最近気になることが。それは生徒たちの筆圧の弱さ。本当に文字がきちんと書けないのです。そして、手書き文化が失われると勉強にも影響があるらしいですよ。(その二)

最近気になることが。それは生徒たちの筆圧の弱さ。本当に文字がきちんと書けないのです。そして、手書き文化が失われると勉強にも影響があるらしいですよ。(その二)

今日は前回途中で終わってしまった「手書き」に関する話の続きです。

日本は世界的に見て教育のIT化に大きく後れを取っています。
それでもコロナ禍があって、ようやく生徒たちに一人一端末の配布を終わらせたようです。
とは言え、これは端末を配っただけで、学校教育においてそれを有効に活用しているかというと、全くそういうことはありません。
この点はまた、生徒と話をしましたので後日お知らせします。

まだ教育のデジタル化が十分にできていない日本ですが、デジタルディバイスを上手く使い日本より何歩も先を進んでいる諸外国では、教育のデジタル化による弊害が報告されています。
その一つが「手書き離れによる教育効果への影響」です。

教育のデジタル化が進むと文章の作成や記録は主にパソコンなどで行うようになります。
当然、自分の手で文字を書くのではなく、パソコンのキーボードをたたくタイピングになります。
しかし、パソコンやダブレット端末を早くから導入している国々では、全ての文章をパソコンで書くのではなく、ある程度はあえて生徒たち自身の手で書くようにさせています。

キーボードを打つだけの方が文章は楽に早く書けます。
なのに、なぜこれらの国々では手書きをわざわざ残して、効率性を落としているのでしょうか。

それは手書きにはタイピングにない教育効果があると言われているからです。
例えば様々な報告によると手書きは、自分の頭の中で整理してから書き出す訓練になるそうです。
また、人間がノートを取るときは、黒板に書かれた情報を単に写し取っているのではなく、板書した状況をエピソード記憶として脳内に保存します。
覚えなければならないものそのものを思い出など他の要素と結びつけることにより、記憶はより深く強く残ります。
人間の脳は何かを関連づけることによって、記憶が思い出しやすくなります。
タイピングは単純なパンチングの繰り返しになるので、この点は弱くなります。

また、手書きは頭の中で書く内容をもう一度復唱しながら書いたり、どういうことかなと考えまとめながら進みます。
つまり、タイピングよりもずっと脳細胞の活動が活発になるのです。
そうして、書きながら頭の中で何度も反芻する勉強はより理解を深め分かりやすくなります。
一方、タイピングはスピードが速い分、脳内でじっくり考えながら書くことができません。
従って、タイピングだけでは深く考えるという練習にはならないのです。

先ほど、記憶を呼び起こすには手書きの方がいいと言いましたが、ある研究によると、スマホやタブレット端末より手書きは創造的な活動にも効果的だそうです。
この実験によると、紙とペンを使ったグループでは、言語、資格、記憶を処理する領域で脳が活発に活動し、紙に付随する写真や余白のメモなどが物理的映像としてより記憶できるそうです。

人間の脳は便利になれば教育効果が薄れます。
最近の教育(教育に限らず社会全体がそうですが)は、生徒に苦労させないことを売りにして、世間的にもそれが歓迎されています。
面倒くさいのは悪で、簡単なのが善と。
しかし、本来勉強は面倒くさいものです。
面倒くさいからこそいろいろ学べるのです。
個人的には、現代の苦労を敬遠する傾向は生徒にとって不幸なことだと思います。
なぜなら、人間の思考の余地が減っているからです。
昔は「若い時の苦労は買ってもせよ」と言ったものですが。

思うようにいかないから、どうすればいいか考え試行錯誤し、粘り強く繰り返し考えることで、脳は鍛えられ思考の成長につながるのです。
分からないときは検索してすぐに解答を見つけ、それを繰り返すだけでは自ら考える力はあまり育ちません。

手書きもそうです。
私は常々、勉強は肉体労働だと言っています。
ただ、目で見て読んで覚えて終わりが勉強ではありません。
手も足も顔も、体全体を使ってより多くの刺激をくみ取って、脳を活性化させた方がより勉強は身に付きます。
特に手が与える脳への刺激は大きく、やはり書くということは大事だと思います。

しかし、今の生徒や教育関係者はできるだけ最小限の仕事で結果(テストの点を上げる)を出そうとします。
確かに一見成績(テストの点)が上がったようになるかもしれませんが、それはテストという定められた問題に対して機械的に答えを返している(反応している)だけで、本当に考えて導き出した答えかどうかは怪しいです。
教育現場でデジタル教材を使えば大丈夫などと言われたときは要注意です。

技術の進歩に伴い学習スタイルも変化します。
しかし、何もかも変えてしまうことがいいとは限りません。
一見便利そうなデジタル教材が、これまでの学習スタイルよりも必ずしもいいとは言えません。
多くの人が経験則として紙とペンを使った方がよく覚えられたと言っていますし、多くの研究で「手書き」の脳に与える学習効果を再認識しています。

ついつい新しいものに飛びついて、それですべて安心と思いがちですが、教育に携わる者としては慎重にそこは見極め、それぞれの長所を上手く組み合わせて、生徒の置かれている環境を考慮しながら、教育方法を考えるのがいいでしょう。
要はバランスかもしれません。
デジタル化が進んでいる世界の教育を見てみると、「手書き」が100%なくなることはないようです。
不便で面倒くさくても、学習においてはその方が人間の脳は心地よいのでしょうか、苦労した方が脳が発達するとは皮肉というか、やはり人間はアナログなんだと改めて感じます。
私はそんな人間臭い、いや、人間味あふれるところが好きで、教育においては大切にしていきたいと思います。

これから日本の教育はどんどん変わり、私たち大人が経験したことのないものになっていくでしょう。
でも、デジタル化にあっても、その根底には人間教育があるんだということを忘れず、「手書き」を始めこれまでの長い教育の歴史の中で培われたアナログな勉強も大切にしていきたいと思います。

東京オリンピックに小中学生を動員!?見栄えをよくするため?拒否はできないの?実際現場ではどうなっているのか生徒に聞いてみました。(その二)

東京オリンピックに小中学生を動員!?見栄えをよくするため?拒否はできないの?実際現場ではどうなっているのか生徒に聞いてみました。(その二)

先日、コロナウイルス感染が危ぶまれる中開催される東京オリンピックにおいて、小中学生が学校教育の一環としてオリンピック観戦に動員されるのではないかというお話をしました。
これまでの経緯を説明し、問題点を指摘して終わりましたので、今回は残りの、当の生徒たちはどう考えているのかお話します。
これは当塾に関係する生徒の話なので人数としては非常に限られていますか、実際の生徒たちの声なので拝聴の価値はあると思います。

オリンピック観戦について学校ではどのように話されているのか
私の聞いた生徒に限って言えば、学校でオリンピック観戦についての話題は一切ないということです。
むしろ、教育委員会が生徒たちにオリンピック観戦をさせようとしているということさえ知りませんでした。
だから、未だに何の準備もしていませんし、これは保護者も同様らしいです。
家庭への配布物にもそんなことは全く書いていないので、このままオリンピック観戦はやらないのではないかと言っていました。

一部の生徒によると、去年まではオリンピック観戦についての話も活発だったが、今年に入ってからは全く話が出なくなったそうです。
また、別の生徒は年間行事予定表には「オリンピック観戦」が書いてあるそうですが、だからと言ってそれについての話は今のところ学校からは一切ないそうです。
これらのことがどういう事情かは分かりませんが、この時期になってもそういった話題が出てこないということは、オリンピック観戦はないのではないかと言っていました。
確かに直前に言われても、本人も保護者も戸惑いますよね。
ただ、「やるにしてもやらないにしても早く決めてほしい」という声も聞かれました。

更に、「万が一、学校でオリンピック観戦が決まったら参加するか」という質問もしてみました。
すると生徒たちは、はっきりと「行きたくない」、「休む」と答えました。
コロナウイルス感染のリスクを考えるなら、例え学校の課外授業だから欠席扱いになるとしても行かないそうです。
そして、これは保護者も同じようで、やはり自分たちの子供をわざわざオリンピック観戦に、感染リスクを冒しでまで行かせたくないという意見が多いようです。

最後に、「オリンピックについてどう思っているか」ということを生徒たちに聞いてみました。
私の聞いた限り、生徒たちは「オリンピックに興味ない」というのが本心のようで、自分たちの生活とはかけ離れたもの、関わりないもの、どうでもいいものという感じです。
「周りの友達もそうなのか」と聞いてみましたが、同じく関心がないそうで、オリンピックの話題が日ごろの会話に上ることはほぼないそうです。
政治家の人が訴えるほど生徒はオリンピックに興味がなく盛り上がっていません。
それよりも早く普通の学校生活に戻してほしいと言っていました。

生徒によるオリンピック観戦に関する動き
このように当事者である生徒たちはそこまでオリンピックに興味を持っておらず、むしろコロナウイルス感染や熱中症の危険あるイベントにわざわざ参加したくないと考えている人が多そうです。
政治家の皆さんがおっしゃる通り「一生の思い出」として、その生徒の人生にポジティブな影響を与えるか非常に疑問です。
万が一のことが起きたときの政府としての責任と対応も明確ではなく、この安心できない状況がより生徒をオリンピック観戦から遠ざけているみたいです。

これは現地で実際に引率しなければならない学校の先生方も同じで(この点に関しては前回の記事の中にあるので参考にしてください)、本音は政府の言うように管理しきれないということみたいです。
実行した時何が起きるか、細かいシミュレーションと対策を考えるなら、現体制で生徒たちをコロナと熱中症から守り、思い出に残るオリンピック観戦を実現することは不可能。
問題発生の可能性は非常に高く、責任を負いきれないというのが、正直な見解でしょう。
このようなイベントが行われるときは、イベント当日だけでなく、その前からかなり細かくしっかり準備しないといけません。
その負担も現場の先生には大きなものです。

実際に、東京周辺の自治体ではこのオリンピック観戦用のチケットをキャンセルするところが増えています。
埼玉では生徒たちに配られる予定のチケット全体の75%がキャンセルとなり、千葉でも半数ほどのチケットがキャンセルとなっています。
理由はコロナウイルス感染や熱中症に対する不安がぬぐえないこと、まだ不確定な部分が多いこと、生徒を別枠としていることなどです。
東京では目黒区が中止を決定していますが、他の自治体はまだそのようなことは発表していません。
自治体として中止の決定はしないのかもしれませんね。
「最終的には学校長の判断」と教育委員会は言っていますが、市町村などが先にキャンセルを明言することで、学校としては非常に助かるところがあると思います。

コロナウイルス感染がまた増えてきています。
減少傾向にあったときは強気なことを言って、感染者上限1万人+αとしていた政府も、無観客もありるみたいなことを言い出し始めました。
この期に及んでなお、日和見主義みたいな態度は現場を混乱させると同時に、政府に対する信用をなおも落とします。
もっとしっかりしてほしい。
子供たちのことだけでなく、本気で国民のことを考えてほしいです。
(自分たちの周りのごく一部の者のことだけでなく)

その点、オリンピック観戦のキャンセルを決めて自治体は英断だったと思います。
本当に子供たちのことを考えているのは誰なのか分かりますよね。

東京オリンピックに小中学生を動員!?見栄えをよくするため?拒否はできないの?実際現場ではどうなっているのか生徒に聞いてみました。(その一)

東京オリンピックに小中学生を動員!?見栄えをよくするため?拒否はできないの?実際現場ではどうなっているのか生徒に聞いてみました。(その一)

東京オリンピックがいよいよ迫ってきました。
コロナウイルス感染がどのようであろうと、日本政府は強行に開催しそうな見込みです。
しかも、感染拡大防止のために無観客というのもいつの間にか、動員観客数の上限を1万人、開会式は2万人としたそうです。
加えてオリンピック関係者及び縁者は観客ではなく運営に携わる人間と見なすため別途扱いとなり、この1万人の枠に入らないそうです。
つまり、実際は1万人以上の観客を入れるつもりらしいです。

そして、今回の話題の動員される小中学生はこの1万人以外の数に入ります。
まあ、一万人とは言え、コロナウイルスのせいで当初よりかなり少ない人数で開催しなくてはならなくなったオリンピックですから、ここに80万人からなる生徒が入ってくれば、主催者としても見栄えが良くなり体裁は整えられますから、この生徒の「オリンピック観戦」参加は魅力的であり、是非とも行いたいものですよね。

ご存知の方も多いと思いますが、教育委員会は小中学生の生徒に学校行事(課外活動)として東京オリンピック観戦をさせることを計画しています。
東京都教育委員会によると、2016年度からオリンピックを気に進められていた『東京オリンピック・パラリンピック教育』の一環で、その活動の集大成として生徒たちによる観戦がありました。
これは学校教育にオリンピックを絡めて、勉強をより興味深くし、人間形成の役に立てようというもの(イベント?)です。
チケット代は都が持ち、東京都教育委員は去年の12月に『東京2020大会における子どもの競技観戦にかかる配券・割当案について』という通知を都内の区市町村教育委員会や都立学校宛てに出しました(元々2019年に出されていたのですが、オリンピックが延期となったため)。
これに伴い、各学校が観戦を希望すれば、無料でオリンピックチケットが届くわけです。

では、本当に生徒たちはオリンピックに参加しないといけないのでしょうか。 
最終的には各学校長の判断で観戦参加を決めるようです。
(この点に関しては、問題があったときの教育委員会の責任逃れのように思えてなりません。)
しかし、校長判断としても、教育委員会から通知があり、当委員会が推し進めている「オリンピック観戦」を各校長は不参加といえるのでしょうか。

そして、観戦参加となればこれは学校の課外活動なので全員参加となります。
参加しない場合は欠席扱いです。
この点も教育委員会によると校長判断で休んだ分を課題提出などを代替とすることで欠席にしないことも認められるようです。
しかし、校長がそう決定しなければ欠席になります。

観戦する場合、現地までは公共交通機関を使って集団で移動するようです。
全ての生徒は教員の管理の下、速やかに行動しオリンピックを楽しみ、終われば集団で帰る。

学校の公式活動となれば、事前に教員による下見が必要ですが、こちらは既に東京都教育委員会により各校の教員が集められ終わっています。
つまり、GOサインが出ればいつでもできる状態になっているのです。

オリンピックを通じて選手たちの懸命に努力する姿や勝利の喜び、スポーツを通じた感動を生徒たちにも味わってもらいたいというのが主旨です。
通常の状況ならそれも然りですが、コロナ禍の中で強行されるオリンピックでは、感染リスクで本人も保護者も、そして教員もそれどころではないでしょう。
これまで当たり前に行われてきた、生徒たちが楽しみにしている学校行事が次々と自粛されている中、大人の都合で特別扱いされて行われるオリンピックを本当に生徒たちは観戦したいのでしょうか。

因みに前の東京オリンピックでも感染者数の少ない競技では生徒たちが教育の名の下、会場に招かれ、オリンピックの見栄えをよくするのに利用されました。
このようなことはよくあることみたいで、今回も同様の理屈でしょうが、前回と違い今回は非常時です。
これもオリンピック関係者によるエゴと思わずにはいられません。

オリンピックをするくらいなら、先ず、生徒たちに当り前の学校生活を取り戻すことに力を入れてほしいのではないでしょうか。
生徒たちは立場が弱く、自分たちではどうにもできないことを悟っています。
「コロナだから仕方ない」と言いつつ現状を受け入れ、厳しい学校生活にも耐えています。
オリンピック会場に行かされる当の生徒たちの気持ちはどこに行ったのでしょうか。
全く考慮されていない。
日本の教育は国の道具であるのかもしれませんが、「人を育てる」と考えるならば、先ずは彼らのことを考え思いやる教育であってほしいです。

保護者としては、まだコロナ禍も終わっていないのに、学校の課外授業でオリンピックだからと言って密な所に自分の子供を送り出すのは必ずしも賛成という訳ではないでしょう。
政府は「安心安全のオリンピック」と言っていますが、その根拠も説明も十分ではなく、親としては感染が心配でしょう。

いくら生徒には重症リスクが低いからと言っても(今流行中のインド株など新しいコロナウイルスは小学生でも感染力が高いとか)、実際に多くの学校でクラスターは発生しており、本人が感染しなくても集団でいれば当然濃厚接触者として生活に制限がかかります。
また、生徒が感染し本人が発症しなくても、ウイルスを家に持ち帰る家族が感染発症ということも考えられます。
この場合、教育委員会はどのように対処し責任を取るか明確ではありません。

オリンピック観戦にはワクチン接種も義務付けられているようですが、生徒たちは年齢が達していないためワクチンは受けられません。
無防備なままで、コロナウイルスの渦中に飛び込ませるのでしょうか。

また、会場への移動は公共交通機関を使わなくてはいけないようで、ここでも多くの人と接触しなくてはならず、感染の可能性があります。
(貸し切りバスはオリンピック選手や関係者が移動に使うから生徒の分はないということでしょうか。)
しかも、会場は混雑が予想されるため、一駅前で降りて歩いて移動しなくてはならないようです。

更に、道中も含め観戦には多くの学校関係者でない人たちがいっぱいでごった返すそんな中、一人の教員が何十人もの生徒を管理することができるのでしょうか。
しかも、引率の教員数にも制限があるようで、保護者の引率はありません。
限られた人数で何百人の生徒を数人の教員が猛暑の中、混雑している電車の中、導かなくてはいけません。
時期的に「熱中症」の危険性が高いにもかかわらず、持参できる飲料は750ml。
多くの生徒が熱中症になった場合、学校が対処できるのでしょうか。
集団感染に加え、熱中症と、もしもの時は学校が責任を取らされる(政府はご存知のように責任逃れに長けていますから)ことになるでしょうから、現場の先生としても「オリンピック観戦」は歓迎できる学校行事ではないはずです。

学校としても本音はやりたくないのでしょう。
そして、多くの保護者も子供を参加させたくないでしょう。
しかし、やらざるを得ない。
休ませると欠席扱いになるから、子供を危険にさらしても参加せざるを得ない。

果たして、これは正しい教育の姿なのでしょうか。

申し訳ありませんが、ちょっと本日は長くなってしまったのでここまでとします。
実際に生徒に聞いた話も書こうと思っていたのですが、また別のニュースで書きます。
皆さんも現状をよく知ってほしいと思います。
今の政府はあまりにも信用できず頼りない。
万が一のことが起こって後悔しても遅いのです。
子供のために何が本当に良いことなのかよく考え、皆さんでしっかり判断してほしいと思います。

最近気になることが。それは生徒たちの筆圧の弱さ。本当に文字がきちんと書けないのです。そして、手書き文化が失われると勉強にも影響があるらしいですよ。(その一)

最近気になることが。それは生徒たちの筆圧の弱さ。本当に文字がきちんと書けないのです。そして、手書き文化が失われると勉強にも影響があるらしいですよ。(その一)

皆さんが子供のとき、どの濃さの鉛筆を使っていましたか。
鉛筆は芯が基本的に固いものをH、柔らかいものをB、そして、添えられている数字がその度合いの大きさを表します。
私は他の人と同様にHBを使っていました。
しかし、今の生徒はHBを使わないのです。
何と2Bを使っています。
私のころは2Bを使うと、芯が柔らか過ぎて手が真っ黒になってしまうので、美術の時間以外は使っていませんでした。

では、なぜ、今、2Bを使うのでしょうか。
そして、これからITC授業などでますます鉛筆で書く機会が失われると予想されますが、その時、生徒たちの勉強にはどんな影響があるのでしょうか。

何で2B?
先ず、現在学校で2Bが奨励されている理由ですが、それは生徒たちの筆圧が非常に弱くなっているからです。

私も授業で生徒たちが鉛筆でノートを書くのを見ますが、とても力を抜いてノートの表面を軽く滑らせるように書きます。
「止め」や「はらい」など書き方の基本テクニックもなく、鉛筆を持ち上げることもないので、つながった曲線がダラダラ続いているような印象です。
しかも、非常に薄い。
ちょっとこすれれば、すぐに消えて読めなくなるくらいです。
学校の先生も苦労しているようで、テストなどで何を書いたのか分からず、採点ができないほど。
しかも、一画一画丁寧に書いていないので、文字そのものも判別できません。
更に悪いことに、書き順も無茶苦茶なので、バランスも悪く余計読めない。

先生もご苦労様です(他人事ではありませんね)。
文章でなくても、政界に○をつけなさいという問題でさえ、消しゴムで消して残った跡と、生徒が正解と選んでつけた〇の区別がつかないということもあるらしいです。

いまいちピンとこない人は自分のお子様の文やお友達の書いた文字を見てみてください。

生徒たちの文字が薄くなって読めなくなった原因
筆圧の弱さの原因は手の力の低下とみられています。
実際に体育などの体力測定では握力を始め腕力の低下が確認できます。
これは日常生活の中で手を使うことが減ってきているためと考えられています。
例えば、蛇口や瓶など固く閉まったものを開けることが少なくなっています。

それも一つの原因でしょうが、私が注目しているのは生徒たちが文字を書くときの姿勢です。
昔は、「背筋を伸ばして、左手でしっかり押さえて、文字を丁寧に書きましょう。」とよく言われました。
しかし、今の生徒は姿勢が悪くリラックスしすぎて、書くときに力を入れようとしません。
左手はノートを押さえずれないようにするのではなく、頬杖をついています(当然、ここから居眠りになってしまうのですが)。
だから、右手に強い力を入れて書くとノートが動いて上手く書けないので、片手で書いても動かない程度の弱い力で書こうとします。

また、鉛筆の持ち方も筆圧の弱い生徒は違います。
余計な力が入っているというか、鉛筆を握るように持つので、大して書かなくても疲れてしまいます。
腕力の低下に加え、余計な力が入っているので文章を長く書くのが苦手になります。
そして、書くのが面倒と。
「書く」という行為は勉強の一番基本の一つですが、これがきちんとできないので、成績も伸び悩みます。

これらのことは学校での指導の問題ではないかと思います。
先生も昔ほど口うるさう言わなくなったし、おそらく「書く姿勢」や「鉛筆の持ち方」「書き順」などを軽視しているのだと思います。
何でも基本は大事。
小学校に入って本格的に勉強をするようになる時、これらのことを先生はきちんと教え生徒も守っていかないと、結局長い学校生活において常に勉強に支障をきたし後悔することになるでしょう。

更に鉛筆文化を衰退させるトレンド
このように生徒は昔のように力を適切に入れて文字を書くことが減ってきましたが、現在、ある問題が更に生徒の手書き離れを促進させると考えられています。

それは教育のIT化です。
コロナ禍によりまともに学校に行けなくなったとき、子供たちの勉強を守る最後の砦としてオンライン授業が注目されました。
これにより文科省もそれまで計画していた『GIGAスクール構想』を前倒しし、今年度より生徒一人に一台必ず端末を利用できるようにしました。
こういったデジタルツールの導入はこれまでの学校での教授法を大きく変え、それに伴い生徒の学習活動も様変わりすることは容易に想像できます。

パソコンやタブレット端末を生徒に活用させるということは、授業のみならず様々な活動をこれらの端末で行い、もう鉛筆とノートを使うことはありません。
このように学校の近代化が生徒たちの鉛筆文化を衰退させることになります。
分かりにタイピングやタッチペンによる操作になり、書くこと自体が減ります。

ここで鉛筆で書くということがなくなったとして、生徒たちの勉強に影響がなければ何も問題はないのですが、どうも最近の研究によるとそうもいかないようです。
「手書きをしなくなったことで学力の低下が起こる」という発表もあるようです。

本日は長くなってしまったので、この続きはまた書きます。
楽しみにしていてください。

それでは今日はここまで。

いじめの発生しやすい教室って…。

いじめの発生しやすい教室って…。

いじめは私が子供のときからあった問題で未だに解決されていません。
それは問題そのものの複雑さと繊細さに加え、対応する現場の問題、教育に関わる者たちのいじめに対する認識と姿勢など、その要因は多岐にわたって考えられます。

しかし、いじめが多い学校とそうでない学校があるのもの事実。
また、同じ学校でもいじめが起きやすいクラスと起きにくいクラスがあります。
従って、何かいじめを引き起こしやすいファクターがあるのではないかと考えるのは妥当なことでしょう。

当初はいじめる者といじめられる者の二者間の問題と扱われましたが、時代が経つにつれ彼らを含むクラスや部活、友達グループと個人から集団へ、そして環境へといじめに対する研究やアプローチも変わってきました。
その中で、同じ学校でも教室ごとにいじめの起こりやすさが違う点に関して考察したものがありました。

教室は大きく二つのタイプに分けることができるそうです。
一つは、ストレスが多く人間関係がギスギスした教室。
もう一つは、ストレスが少なく人間関係が良好で皆がにこやかに安心して過ごせる教室です。
当然、前者にはいじめが起こりやすく、後者では少なくなります。
両者を分けるものには、たまたま集められた先生や生徒間の相性などという偶然によるものもありますが、教室の運営方法など人為的要因も関わっているようです。

いじめの原因を考えたとき、生徒の持つストレスが原因であるとする説があります。
学校や普段の生活で感じるストレスを発散しようとしたとき、学校という制約の厳しい環境では、その発散方法が限られてくるため、いじめを始め非行や不登校という行為が発生すると考えます。
こんな時、いじめる生徒はいじめを比較的面白いゲームのように捉え、ストレス発散に利用するのです。
ここで注目してほしいのは、他により良いストレス発散方法が見つかると、いじめをする必要がなくなり、やがていじめる人間もいじめをしなくなるということです。

ただ、問題は学校という環境が非常に厳しい制限を生徒に課していることで、いじめをなくすにはいじめ以外のストレス発散方法をそれぞれが見つけると同時に、生徒一人ひとりの個性を尊重し、各々が比較的自由に活動できる雰囲気を教室内に築く必要があります。

どういう教室でいじめが起きやすいかを調査研究したものはたくさんありますが、その中で指摘されることの一つに
「体罰の多い教室はいじめが発生しやすい」というものがあります。

これは先生が体罰をすることで、生徒に暴力や制裁を容認するメッセージを送ってしまっているということらしいです。
肉体的精神的に何らかのダメージを与えることで、その苦痛を嫌って生徒は言うことを聞き、先生が望ましくないと思うことをしなくなるのですが、ここから正義の名の下(何が正義かという点は非常に疑問が残りますが)であれば特定の生徒に対して暴力など苦痛を与えることも許されるのだと生徒は受け取ってしまうのです。

また、体罰自体が生徒により多くのストレスを与えているということも、体罰がいじめのきっかけになる理由の一つになります。
体罰を与える先生は普段から生徒に対して厳しい指導をする傾向が強く、暴力だけでなく、怒鳴ったり、無茶な課題を課したり、理不尽な理屈で生徒を否定したりします。
こうして普段から過剰なストレスにさらされた生徒がその発散のためいじめに走ることが容易に想像がつきます。
更に、このような教室では指導を受けた生徒だけでなく、その周囲にいる生徒もそれを目撃して意欲が低下すると同時に、体罰を受けている生徒と同様のストレスを感じるようになるそうです。

このように生徒指導ということで、生徒に対して無自覚に行き過ぎた先生に当たってしまった場合には注意が必要です。
本来、一人の対等な人間として生徒と接している先生ではそのようなこともないのでしょうが、人間はとかく権威を与えられると自分が強く偉くなったように感じ、自分の思う通りにならなかった時には、相手を見下し自分の正義を信じ切って普段やらないような理不尽なことでもしてしまいます。
これは学校だけではなく、実は大人の社会の中でもあることです。
つまり、子供のいじめがなくならないのは、多少は形が違っていても実は大人たちもいじめをしているからとも考えられるでしょう。
よく「子供は大人の鏡」なんて言いますが、子供は実によく大人を見抜いて感じ取っています。
子供に問題が起きたとき、襟を正すべきは我々大人ということは覚えておいていいと思います。

体罰が常態化した教室では生徒の感じるストレスが増大し、いじめの標的になる生徒も増え、しかも、長期的になる傾向があります。
そして、いじめがどんどんエスカレートし、より深刻になっていきます。
こうして体罰は体罰を与えられた生徒の心や体に傷を負わせるだけでなく、周囲の人間を巻き込んでいじめを起こしやすくします。
「生徒指導」としてみんなの前で辱めを生徒が受けるのを見て、周りの生徒も「先生からしょっちゅう指導を受けるダメな生徒なんだ」と認識し、その生徒をからかい馬鹿にし始め、先生がするように「自分たちもこの生徒ならいじめても許される」と考えます。
当事者の生徒は自尊心を失い、「自分はダメな人間だ、生きていても意味がない、明るい未来や希望なんてある訳ない」と思うようになります。
そして、行き過ぎた生徒指導は最悪の場合、自殺という悲惨な結果になることもあります。

自殺をした生徒を調べてみると、他の生徒の前で叱咤されたり理不尽なことで恥をかかされたりして、「もうここにはいたくない」と感じていることが多いです。
そして、自分の居場所が学校や家庭から失われ、逃げ場がなくなったとき、自殺という最終手段に生徒は出るしかなくなるのです。

このように先生の体罰がその生徒にレッテルを貼り、いじめを助長するのです。

そもそもなぜ先生は行き過ぎた「生徒指導」を行ってしまうのでしょうか。
「生徒がまっとうな人間になるため」「規則を守らせ、社会の規律の大切さを身をもって覚えさせるため」
いろいろなケースがあるので一概には言えませんが、本当に生徒のためなのでしょうか。

「生徒のため」と思い込みつつ、または正当化しつつ、実は先生自身のためだったりします。
「学校では問題を起こしてはいけない」「起きたときは内々に処理し表に出ないようにしなくてはいけない」
いつの間にかこのような不文律が多くの学校でできています。

そのため生徒を自分のコントロールの下に置かなくてはならない。
そのために自分の権威を見せつけるため、特定の生徒を見せしめにして、全生徒に力を見せつける。
その格好の手段が「生徒指導」という名の体罰であったりします。
(そもそもブラック校則という言葉があるように、学校の決まりそのものも理不尽で訳の分からまいもの、時代遅れのものが多くありますよね。)

学校というところは外部からなかなか見えにくい閉鎖空間です。
そのため実態を把握しにくい場所でもあります。
だから、外部にいる保護者などには学校で今何が起きているのか正確には分からず、学校を信頼して子供を通わせるしかありません。
もちろん素晴らしい学校もたくさんありますが、多くの問題を抱えている学校が存在するのも事実です。
今回は先生による体罰がいじめを助長するという話でしたが、もし、これが現実に皆さんの学校でも起きていた場合、子供の命を最優先に守らなくてはいけません。
学校でいじめられ居場所がなくなったとき、周囲の人間とのつながりを断ち切られ孤独になったとき、そして、今の自分の存在意義を見失い未来に希望が見つけられなくなったとき、これまで多くの若い命が犠牲となりました。

葛西TKKアカデミーはこのように将来のある子供たちが悩み苦しみ、そして最悪の選択肢しか残されなくなることを見過ごすことはできません。
そんなときは必ず葛西TKKアカデミーにご連絡ください。
ここが皆さんの居場所になります。
そして、心の支えになります。
いじめに耐えられず、自分がなぜ生きているのか、生きていかないといけないのか分からなくなったときは、ここに来てください。
お願いします。

勉強に集中できない。子供の勉強をかき乱すパターンとその対処法を考えます。(その二)

勉強に集中できない。子供の勉強をかき乱すパターンとその対処法を考えます。(その二)

以前、生徒たちの集中を削ぐものについて対策等をお話しました。
今回もその続きとして同様に、生徒が勉強に集中して打ち込めない要因をいくつか探ってみましょう。

友達と一緒に勉強
よく友達と一緒にすることがあるでしょう。
これはお互いがお互いの勉強を尊重し、相手を邪魔しないように自分の勉強を進めていくならば非常に効果のある勉強法です。
相手の勉強に集中する姿勢ば自分にも影響を与え、自分も頑張らなくてはと奮起する。
分からないときは教えあうことで、勉強を助け合うと同時に、教えるということは実は自分が本当に分かっているのかの確認にもなるのでとてもいいことです。
互いが緊張感を持って勉強に取り組み、困ったときは助け合う。
これができれば友達との勉強は最善の勉強法の一つと言えるでしょう。

しかし、この勉強法には注意が必要です。
お互い心許せる友達なので、ちょっと気が緩んで軽い気分転換に始めたおしゃべりが、いつの間にか火がついて盛り上がり、勉強を放りっぱなしで何時間も気づいたら過ぎていた。
こうなってしまうと、友達といることが勉強の足を引っ張ることになります。
相手がいるので場合によっては相手にあわせないといけなく、自分のペースで勉強ができないという問題点も出てくるかもしれません。
片方が集中が切れて話しかけてくると、自分の集中力が例え続けられても、友達のために中断せざるを得なくなるかもしれません。
そして、最後には自分はまだなのに、相手のペースで勉強が終了になることもあるでしょう。

相手にもよりますが、最初にルールを決めるのがいいでしょう。
「相手が勉強に集中しているときは、勉強の質問以外声を掛けない」とか「何時から何時まではとにかく勉強に集中する」とか。
それができないようであれば、あえて友達の誘いを断って、自分一人で勉強する方がいいと思います。
そこは平然と割り切っていいと思います。
自分の勉強が掛かっているのだから。

自分の集中の限界を超えた
人間には集中できる時間に限界があると言われています。
一般的には1時間から2時間と言われています。
これは本人がしようと思えばということでしょう。
嫌々勉強をしている場合、この集中できる時間は極端に減ってしまいます。
いくら本人が頑張ろうと思っても2時間を超えるとさすがに体力的にも集中を続けるのは難しくなるでしょう。
そんなときに無理やり勉強しても、注意が散漫し頑張っても一向に頭には入ってきません。

そんなときは気分を切り替えるためにも休憩を取りましょう。
休憩だからと言っても、そこで遊んではいけません。
せっかく体をやるめるための休憩中に、結局からだが休まらないからです。
LINEなどのSNSもやめましょう。
これも頭を休めることにならず、しかもSNSは友達とつながってしまえば相互に返信を続け終わりがなくなり、もう勉強には戻れなくなります。
また、勉強で使っているイス以外に座らない方がいいです。
休憩だからと言って別の部屋に行って座って落ち着いてしまったら、なかなか腰が上がらなくなってしまいます。
ベッドなどで横になるなんてもってのほかです。
休憩場所は今自分のいる席か、ストレッチで体を伸ばすなら、その場に立ったままでやりましょう。

軽くストレッチをし、遠くの景色を見て目を休め、心を落ち着けさせ、頭をリフレッシュさせましょう。
休憩は10分ぐらいがいいと思います。
これくらい休めば集中力も回復するはずです。
これ以上休むと、今度は緊張の糸が切れ、勉強へのやる気が弱くなり、勉強に戻れなくなります。
1時間程度やっては10分休むと繰り返すと、全体として長く集中力を保つことができます。

ちょっと小腹がすいて…
勉強をするとお腹がすきます。
実は人間の脳は他のどの器官よりもエネルギー消耗が激しいのです。
だから、長く勉強するとお腹がするのは当然です。
では、その時、食事はどのようにするのがいいのでしょうか。

先ず避けたいのは、食べながらの勉強です。
食べながら勉強するとどうしても注意力が散漫になり集中できません。
もちろん、勉強も頭に入ってきません。
勉強した「つもり」になって、しっかりと理解はできていないので、後で何をやったかよく覚えておらず、結局二度手間になってしまいます。

だから、もし食事をするのであれば、勉強を一度中断ししっかりお腹を満たしてから再開してください。
その時は決して満腹になるまで食べてはいけません。
血が消化に回され、頭の方にまで回ってこず、結果として眠気に襲われてしまいます。
そうなったときは思い切って30分でも1時間でも眠ってしまいましょう。
そうすれば体も消化に集中でき、目を覚ました時、再び勉強に集中できる準備が整います。
メリハリをつけて勉強するのは、効率のよい勉強の基本です。

別のことを考え始めた
問題を解いているときに、手を止めてしばらく考えてみるというのはよくあることです。
しかし、そのしばらくの間に気づいたら他のことを考えていたなんて経験はありませんか。
問題を考えているつもりでも、いつの間にか注力が散漫になり、違うことを頭の中で考えてしまう。
難しい問題は特にそうですが、もし別のことを考え始めているようでしたら、その問題はいったん保留にして別の問題に取り掛かってみるといいかも知れません。

また、考えをまとめる時は頭だけでするのではなく、ノートなどにメモをしながら考えた方がいいです。
手を止めるとそれにつられて脳の働きも止まってしまう。
そうして、いつの間にかぼーっとしてしまうものです。
そうならないためにも、ノートに書きながら手を止めないようにしましょう。
こうすると考えが視覚化できるので、より分かりやすくなり、考えもまとめやすくなります。

集中するために、それ以外のことはリラックスできるように環境を整える人もいるでしょう。
これは悪いことでは決してありませんが、リラックスしすぎもよくありません。
ある程度の緊張感がないと気持ちが緩んで勉強に集中できなくなります。
例えば、制服のまま勉強してみたり、いつもと違う場所で勉強してみるのもいいでしょう。
勉強する姿勢も大事です。
背中を丸め机に突っ伏して勉強をしたり、頬杖をついて勉強をしたりすると、緊張がゆるんで眠くなります。
背筋をまっすぐ伸ばし、左手でしっかりノートを抑えながら勉強すると、体の緊張感も保たれるので勉強への集中力も続きます。
このように緊張感も勉強に集中するには必要です。

どうしても集中できないときはどうすればいいでしょうか。
何か本人にとって重大なことが起こって、勉強に集中できないとか。
そんなときは無理やり勉強しても大した効果はありません。

それならば、一層のことその気になる案件を解決してから勉強に戻った方がいいでしょう。
気分転換に昼寝をするとか散歩するとかでもいいでしょう。
でも、自分一人で勝手にフラフラすると勉強に戻るのが困難になることがあります。
だから、もし勉強を中断し気持ちを切り替えるために勉強以外のことをするならば、周囲の人にいついつになったら勉強に戻ると具体的に宣言するといいでしょう。
こうすれば自分の責任もあるので、問題解決後も勉強に戻ってきやすくなりますし、そうしなければならないという緊張感からまた集中することも容易になります。

こうやって気になることを抱えながら中途半端に勉強をするくらいなら、メリハリをつけてやるときはやる、やらないときはやらないと勉強した方が成果は上がります。

勉強を集中してやることは簡単ではありません。
周囲の環境や本人の意思など、様々な要因が絡まって勉強を阻害することもあります。
いろいろ試して自分に一番合った勉強法を見つけるのが最善と思います。
どうしてもよく分からないときは、葛西TKKアカデミーまで気軽にご相談ください。
自分の経験も踏まえていろいろアドバイスができると思います。

ちょうど中学校では定期試験を控えているところもあるみたいです。
勉強は大変ですが頑張ってください。
助けが必要ならばいつでも葛西TKKアカデミーに声を掛けてください。
お待ちしております。

例年のごとく気温がぐんぐん上昇中。もうすぐ30度を超えるかも。熱中症対策をしましょう。

例年のごとく気温がぐんぐん上昇中。もうすぐ30度を超えるかも。熱中症対策をしましょう。

夏が近づき気温もどんどん上がってきています。
もうすでに熱中症が発生した学校も出てきています。

特に今年はコロナ禍で、学校で生徒たちはマスクをつけなければならず、感染予防と熱中症予防を同時にやらなくてはならないという過酷な環境にいます。
マスクをすれば体温がこもりやすく上がり気味になります。
息苦しさが熱中症を助長することもあります。
また、コロナウイルス感染防止のため学校では窓を開け換気をしているので、教室にエアコンがあったとしても使えないことが予想されます。
そうなると猛暑の中で勉強しなくてはならず、健康を害さないか心配です。
ましてやエアコンがない学校では、勉強どころではありません。

毎年ニュースによると熱中症による死者も出ています。
命にもかかわる問題なので、本日は熱中症について考えてみます。

いろいろ調べてみると、熱中症とは高温多湿の環境に置かれたときに起きる様々な症状の総称とわかります。
その症状はめまい、吐き気、顔のほてり、筋肉のけいれんなどがあります。

対処法としては、こまめな水分補給が第一です。
最近では学校でも水筒を持参させ、いつでも水分補給ができるようになっているところもあります。
ただの水よりスポーツ飲料のような塩分や糖分を含むものがいいでしょう。
汗を活発にかき、知らず知らずのうちに水分や塩分は失われていくので、喉が渇いてなくても水分補給をしましょう。
取り過ぎはいけませんが、食事で失われた塩分を取るように気をつけましょう。

また、暑さに負けない体を作るためにも、普段の食事に気を遣い、バランスの取れた食事をしましょう。
体力を維持するためにも十分な睡眠は大切です。
暑くて夜眠れないようでしたら、エアコンや扇風機を付け、通気性のよい寝具を使いましょう。
これは寝ている間の熱中症の予防にもなります。

直射日光を避け、風通しの良い環境を作りましょう。
服装も通気性のよいものを選び、下着は吸水性や速乾性のよいものにしてください。
冷却シートのような体を冷やす製品を活用するのも有効です。
体育などでどうしても炎天下に出ないといけない場合は、こまめに休憩を取り水分補給をしましょう。
実際に学校では、今は体育の時間はマスクをしていないようです。
文科相も感染防止に留意した上で、体育などの運動のときはマスクを外してよいと言っています。

実際にはなかなか難しいかもしれませんが、気温などに注意しながら熱中症の予防を心がけてください。

もし熱中症にかかったと思ったら、すぐに風通しの良い日陰やエアコンの利いた部屋に行って安静にしましょう。
衣服を脱いで、首の両側や脇、足の付け根を保冷材などで冷やすと体温が下がります。
水で体を濡らし団扇であおぐのも体を冷やします。
水分補給ですが、できればスポーツドリンクの方が塩分も同時に補給できるのでいいでしょう。

症状がひどい場合は救急車を呼んだりして病院に行きましょう。

東京は梅雨に入ったばかりですが、もう真夏のような暑さです。
まだ体も十分に暑さに慣れていないので、この時期は特に注意が必要と思われます。
勉強も大事ですが体調を崩しては何もなりません。
過酷な環境で無理をしないで、少しでも熱中症対策をして暑さを乗り切ってください。

書籍紹介『悪魔の辞典』『ロマンスの辞典』『言の葉連想辞典』日本語の持つ奥深さに触れ、その巧みさに感動する遊泳社の辞典シリーズ。

書籍紹介『悪魔の辞典』『ロマンスの辞典』『言の葉連想辞典』日本語の持つ奥深さに触れ、その巧みさに感動する遊泳社の辞典シリーズ。

以前、ユニークな辞典として遊泳社の『名前のないことば辞典』をご紹介しました。
全く辞書らしくないけど、言葉の持つ新たな一面を見せてくれる本でした。
単に「知らない言葉を知る」という実用面だけの辞典ではなく、言葉の地平線を広げてくれると同時に、そのユニークなアプローチで微笑ましく思えたり、時には感動すら与えてくれました。

今回は同じく遊泳社が出版する他の辞典三冊をご紹介します。
どれもそれぞれに面白い辞典でちょっと変わっていますが、一度は手に取って見られることをお勧めします。

『悪魔の辞典』
元々は1911年にアメリカで出版されたアンブローズ・ビアスという人の書いた『悪魔の辞典』が土台となっています。
一般的な辞典のように言葉を客観的に中立的に描写説明するのではなく、悪魔というちょっと変わった(偏った)視点で言葉を掘り下げていきます。
すると、これまで特に何も思わなかった言葉に新しい味が加わり、全く違った意味になります。
悪魔というひねくれものの解釈により、言葉がこれまでの定型的な定義から解放され、より自由により豊かになって読み手の前に現れます。
そこには皮肉と同時にユーモアがあり、知らなかった言葉に限らず、馴染みのある言葉でさえ新鮮な魅力を伴って私たちの心を揺さぶります。

アンブローズ・ビアスの本を基に作者が現代社会などが持つ闇の部分に軸を置いて言葉が選定され、ユーモラスなイラストと共に人間や社会の持つ皮肉や滑稽さ、問題点を指摘しています。

「かき氷」…「水を凍らせて削ったものにシロップを掛けただけのを数百円で販売する夏祭り限定の錬金術。」
「後悔」…「恋人の携帯電話、もしくは機を織る鶴の部屋を覗いたあとに、湧き上がる気持ち。」
「食べ放題」…「定額を支払い時間とノルマに追われながら食事を摂る胃袋への拷問。」

この本を通して普通とは違う新しい定義にクスッと笑えるといいですし、更に、「自分ならこう解釈する」と独自の言葉遊びをしてもらえれば、この本は最高に面白くなると思います。

『悪魔の辞典』へのリンクはこちら

『ロマンスの辞典』
こちらも『悪魔の辞典』と同様に、ただ言葉の定義だけを並べた一般の辞典とは違い、「ロマンス」というユニークな切り口で言葉を再確認させてくれる辞典になっています。
そもそも「ロマンス」とは何でしょうか。
単純な夢や憧れではなく、そこには恋愛という感情が大きく関わっています。
しかも、「恋愛」という言葉自体があいまいでつかみにくく、すこぶる個人的なものにも関わらず、全ての人の心にしっかりと根付いている気持ち。
だから、同じ言葉でも「ロマンス」という視点で見つめ直した場合、その言葉の持つ意味は一人ひとり大きく異なるはずです。
でも、だからこそ個人個人が異なる定義を持ち寄ることで、共通認識している部分とそうでない部分を理解し、自分が持ち合わせていなかった新たな視点に気づくことで、その人の言葉は大きく広がります。

「色男」…「出会いと別れを繰り返し、女性の頬を涙で濡らして駆け抜ける通り雨。」
「嘘」…「優しさという絵の具で描いた名画の贋作。」
「海」…「地球上の大部分を占める水域。君への想いの次に、広く深い。」
「初恋」…「人生という書物において、誰もが栞を挟んだままのページ。」

「ロマンス」で考えるからこそ時にはキザっぽく、でも、だからこそ笑える。
そして、巧みな言葉の言い回しにはキュンとくる。
本当に恋に落ちたような甘い気持にもさせてくれる、非常にワクワクドキドキな一冊です。

『ロマンスの辞典』へのリンクはこちら

『言の葉連想辞典』
今度の辞典は前述の二冊とは大きく違っています。
この本は漢字一文字で表されたテーマを基に、それに関連する言葉をズラッと並べてあります。
日常ではあまり使わないような言葉ばかりが並んでいるので、いつもと違う言葉の言い回しをしたいときに役立ちます。
このように言葉を調べるだけでなく、テーマごとに書かれている連想された言葉から、新しく自分の語彙を増やすことができます。
どの言葉も気が利いていて、「なるほどこんな風に言えるのか」「この言葉が使いこなせれば一目置かれるな」と思えるものばかりです。

例えば、「夏」というテーマであれば、そこから連想される言葉として次のようなものがあげられています。
「片陰」「空蝉」「熱帯夜」「逃げ水」「打ち水」「草いきれ」「夏掛け」「夏枯れ」
どうですか、ご存知でない言葉もあったのではないでしょうか。
そして、どれも実際に使えれば格好よくないですか。
語彙を増やすことで、同じものでもニュアンスが異なり表現の幅が広がると同時に、自分の想いをより正確に相手に伝えることができます。
言葉の豊かさは、言葉を使って行われる心の中の動きと密接に関係し、これまで以上に心を自由にしてくれます。

皆さんもこの時点を通じて普段の言葉を豊かにし、心豊かな日常が送れるようにしてみてはいかがでしょうか。

『言の葉連想辞典』へのリンクはこちら

前回の『名前のないことば辞典』に引き続き、遊泳社が出している面白い辞書を三冊、ご紹介しました。
言葉というのは長い歴史の中で培われてきたので、不思議な力があります。
言葉そのものも学問として人間の知的好奇心をくすぐりますが、言葉が豊かになることで自分の思考の地平を押し広げ、心も広く豊かにしてくれるという特性もあります。

これらの辞書は正にこれまでの自分の殻を突き破り、人も周り大きくなった自分を見せてくれるでしょう。
「学ぶ」ということが勉強ならば、そのきっかけは学校のテストや授業にばかりこだわる必要はありません。
「おもしろそうだな」と思えばどのような形でもいいから探求してみましょう。
そこには知識の増大と共に、喜びや心の安寧、豊かさがあります。

遊泳社が出版している本はどれも興味深いものばかりです。
皆さんもガチガチの勉強ばかりでは気持ちが萎えるでしょう。
今日紹介したものも含め、人の興味や関心を引き付けるような変わった本を通して学べば、勉強もより楽しく効果的になるのではないでしょうか。

勉強に集中できない。子供の勉強をかき乱すパターンとその対処法を考えます。(その一)

勉強に集中できない。子供の勉強をかき乱すパターンとその対処法を考えます。(その一)

定期テストや受験など、特に大事なテスト前では集中して勉強しないといけません。
集中できれば学習内容もすぐに理解し頭に入る。
ワークなどの学校の課題や問題集もどんどん進み、とても効率よく勉強がはかどります。
気づけば勉強も終わっていたという感じで、「勉強嫌だな…」なんて考える隙もありません。
全てがよいように進み、達成感でむしろ自信がわいてきます。

一方、集中できない場合、周囲のいろいろなことが気になって勉強が手に付かない。
勉強以外の余計なことばかり考えて、勉強内容が一向に頭に入ってこないし、問題も解けず時間ばかり掛かってしまいます。
思うように進まない勉強に焦りと苛立ちを覚え、残り時間がどんどん無くなる。
考えるように勉強がはかどらないことに、「自分はいくらやってもダメなのではないか」とやる気を失う。
できないのは元々自分は頭が悪いからで、いくら頑張ってもできるようにならないと自分を否定。
「やっても無駄」と言うのを言い訳に、やらなければならない勉強から逃避。

これではいけませんね。
このように勉強において集中力は大きな意味を持ちます。
実際に勉強をしていて思うように集中できないのはなぜでしょう。
子供たちの心をかき乱し、集中力を削ぎ、勉強が思うように進まなくさせる要因のいくつかに注目し、対処法を考えてみましょう。

周囲の音や声が気になる
勉強に集中しているときは、周囲のことが一切気にならず、勉強を夢中でやって気づけば何時間も過ぎていたなんてこともあるでしょう。
しかし、集中できないときに限って周りの音や声が気になる。
逆に周囲の騒音があるから勉強に集中できない。
周りの人の会話が気になりついつい聞き耳を立ててしまう。
突然大笑いされて、せっかくの集中が切れてしまう。
静かな環境で勉強したくても、どうしても周囲のせいで難しい。

そんなときはイヤホンをしたり耳栓をしたりして、周囲との音の伝導を断ちましょう。
耳に入ってくる音がかなり軽減されます。
特に最近のイヤホンの中には、耳をすっぽり覆うものもあり、音の遮断という意味では役に立つでしょう。
また、気持ちがそっちに引っ張られないのならば、BGMを流して余計な音を遮るのも一つの方法です。
ただ、BGMは流すのが目的であり、楽曲によってはα波を出したりして集中力を高めるものもありますが、そっちに気分がのってしまって一緒に歌たり踊り出したりするのであればやめた方がいいです。
そのためには歌詞のない曲(クラッシックなど)や菓子の聴き取りづらい曲(外国語の歌)などがお勧めです。

LINEが来たら
現在、生徒の間で最も深刻な問題はLINEを始めとするSNSで、これらが来た時すぐに返事をしないと友達を無視したとして、仲間外れにされるなど非常な不利益を被るかもしれないので、例え勉強中であっても中断して対応しないといけない。
当然、一回の返事で済むわけはなく、返事すればそれに対するまた返事と何度も何度もLINEが続き、勉強に手がつけられないまま時間が過ぎてしまう。
例え着信音を消しても振動し、LINEが来たことを携帯は知らせてくれる。
どうしても気になって開いて返事をする。
こんなこと繰り返していたら、当然集中力なんかなくなり、やるべき勉強もできなくなってしまいます。
多くの研究で勉強中のLINEを始めとするSNSはマイナスの影響を与え、SNSを使うと成績が下がることがはっきりしています。

スマホなどは色々な機能が集約されており便利な道具であるため、上手に使えば非常に役に立ちます。
先ほどのBGMを流すこともできますし、辞書機能など調べものにも便利です。
タイマーやストップウォッチも時間を区切って計画的に勉強を進めるうえでは有用です。
ではLINEとどのように対応していけばいいのでしょうか。
技術的な方法として、「機内モード」があります。
これは電波の受信のみをストップできるので、通話やLINEの着信はなくなりますが、その他の機能はそのまま使えます。
電源を切らずに済むので、スマホの有用性を失うことなくLINEだけ止めることができます。

また、周囲の友達に宣言するのもいいかも知れません。
実はどの生徒も勉強しなくてはいけないのは分かっています。
しかし、SNSを無視すると先ほど述べたように、人間関係が壊れることを恐れてできません。
そこで、最初に「何時から何時まで勉強する」と宣言し、事前にみんなに知らせるのです。
そうすれば、すぐに返事がないことも相手は理解できます。
このとき、「家での決まりだから」などとすれば、友達も追及できなくなりいいです。
そうでないと「自分ばかりいい子ちゃんになりやがって」と難癖付けられるかもしれません。
家のルールで親の言いつけとなれば、周囲の友達もあきらめがつくでしょう。

ちょっと話がそれますが、スマホを使った勉強促進方法として、自分の勉強している姿を自撮りし、それを動画サイトにあげるということをやっている生徒がいます。
こうすることで自分にやらなければならない動機づけをし、その成果を確認すると同時に、周囲に自分の勉強している現実を発信できるのです。
なかなか面白い方法ではないでしょうか。

チラッと目に入ったマンガやゲームに誘われて
勉強は大変で、特に集中していないときは、心のどこかで何とか逃げ出せないかと考えてしまいます。
そんなとき、たまたま部屋にあるマンガやゲームが目に入ったら、その誘惑に勝てないかもしれません。
ちょっと気分転換、が一時間二時間となり気づけば勉強する時間が無くなる。

これはゲームや漫画を片付ければいいのですが、手っ取り早いのは場所を変えることです。
リビングやダイニングルームなど、部屋を変えできるだけ勉強以外のものがない(できない)環境に変えましょう。
こうして勉強以外のものの誘惑を取り除き勉強に集中してください。
親も目の前で生徒が勉強していれば、色々配慮してくれます。
そして、親としても自分の目で子供が勉強しているのを確認できるのでいいです。
時には、親に勉強を助けてもらえるかもしれません。

もし、家庭で勉強に集中できる場所がないのであれば、皆様には葛西TKKアカデミーがついています。
いつでも気軽に連絡ください。
塾生でないからと遠慮はいりません。
葛西TKKアカデミーはどんな生徒でも力になりたいと思っていますから。
本当にここは勉強以外のものがないので、本人にやる気があれば何時間でも集中して勉強ができます。
更にお得なことに、勉強で分からないときは葛西TKKアカデミーの先生に聞くこともできます。
そうすれば勉強が深まり自分の力もついてくるので、定期テストなど成績も上がってくるに違いありません。

他にも勉強を妨げるパターンは数多く存在しますので、この話題は引き続き触れていきたいと思います。
自分がうまく勉強できない理由を知り、それにうまく対応することで効率よく勉強できます。
勉強に困っているときはいつでも葛西TKKアカデミーに連絡下さい。
私も一緒になってベストの解決法を考えます。

定期テストも近づいていることですし、勉強は大事なので、この葛西TKKアカデミーをぜひ利用してください。
葛西TKKアカデミーはどのような生徒でも助けたちと思っています。
どんな状況でも子供たちを支え、彼らに明るい未来を届けられればと考えています。

漢字を上手に覚えるには。漢字をただ繰り返し書くだけでなく、ちょっとしたことを意識したり工夫したりすることで覚えやすくなります。

漢字を上手に覚えるには。漢字をただ繰り返し書くだけでなく、ちょっとしたことを意識したり工夫したりすることで覚えやすくなります。

漢字が苦手な生徒はたくさんいます。
特に最近はそのような生徒が増えている気がします。
最近はスマホやパソコンの普及により、漢字を自ら書く機会が減っています。
平仮名を打って変換するだけでは、書きたいと思ったときに漢字がなかなか出てきません。
これは大人も同様で、「最近、なかなか漢字が思い出せない」という声をよく聞きます。
つまり、漢字を覚えるには困難な環境になってきているのです。
(逆に、SNSなどで活字を読む機会は増えているようですが、特定の人間との交流が中心となっているので文のバリエーションが少なく、表現の豊かさも乏しいので、こちらも漢字の勉強には不利かもしれません。)

漢字を覚えるにはどのようにすればいいでしょうか。
一般的には教科書などで出てきた漢字をノートに10回、20回ずつ書いて覚えるというのがあります。
確かに何かを覚えるとき、繰り返すというのは一つの方法です。
掛け算の九九なども何十回、何百回と繰り返すから覚えられるのです。
でも、このような単調作業の繰り返しは退屈で苦痛です。
そこで少しでも漢字を覚える助けになるコツをあげてみましょう。

漢字のパーツ(部首)に注目
漢字の多くはいくつかのパーツの組み合わせでできているのにお気づきでしょうか。
「明」と言う字は「日」と「月」からできています。
このように基本的なパーツ(それらは簡単なものが多い)の組み合わせで、その組み合わせを覚えてしまうのです。
漢字そのものを一から覚えるより、すでに覚えたものを利用して新しい漢字を覚えた方が楽です。

しかも、「へん」などの部首には意味を表すものが多く、部首の意味を覚えておくと漢字そのものの意味を覚える助けになります。
例えば「亻」は人に関わる者で、「亻」の漢字を集めてまとめて覚えるのもよい方法です。

また、部首によって読みは同じでも意味が変わる漢字もたくさんあるので、今度は部首違いの共通部分を持つ漢字てまとめるのもお勧めです。
例えば「尞」に人を表す「亻」がつけば「同僚」の「リョウ」になるし、病気を表す「疒」がつくと「医療」の「リョウ」になります。
屋根を表す「宀」がつけば「学生寮」の「リョウ」になります。
(このように音を表す部分と意味を表す部分の組み合わせでできている漢字を形声文字形声文字と言います。)

このように共通のパーツを意識して、同様のものをまとめて覚えると、一度にたくさん漢字を覚えることができます。

正しい書き順、正しい姿勢を覚えよう
結構みんな適当に書いていますが、私の経験上書き順は非常に重要です。
字を書くのが苦手な生徒は基本的に書き順がぐちゃぐちゃで、結果として字のバランスも悪いし、鉛筆を行ったり来たりさせるので時間もかかり、書くのに疲れてしまいます。
(最近の生徒は体力が落ち、文字がしっかり書けなくなっています。)

筆の文化で生まれた漢字なので、書き順が正しくないと綺麗に書けませんし、余計な力が入って疲れやすく、長い文章は書けません。
なかなかチェックしづらいですが、低学年のうちに書き順を正しく覚えましょう。
基本ができれば、難しい漢字もその応用なのでうまく書けるし、覚えやすくなります。
原則として書き順は上から下、左から右です。

後、書く姿勢も気になります。
背中を丸め机に顔を近づけていると正面から文字を見ないのでバランスが悪く汚い字になってしまいます。
この姿勢を維持するのは意外とつらいので、すぐに疲れてしまいます。
また、左手で方杖をつく生徒も多いですが、こうすると紙やノートが抑えられず固定できないので、書いているときに動いてしまい上手く書けません。
抑えずに動かないようにするには筆圧を抑えるしかなくなり、最近の生徒の文字が薄い原因の一つでしょう。
適度に力を入れて書かないから筋力が落ちて、長く書くことができません。

このように漢字を覚えるには書くという作業が必須ですが、正しい書き方を身に付けていないと長時間文字を書くことができません。
だから、漢字を練習し覚えるには書き順や姿勢が大事なのです。

何冊も手を出さず、一冊の漢字練習帳を完璧にする
よくあるのが、飽きっぽくて一つの漢字ドリルを終わらせることなくやめてしまうというパターンです。
俗に言う三日坊主ですね。
そして、しばらくして「やっぱり漢字を覚えなきゃ」と言って、本屋さんでまた新しい漢字ドリルを買う。
気づけばやりかけのドリルが山のように残る。
これはいけません。

いろいろなものに手を出すのではなく、一冊のドリルを繰り返しやって完璧に覚える方がいいです。
漢字は無限にありキリがありません。
店頭にはたくさんの漢字ドリルがあり、あれもこれもやらないといけないような気になってしまいます。
一回やって終わりではもったいない。
そもそも、一回で全ての漢字をマスターできるはずはなく、そんな中途半端で他のドリルをし、それもこれも全部中途半端ではドリル代がかかるだけでもったいないです。
一回でやめるのではなく、何回も何回も繰り返して分からない漢字を少しずつ減らしていく。
そして、一冊完璧になってから次のドリルに移ってください。
いや、一冊完璧ならそれで十分かもしれません。
本当に一冊完璧ならかなりの漢字力がついているはずです。

だから、最初から分厚いドリルをしないでください。
最初は薄いので十分です。
そして、それがきちんと身に付いてから少しずつ漢字のレベルと量をあげていきましょう。
自分の能力を超えすぎているものは取り組みにくいのでやめましょう。
現在の力よりちょっと上くらいが丁度いいです。

実戦を通して覚える
よく「国語の勉強と言えば漢字お覚えるくらいしかない」と言う人がいます。
でも、それは違います。
定期テストや小テストなどあらかじめ出題される漢字が決まっているときはやってもいいですが、学力テストや入試などどんな漢字が出るか分からにテストの勉強では漢字をやる意味はかなり薄いと思います。

国語の勉強は読解などやらなければいけないことが沢山あります。
「漢字しかない」という人は国語の勉強を知らない人です。
漢字はとても多く全てをやっていたらそれだけで莫大な時間が掛かります。
そして、その割にテストで出されるのは読みが五問、書きが五問と言ったところでしょうか。
しかも、一つ1点や2点。
他の長文読解や記述などの勉強をやった方が効率よく点が伸ばせます(一問5点とか)。
だから、漢字だけの勉強はしない方がいいです。

むしろ、長文などよく読んで、分からない漢字があればその時覚える。
この方が読解能力を高め、しかも漢字もある程度覚えられます。
そして、重要な漢字は色々な文章を読めば何回も出てくるので、自然と覚えてしまいます。
問題をやるとき出た漢字は覚えますが、それ以上、わざわざ漢字の勉強をする必要はあまりないような気がします。

また、文章を読めば、そこには文脈もあるので、漢字がエピソード記憶となり、より覚えやすくなります。
漢字そのものの意味だけでなく、その使い方も分かります。

このように実践の中で漢字に触れているとなんとなく頭の中に残っているもので、読みはもちろん、書いたことのない漢字でも書けてしまったりします。
一つの漢字をノートに20回書いて覚えるより精神的負担が少なく、苦痛もないかと思います。

このように生きた漢字を覚えるのはとてもお勧めの方法です。

他にも漢字を覚えるコツはいくつかあると思います。
人それぞれ合うやり方も違うと思いますので、これで大丈夫とは思わないでください。
勉強は千差万別で誰にでも通用する勉強法はありません。
個人個人に合わせて変える必要があります。

漢字に限らず、どのような勉強方法がいいか分からないときは葛西TKKアカデミーまでご連絡ください。
いろいろ提案しますし、実際にやってみて何が適しているか一緒に考えたいと思います。

勉強は工夫次第でいくらでも楽しくなります。
ただ苦しいだけの勉強ではなく、その持つ意義に感銘したり、新たな発見に感動できる指導ができればと常に心掛けています。

皆さんも大変だと思いますが、そんなときはいつでも葛西TKKアカデミーに頼ってください。
お待ちしております。