる』と言う。方法はそれから考える。」円谷英二。子どもと接するとき非常に考えさせられる言葉です。

「まず『できる』と言う。方法はそれから考える。」
これはウルトラマンやゴジラなどを生み、特撮の神様とも呼ばれた円谷英二の言葉です。
また、「ないものは作ればいい。」と言うのも彼の言葉で、両方とも子供たちと接するときに非常に考えさせられる言葉です。
無理だと思われるわずかな製作期間でも彼は持てる技術と知恵を総動員して映画『ゴジラ』を完成させましたし、撮影に必要なクレーンやミニチュア撮影、ブルーバック撮影も彼のアイデアが元になって生み出された技術です。
現在では当たり前で不可欠なこれらの撮影法も当時はかなった。
しかし、彼の言葉が示すように実行したからこそ今あるものばかりです。
楽観的で無計画のようにも思えますが、でも先の心配ばかりして一歩が踏み出せないのであれば、いつまで経ってもゴールにはたどり着きません。
実際にやってみれば「大したことなかった。」なんてことはよくあるのですが。

人生経験の少ない子供たちには物事がどれほど困難か、人間の可能性がどれほどのものなのか正確に推し量ることは難しいです。
大人が言ってもなかなか確信が持てず、尻込みをしてしまい、せっかくできるのに、可能性があるのにやらないということがよくあります。
特に最近の子供は慎重というか、臆病な所を強く感じます。
子供らしく若者らしく、失敗を恐れず無鉄砲に立ち向かってほしいのですが。
自己肯定感が低く自分に自信を持てない生徒が多いように思われます。
または、チャレンジするのが面倒くさく、その言い訳として自分を卑下しているのでしょうか。
とにかく失敗したくないという気持ちが強く、これは自己へのプライドの高さ(保身)と相関するものとも考えられます。
勉強に限らずですが、結局行動に出られないのです。

子供の時代はある程度の失敗なら許される貴重な時間です。
これは若者の特権、未熟だからこそできること。
この時間にいっぱい失敗してほしいと思います。
教育に関わる私としては、「失敗は成功の基」、学びのチャンスだからです。
失敗からたくさんのことが学べます。
より人間として高みに至ることができます。
「100点なんてつまらない。100点取れるテストはやらない方がいい。何も新しく得るものがないから。」
テストの結果なんて悪くてもいい、そこから学んで大きく成長できれば。
テストや問題を解くのは学びの終着点ではなく出発点なのです。
一番いけないのはやりっぱなしで何もしないこと。
しかし、実際には結果だけ見て、「良かった」「悪かった」で終わることが多いです。
これは大人も同じで、結果だけで子供を判断し結論付け、そこにある成長の可能性に目を向けないのです。
だから失敗を非常に恐れ、失敗するくらいならやらない方がいいと考えるのです。
問題が分からないとき「分かりません」と言わず(恐らく失敗を認めたくないプライドと周りからの批判の目を怖がって)「言いたくないです」と言った生徒がいました。
この行動が子供たちの置かれている心理状況を如実に表していると思います。

失敗(間違い)は罪ではない。
子供のうちにいっぱい失敗(間違い)をし、学びましょう。
また、子供の失敗を許せる寛大な社会環境も大切です。
そのためには大人もゆとりがないといけません。
自分を小さくしないで、不安に打ち勝てる勇気と苦しさに耐えられる力を身に付けてほしいと思います。
最近の教育界でも「自己肯定感」と言うのはキーワードになっています。
そうなれる教育を葛西TKKアカデミーは目指します。
ご家庭でもこの点に気をつけて子育てをしてみてはいかがでしょうか。

2020年度から学校教育が大きく変わります。「知識重視」から「考える力重視」へとは。

2020年度から学校教育が大きく変わるのをご存知ですか。
文科省によるとこれまでの「知識重視」の学校教育を見直し「考える力重視」の教育にシフトするとのことです。
AIや情報技術の発達しこれまで以上に変化の激しい社会になる。
そしてこれまでにない問題に直面することが多くなる時代において、知識や情報は簡単に手に入り、むしろそれらを使い解決法が未知の問題に取り組めるようにならなければならない。
そのために学校教育も変わらなければならない、ということです。

高校と大学の連動が高くなり、その具体的なものとして大学入試改革があります。
これまでのように「知っているか」を問うのではなく「知っているものをいかに使うか」を問うものに入試も変わっていきます。
それに伴いマークシート方式であった「大学センター試験」が廃止され「大学入学共通テスト」に代わります。

この変更に伴い、当然高校の教育内容も変化します。
科目も変更、統合が行われ、課題をやってみんなの前で発表する機会も増えるようです。
そしてこの流れは中学校、小学校の教育にも影響を与え、すべての学校で大幅な変更が行われます。
詳しくは別の機会でお話しますが、これまで皆さんがイメージしている学校教育とはかなり違ったものになるはずです。

すでにこの変化を見越して、授業内容を大きく変化させている学校もあります。
これほど大きな改革なので実際どの程度実践できるかわかりません。
生徒というより教師など現場の大人が対応に追われ、しばらくは学校教育が混乱するものと思われます。

ある調査によると意外なことに、この教育改革を「知らない」と答えた保護者が約86%だそうで、まだまだ浸透していないことが分かります。
よって、葛西TKKアカデミーでは今後も何回かに分けて、この改革についてお話するつもりです。

新しい「大学入学共通テスト」では知識を問うことより、持っている情報を組み合わせて答えたり、説明する力を問うことに重点を置いています。
「思考力・判断力・表現力」がものをいうようになり、これは長い時間をかけて日常生活の中ではぐくまなければならないものなので、直前に詰め込むようなその場しのぎの勉強では対応できなくなります。
そしてこの「考える力」を育てるために、先生の言うことをただ一方的に教わる受け身の学習ではなく、生徒が自分から進んで学ぼうという姿勢を持たなくてはならなくなります。
普段からあらゆることに興味関心を持ち、積極的に調べ、時には他者との対話を通じ、自分の考えを深め広げることが要求されます。

以上の点を聞いただけでも、「本当に可能なのか」と疑問を持ったり、自分たちの教育とあまりにも違うので不安に思う保護者の方も多いと思います。
実際うまくいくかどうかは別として、文科省が明言している以上改革は行われます。
我々ができることは、この変化を理解ししっかり対応することです。
実際学校でも混乱し、どの程度本気で改革に対応するかは現場によってもかなり違うようです。
きちんと対応しているところもあれば、表面だけで実質変わらない現場もあるようです。
長い間「知識重視」の教育を受け、そして行ってきた教師には、頭では分かっていたとしても新しい教育が現実として行えない人も多いようです。
従って、学校の対応で生徒の成果、特に大学受験での有利不利が生じる可能性が十分考えられます。
不幸にも対応が十分でない学校になってしまった生徒は自分で補うしかありません。
そうすると経済的格差で教育格差も生まれることが考えられます。
ますます教育機会の平等が脅かされ、社会格差も広がることが予想されます。

葛西TKKアカデミーでは、学びたいという意思を持つ子供たちには十分な学びの機会を与えたいと考えています。
全力でサポートし、勉強の手助けをしたいと思います。
ただし、文科省の要求を満たす成果を出すには時間がかかり根気強く努力しなければなりません。
だから少しでも不安があれば早めに手を打つことが必要です。

まずは気軽にご相談ください。
そして何をすべきか、何ができるか考えましょう。
変化の時期には混乱が伴います。
そういう時期に学ばなければならない生徒たちは大変だと思います。
彼らの負担を減らし学びを楽しんでもらえるように、葛西TKKアカデミーは力を尽くします。


イベント紹介『お笑い算数教室~算数の歴史編~』算数を面白おかしく、そして目からうろこのお話がたくさん聞けます。算数が苦手な人には特におすすめ。算数がちょっと好きになるかも。

葛西駅そば、個別指導塾葛西TKKアカデミーでは、子供たちの好奇心を刺激し、勉強が楽しく、そして興味をもってもらえるように努力します。

今度の日曜日、3/24に面白い算数のイベントがあるのでご紹介いたします。

『お笑い算数教室~算数の歴史編~』
日時:3/24(日)10:15~11:15
場所:目黒区中目黒住区センター 第6会議室
主催:日本お笑い数学協会
チケット:子供(保護者1名含む)3000円
     保護者1名追加 500円
『お笑い算数教室~算数の歴史編~』へのリンクはこちら

小学生対象ですが、多少年齢が上下しても楽しめるイベントとなっています。
お笑いを織り交ぜながら、算数や数学について驚きや興味関心を持たせてくれる内容となっています。
今まで苦手意識が強かった人も、算数や数学への見方が少し変わるのではないでしょうか。

驚きや新発見、そして感動は子供たちの学習意欲を高め、自主的かつ積極的な学習が期待できると同時に、その気持ちを共有したいと友達や周囲の大人に説明することで反復学習になり、よりしっかりとした内容の定着につながります。

今回は「算数の歴史」ということで、数学の歴史や和算を通じて、算数に役立つ知識や雑学が学べます。
クイズやランキング、そしてお笑いが満載で、子供だけでなく大人も楽しめるイベントとなっています。
親子での話題の共有にも役立ちます。

講師はよしもと芸人であり、高校数学教師でもあるタカタ先生と、数学のお兄さんとして知られる横山先生です。
どちらも算数や数学を楽しく教えるプロなので安心です。

この週末はちょっと変わった、でも勉強の役に立つこちらのイベントに参加しませんか。

春休みになります。長期休みはまとめて本を読むのに最適!読書をすれば語彙力と読解力も上がり、今変わりつつある学校教育で求められている能力が向上します。

もうすぐ春休みです。
せっかくまとまって時間があるので、読書をしてはいかがでしょうか。
読書の習慣が身についている子供は新しい学校教育、新しい社会において有利になります。
読書をすると語彙力と読解力などが上がります。
これらは「考える力」を育てることを目標としている現在の教育改革に重要な力です。
学校でよりよい成績を取るためだけでなく、これからの新しい社会において生き延びるためにも、ぜひ本を読みましょう。
葛西駅そば、個別指導塾葛西TKKアカデミーは学校の長期休みの機会を利用して読書をお勧めします。

20年ほど前、子供たちの読書離れが非常に深刻だといわれ、学校でもそれを改善すべく様々な対策が取られてきました。
「朝の読書活動」という時間を設けてみんなで読書したり、「学校司書」や「司書教諭」を置いて子供たちの読書活動をサポートしたりしました。
また、学校の授業自体でも自分たちで課題に取り組み、そこで「調べ学習」をさせたりと、意図的に読書活動を増やす努力がなされてきました。

「全国学校図書館協議会」によると一か月に読む本の数は、小学生で平均9.8冊、中学生で平均4.3冊、高校生で平均1.3冊と歳が上がるごとに減ってきています。
また、一冊も読まない生徒は、小学生で8.1%、中学生で15.3%、高校生で55.8%となり、特に高校生で本を全く読まない人が大幅に増えています。
その原因までは明確に提示されていませんでしたが、SNSなどの現代特有の環境が関係あるのではないかと推測します。

ところで、この調査ではある条件が整えば子供たちは本を読んでみたいと思うことも分かりました。
全ての学年を通して「暇な時間ができたとき」に約6割の生徒が本を読んでみたいと考えるようです。
これは「何かを知りたいとき」や「楽しみたいとき」などほかの理由が1、2割なのに比べて大きく吐出しています。
つまり、必要性よりも時間的ゆとりの方が読書の動機付けになりやすいようです。

さらに、周囲の人の働き掛けも読書には大きく影響しているようです。
家の人からよく本を紹介されると読書量も飛躍的に増えるようです。
先生から紹介された本を読んでみたいと思う生徒も大変多いという結果が出ました。
逆に全く紹介されない生徒は読書する割合も減っていました。

以上のことから、時間的にゆとりのある長期休みは読書、またはそのきっかけに非常によい時期と分かります。
さらに大人からの働き掛けが大きく影響することから、ぜひ皆さんもお子様に本を紹介してはいかがでしょうか。
はじめは短編小説など取り掛かりやすく楽しめるものがいいでしょう。
以前ご紹介した、「河出書房新社」の『五分シリーズ』などはお勧めです。
子供たちにいろいろな本に巡り合うきっかけを与えるのも重要で、本を多く読めば語彙力も増えますし、正しく情報を読み取る読解力も上がります。
読み取った内容を想像したり理解することは、論理的思考にもつながり、これはインプットだけでなくアウトプットの場にも必要不可欠です。
特にこれから変わる学校教育において、これらの力は成績を大きく左右するものです。

この春休みを上手に使って、子供たちに読書の習慣を身に付けてほしいと思います。