英語の定期テストでいい点を取るためにどのような勉強をすればいいのでしょうか。ポイントをいくつか挙げてみます。

英語の定期テストでいい点を取るためにどのような勉強をすればいいのでしょうか。ポイントをいくつか挙げてみます。

生徒の中で苦手が多い教科の一つが英語です。
小学校の英語活動のような、英語を使ったゲームや挨拶などの簡単な会話ならば楽しく苦痛でもないのですが、中学に入り文法などを始め本格的な「勉強」となった場合、感覚ではなく理詰めで考えなくてはならず(一般の中学の授業がそのようにこれまでデザインされていたからなのですが)、難解な暗号解読のようになり感じられ、その出来不出来が即座に数字となって評価される。
そして、その数字で自分の人格すら判断されてしまう。
そうやってレッテルを張られれば、楽しみはすぐに消し飛び頑張ろうという気力さえなくなることもあります。

そうならないように、生徒が英語に興味を持ち楽しみながら学べる授業を葛西TKKアカデミーでは目指しているのですが、現実に学校という存在がある限り、なかなかそのような理想的な授業も行えず、妥協して学校の勉強に即した授業になってしまうのが悩みです。

そこで今回は学校の定期テストに向けた英語の勉強法についてお話します。

勉強は千差万別、一人ひとりに適した方法があり、万人に通用するものはありません。
だから、個人個人に合わせて勉強を考え教えていかないといけないのです。
しかし、個々の事例を上げればきりがないので、ここでは一般論としての勉強法を紹介します。
これでうまくいかないからと言って心配する必要はありません。
その時は自分に合った勉強方法を見つければいいのです。
その際は葛西TKKアカデミーが力になりますので、是非、ご相談ください。

英語は毎日触れ、慣れることが大事
外国で生活をした経験がある方なら分かると思いますが、言語は毎日使っていないと驚くほど忘れてしまうものです。
海外の生活が長いと、ある日、自分の言いたいことが日本語で出てこないことがあります。
逆に日本に帰ってしばらくたつと、海外で生活していた時は何の問題もなく使えた英語が口から出てこない。
この傾向は特に子供に強く、ちいさい子供は言葉を覚えるのが早いですが、忘れるのも早いです。
つまり、言語学習では毎日その言葉に触れることが大切です。

英語を日常で使う機会の少ない日本では、生徒たちが自分から積極的に英語に触れようとしないといけません。
幸いにして現在はYouTubeやその他動画サイトなど、その気になれば英語に触れる機会はたくさんあります。
DVDやブルーレイで映画などを見るときにも英語の吹き替えや字幕を付けることもできます。
そうやって英語を聞く場を設けてください。
最初はよく分かりませんが、映像を見れば言っていることがなんとなくわかってきたり、単語をいくつか聞き取れたりできるようになります。
そうやって聞き取りが少しずつできるようになると、英語を聞くのも楽しくなります。

基本文で覚える
英語を勉強するとき「単語を覚えさえすればいい」という人がいますが、これは間違いです。
言葉は単語が単独に漂っている訳ではなく、単語同士が有機的につながり、文脈において的確に使われなくてはいけません。
つまり、文となって初めて言葉は意味を成してくるのです。
単語だけ覚えては使い方が分かりません。
だから、英語を勉強するときは単語で覚えるのではなく、文で覚えることをお勧めします。
文の方が長いので、これは効率が悪いように思えるかもしれません。
でも、人間の脳を考えると、脈絡もなく単語を覚えるよりも、他と関連付けて、それをヒントに覚えていく方が覚えやすいです。
このような基本文をたくさん覚えることが英語の理解を深め、実際に使える英語につながります。
基本文は簡単な言葉で作って構いません。
大事なのはポイントが分かる分の構造です。
「この分から、英語の過去形はこう作ればいいんだ」と理解してくれればいいです。
こうして基本文を身に付けたら、後はその中の単語を置き換えるだけで表現の幅が広がります。

文法用語は極力避ける
英語を勉強するとき、学校の先生の中には言葉の意味も十分に説明せず、やたら文法用語を使う人がいます。
これは教える方が楽なだけで、学ぶ側が決して簡単という訳でもありません。
むしろ、言語とは別に余計な用語を覚えなくてはいけないので、人によっては余計に混乱するかもしれません。
しかも、運の悪いことに英語で使っている文法用語の中には、国語の文法用語と同じものがあります。
しかし、日本語文法と違い国語文法は母語話者が自分の言葉を分析するために用いられるものなので、同じ用語でも意味が違ったりします。
これも混乱の原因となりえますので、できれば文法用語に頼るのは状況をよく分析してからにしましょう。
生徒の中には文法用語を聞いただけでアレルギーを起こしてしまい、「もう難しい、分らない」と思い込んでしまう者もいます。
特に子供の場合、その心理状況が学習に与える影響は大きいので注意が必要です。

本分を繰り返し読む
特に定期テストという観点で考えるなら、基本はやっぱり教科書です。
だから、教科書をしっかり勉強しなくてはなりません。
その際、色々理屈を考えながら分析しながら英語を科学的に理解するのもいいですが、言語という性質を考慮するなら「読む」ことは基本でしょう。
声を出して読めば(より多くの間隔を使うので)単語やいろいろな表現を早く覚えることができます。
その時注意しなくてはならないのは、発音をいい加減にしないということです。
あいにく日本の英語教育は発音を疎かにする傾向がありますが、人間の思考は脳内で音で行われていることを鑑みるならば、きちんと教え学ぶべきです。
そして、最初はよく分からないかもしれませんが、何回も何回も繰り返し読んでいくうちに、不思議なことに、だんだんと分かるようになってきます。
「読書百遍自ずから知る」とはよく言ったものです。

やっぱり学校のワークと教科書
定期テストでは多くの問題が教科書やワークから出ます。
そして、これらは事前にやれば解き方が分かるし、答え合わせをすれば確認もできます。
一回やったら間違ったところだけをもう一回やる。
これを繰り返し、全ての問題が丸になるまで頑張りましょう。
これでテストの半分以上は取れるようになります。

しかし、多くのできない生徒はこれをいい加減にやっています。
面倒くさいからと言ってきちんと問題を解かず、答えを写すだけ。
形式上は丸がついてやったように見えますが、結局何も身に付いていないので、当然テストでは解けません。
更に、高校入試では中学三年間の勉強が全て対象となるので、ここできちんとやらないとまた同じことを勉強しないといけません。
結局二度手間で、長い目で見るならやはり、ごまかしの勉強はすべきではありません。
後でもっと面倒くさいことになります。

勉強はテスト前にやるのではない
最後によくいるのが、テスト範囲が発表されるまで勉強しない生徒です。
「範囲が発表されないと何を勉強していいか分からない」ということらしいですが、そんなことはありません。
前回のテスト範囲の次から普通出されますし、今やっているところまでは確実にテスト範囲になります。
だから、発表されなくても既にやってしまうのがいいです。
早く課題を終わらせれば、その分学習内容の確認とテストの準備に費やす時間が増えます。
そうすれば、成績もきっと上がるでしょう。
わざわざ待つ必要はないのです。
毎日の余裕のあるうちに勉強に取り掛かり、ゆとりを持ってテスト勉強をすればより効率よく勉強が身に付きます。

今、テスト期間の学校があります。
もう少し後の学校もあります。
いずれにしても定期テストは必ず行われるので、それにどう対処するかが大きな分かれ目です。
英語ということで話しましたが、今回のチップはほかの教科でも通じるものがあります。
テスト頑張ってください。
すこしでも勉強に困ったときは、気軽に葛西TKKアカデミーにお知らせください。
必ず皆さんのお役に立ちます。

コロナの影響でいじめが減少、そして自殺、不登校は増加?!子供たちの精神状態も不安定に。

コロナの影響でいじめが減少、そして自殺、不登校は増加?!子供たちの精神状態も不安定に。

文科省によると、「問題行動・不登校調査」でいじめは前年度より前年度より15.6%減少したそうです。
いじめの件数の減少は7年ぶりで、その要因としてコロナウイルスが指摘されています。
一斉休校で授業日数が減り部活も制限された結果、生徒間のコミュニケーションが減ったことがいじめの減少につながったと分析しています。
「冷やかし、からかい、悪口」と言って一見ふざけている、または軽い気持ちでのいじめが一番多くなっています。
そして、今話題のSNSを通したいじめも過去最多となりました。

その一方で、不登校による欠席をした生徒数も毎年増え続け、こちらも今年が過去最多となっています。
こちらの要因としては、コロナ禍による休校などで日常生活に制限が加えられたことによるストレス、生活リズムの乱れが考えられています。
外出の自粛が求められ、自由に遊びに行けないので家に閉じこもり、暇を持て余してゲームをしたり、動画を見たり、友達とSNSをして、夜遅くまで起きていたり、中には気がついたら夜が明けてしまったなどということになってしまう。
結果、昼夜が逆転し昼間は眠いのに夜は目が冴えて眠れない。
こうやって、昼間に学校に行くことさえ困難となり、とうとう不登校になってしまうなんて例は枚挙にいとまがありません。

学校に行っているときは否応なくいろいろな生徒に会わなくてはならず、中には自分の苦手としている生徒とも会わないといけない。
しかし、幸か不幸かコロナ禍で学校に行く機会が減ると、当然嫌な生徒たちとも会わないで済むので、学校でいじめにあっている生徒には好都合なのかもしれません。
しかし、永久に学校に行かないわけにもいかず、登校しなくてはならない日が来ます。
そんな時、もう体が無意識に反応し、頭ではいかなくてはと思いつつも、頭痛や腹痛が起きて学校に行くことができなくなります。
休んでいいとなると治るのですが、また行くとなると病気になる。
このように不登校となる生徒も多いようです。

コロナ禍で在宅期間が伸びると、親との接触の機会も増え、親子が互いに緊張とストレスを感じることが多くなってきているようです。
それを反映してか、小中高生の自殺は前年度前年度の317人から大幅に増え、415人となり調査が始まって以来最多となりました。
理由は家庭不和や親からの叱責、学業不振、進路の問題などがあり、先ほど述べたように、コロナ禍による家庭での時間(テレワークや自主休校など)の増加が子供たちの自殺を増幅させたのではないかと考えられています。

また、不登校の児童生徒も増え合わせると20万人に迫る勢いで、8年連続して増加しています。
そのうちの55%は90日以上学校に行かない、深刻な状況にあります。
これまでのいじめや学校に馴染めないなどの理由に加え、感染を恐れ「感染回避」を理由に休んでいる生徒も今年はたくさんいます。この感染回避を理由に30日以上学校に行かなかった子供たちは3万人とかなり多くなっています。

学校に行くこと自体が減ったのに加え、例え登校しても人との接触が制限されたりして、子供たちは友達などの人間関係を構築しずらい環境にあり、悩みや苦しみを打ち明けたり共有できる存在がいないのも、子供たちの精神を守り安らぎを与えにくい理由になるでしょう。
これまでのように決まったリズムで生活できず、コロナ禍によりSNSやゲーム、動画などの時間が増え、当然とされる日常生活が過ごせなくなる事例も多く報告されています。

このように、コロナ禍は子供たちの物理的距離を開き、いじめは減少させたが、彼らをより孤独にさせたり、精神的ストレスをリリースさせる機会を減らしたので自殺と不登校は増加したと文科省は考えているようです。

この手の調査は表面に現れにくい問題も多く、その結果をそのままうのみにすることはできませんが、一つの示唆を与えてくれます。
子供たちとの接触においては、コロナ禍が彼らの心や体にどのような影響を与えているかを十分に考慮する必要があるでしょう。

とは言え、ここに出てきている数字は「学校が認知したもの」に限られているので、「認知されないもの」、または「認知されていても隠蔽されたもの、重大と見なされていないもの」があると思って、その修正を加えなければ現実は見えてこないかもしれません。
例えば、SNSの誹謗中傷は本人や大人の知らないところでどんどん進行している可能性があります。

葛西TKKアカデミーは子供たちを守りたいと思っています。
学校の制約下で悩み苦しんでいるならば、葛西TKKアカデミーが安心して彼らの心を開ける場になります。
勉強のことは心配しなくても大丈夫です。
葛西TKKアカデミーが何とかします。
でも、失われてしまえば命は戻ってきません。
その前に何とか思いとどまれるように、希望など与えられればと願っています。
傷ついた心も、癒えるには時間と労力が必要でしょう。
そのような場面でも葛西TKKアカデミーがお役に立てればと考えています。

コロナ禍の状況では、学校で健全な人間関係は築きにくいかもしれませんが、そんな時は気軽に葛西TKKアカデミーにご相談ください。
子供たちのより良い日々のために。

テストや問題集は自分のできるを確認するため?いえ、自分の何ができないを知るため!このパラダイムシフトが勉強を変える。勉強が苦手な生徒、時間の少ない受験生にお勧め!

テストや問題集は自分のできるを確認するため?いえ、自分の何ができないを知るため!このパラダイムシフトが勉強を変える。勉強が苦手な生徒、時間の少ない受験生にお勧め!

皆さんは勉強でテストや問題集をどうしてすると考えますか。
多くの人は自分が何点取れるか、どれだけ丸がもらえるかを気にします。
自分の実力の確認ですね。
「○○点取った!」「丸が○○個もらえた!」と一喜一憂します。
結果が良ければそれで気分が良くなり満足、悪ければがっかりして悲しんで終わり。
それも一つの見方ですが、このテストや問題集との向き合い方をちょっと変えると、学習が変わってきます。
これは勉強が苦手な生徒、入試で時間のない受験生にお勧めです。

テストや問題集は「何ができるか」を知るためでなく「何ができないか」を知るため
先ほど述べたように、多くの生徒はテストの点数や問題集の丸の数を気にします。
これは今の自分の実力を示す指標になり、周囲の人間もこの指標で生徒を評価するからです。

しかし、勉強はそこで終わりではありません。
勉強は生きている限り続くとも言えますし、短い期間に限ってもゴールはその後にあります。
例え今、良い結果が出せなくても、勝負は一番最後の入学試験と考えるなら、それまでに十分な力をつければいいのです。
逆に、ここで終わってしまえば、それ以上自分の力を伸ばすことができる、最後の最後で泣くことになります。
だから長い目で見て、今の失敗(間違いやできない)を成功(分かる、できる)に導くことが本当の勝利への道となります。

そう考えるなら、テストや問題集は終わりではなく、むしろ勉強の始まり、きっかけだと思ってください。
テストや問題集をすることによって、自分に何が足りないかが分かります。
そうであるなら、その足りないものを集中して勉強すればいい。
やみくもに一から順に全てやらなくてもいいので、勉強としても効率のよい方法となります。
だからこそ、入試を控え時間が残り少ない受験生にもお勧めするのです。

失敗から学ぶというのは、漠然と勉強するより学習効果が高いと言われています。
それは、失敗と言う経験が脳により大きな刺激となり、そこから学んだことはより強い印象として残るからです。
記憶は「回数×インパクト」です。
掛け算の九九や年号など意味の薄い数字の暗記も回数を増やすことで覚えることができます。
また、一度だけでも交通事故のようなトラウマ級の場面を見てしまえば一生忘れることができなくなることもあります。
テストなどでうまくいかなかったという経験も、エピソード記憶となり、脳へより大きな刺激となるので、学習の習得のチャンスです。
だから、間違いから学ぶときは印象が弱くなる前に、できるだけすぐに勉強に取り掛かった方がいいです。

失敗は成功の基。
こうして勉強はあらゆることを学びのチャンスにすることが一つのコツです。

自分の置かれた現実に目を背けず前向きに勉強できる強さ
勉強が苦手な生徒は、テストや問題集が終わったら、その開放感ですぐに遊びに行ってしまいます。
でも、テストや問題集を有効に利用すれば、学びのチャンスは非常に大きいのです。
実はできる子は、このことを知っており、失敗から学ぶので自分の実力を伸ばすことができるのです。

とは言え、自分のできないことを直視することはあまり気分のいいことではありません。
できない事実を見ないで、知らないふりでごまかして何もしない方が気が楽です。
しかし、それでは失敗は失敗のままで、何も学べず同じ失敗を繰り返すだけです。
そうならないためにも、自分の置かれた客観的現実を受け入れなくてはいけません。
でも、これは自分で自分の欠陥を認めるようなもので、自尊心(特に思春期の生徒はこれが非常に重要で)を傷つけ辛いので、生徒はなかなかやりません。

だからこそ、周囲のサポートが大きな意味を持ちます。
悪い結果に対して避難しても何の得にもなりません。
かえって勉強をしなくなります。
「間違えれば怒られる」とインプットされれば、「間違えないために勉強する」ではなく「間違えを認めないために答えない」なります(自分のプライドで「できない」だけは認められない、答えなければ「できない」ではなく「言わない」だけで自分のプライドは守られる)。
これでは本人は勉強からますます遠ざかってしまいます。
最初は間違えが沢山あり、勉強しなければならない内容もたくさんあるでしょうが、それは徐々に減り、ある程度やっていくとどんどんできるようになります。
だから、そうなるまで本人の心が折れないようにサポートしましょう。
この苦難を乗り越えてできるようになると自分に自信がつき、逆に自分から進んでこの勉強法を行うようになります。

大事なのは周囲の励まし。
自分にはまだ可能性があると感じさせ、やればできるという自信と確信を持たせることです。
これは周囲の人間の対応で大きく変わります。
テストや問題集を終着点ではなく、むしろ出発点と考えるなら単なる非難ではなく、結果を受け止め、どうしてそうなったか調べ、これからどうしていけばいいかを一緒に考えてあげるべきです。
勉強はよく分からないというのであれば、ここは私のような専門家にお願するのもいいと思います。
親が全てする必要はありません。
適材適所、自分のできる役割をこなせばよく、足りないところは外部に助けを求めてもいいと思います。
本来子育ては親だけがするものではなく、親せきや近所の大人たち、先生やその他の先輩たちなど、多くの人々と協力してやるのがふさわしいと思います。
こうすれば自分一人で子育てのプレッシャーを受ける必要もなくなり、親としても精神的余裕が生まれ、そうなればもっと冷静な判断もできるようになります。

時間のない受験生もテストや問題集を上手に利用し、効率のよい勉強を
今、受験勉強で大変な生徒もいるでしょう。
この時期であればもう基礎固めは完全に終わって、本番に向けた応用問題に取り掛かっていないといけません。
しかし、自分はどうしても不安だという人も多いでしょう。
こんな時、教科書や参考書を開き、最初のページから順番にやっていっては時間が足りなくなってしまいます。
そんな時もこれまでやったテスト、模試、問題集、ワークなど、実際にやった問題集を取り組むのがいいです。
受験生であれば特に、過去問を集中的にやるのが一番。

過去問は実際に入試で出された問題であり、出題者も真剣に考え抜いた良問が沢山あります。
そして、実際に出たということは、またに多様な問題が出るということでもあります(過去に出た問題と同じような問題が出た例はいくつもあります)。
過去問を解くことで勉強をより深めることができるし、そこから学ぶことも多いのです。
そして、過去問をやって事前に失敗していれば、本番では失敗からの教訓を学んでいるので、気づき間違えることはなくなります。
だから、過去問や模試の問題を解くことは、この時期の受験生にはお勧めです。

しかし、よく聞くのは「自分はまだ準備ができていないから、先ずは教科書や参考書をやって、それから確信のために過去問をする」と言う意見です。
でも、もうそんな時期は過ぎ、今は時間との勝負です。
悠長なことはやっていられません。
だから先ほど述べたように、過去問を自分に何ができるかを知る指標にするのではなく、自分に足りないものを見つけ、それを補うためのきっかけにするのがいいです。
こうすればできないところだけ(できているつもりでも実は身に付いていなかったところも分かります)を勉強するので時間の節約になります。
実戦を通して学ぶのです。
過去問を20回やれば、たいていの分野は出尽くすので、全ての範囲のフォローになります。
少なくとも10回(入試問題や模試の最近の3年分)はやってほしいです。
これだけやれば自分の勉強の穴が分かり、後はそこだけ確認すればいいのです。
最初はきついかもしれませんが、ある時期を過ぎるとだんだんできるようになります。
それまで自分を信じ、根気強く頑張ってほしいです。
そして、ここでも周囲のサポートが大きくものを言うので注意しましょう。

このようにテストや問題集に対する考え方を変えると、そこには学びのチャンスがたくさん存在することに気づきます。
結果が悪いということは「学ぶチャンスが多い」ということ。
結果が良いということは「学べるものがない」ということ。
そのように見直し、テストや問題集をやった結果のマイナスをプラスに転じられるような勉強をしましょう。
そうすれば、学習と定着が促進され、生徒たちの実力も延びていくことと思います。

勉強に関して困ったことがあればどんなことでも構いません。
いつでも気軽に葛西TKKアカデミーまでご連絡ください。
一緒になってどうすればいいか考えます。
葛西TKKアカデミーはいつでも、全ての生徒の力になれることを望んでいます。

記述問題をあきらめないで!実は知らなくても解けるサービス問題もあります。部分点があるかもしれないので、記述で白紙解答はやめましょう!

記述問題をあきらめないで!実は知らなくても解けるサービス問題もあります。部分点があるかもしれないので、記述で白紙解答はやめましょう!

文科省の教育方針が変わり、入試や学力テストなどでも記述問題が非常に増えています。
それも国語だけではなく、五教科全てにおいて記述問題が目立って増えています。
しかし、記述問題を見ただけで、「もうだめだ。できない。あきらめよう。」と思って、問題すら見ずにやめてしまう生徒がとても多いです。

でも、実は記述問題は簡単に答えられるものが多いのです。
そして、選択問題のように0点か100点かの問題とは違い、部分点があります。
特に入試などの1点が合否を左右するような場合、この部分点が大きく結果に響いてくることもあります。
書かず白紙なら0点ですが、書けば1点でももらえる可能性がある。
ならばやらない手はありません。
少しでも結果を出したい、点数を伸ばしたいと考えるならば、記述問題をやりましょう。
しかも、コツさえ分かってしまえば、意外とすらすらと答えられます。

多くの生徒は記述問題が苦手と言います。
でも、それは文を書くことに慣れていないからで、多くの場合はある程度は書けます。
ある程度書ければ部分点がもらえるので、記述問題はそれで十分です(記述問題は満点を狙うのではなく、部分点を狙う問題です)。
そして、中には予備知識が必要なく、あまり深く考えなくても答える問題もあります。
自分の勝手な「記述問題は難しい」と言うイメージだけで、問題も見もしないで飛ばしてしまうのはもったいないです。

先ずはチャレンジしましょう。
そして、問題に慣れましょう。
つまり、テストを受けるまでにポイントをしっかり理解し実際に書きながら練習するのです。
ここで大事なのが「実際に書く」ということです。
多くの生徒は日本語なのだから書くのは簡単と考えています。
面倒くさがって書かない生徒が多いのですが、いざ書いてみると表現や語彙など適切に使われていない場合が多々あります。
母語だと高をくくっていると、意外と書けないものです。

記述問題をするときは頭で考えて「そうか、そうか」ではなく、実際に書くことが重要です。
日常生活の中でもきちんとした文を手で書く機会が減りつつある現在、受験勉強として時間を取ってしっかり自分の手で書いてください。
先にも述べましたが、文字にしてみると意外とうまく書けず、後で読み直してみると(できれば誰かに読んでもらって指摘してもらうといいのですが)意味が全く分からないなんてこともあります。
最初は模範解答を写すだけでも構いません。
そこから「こうやればいいのか。」「こう書けばいいのか。」と考えながら繰り返していると、だんだんコツが分かってきます。

また実際に書く重要性は書き方を身に付けるだけではありません。
以前指摘したように、最近の生徒は書く「力」、能力ではなく本当の体力としての「力」が衰えています。
すぐに疲れて書けなくなる。
力が無いからしっかり書けず、薄くミミズのはったような字になり読むことができない。
書き続けることに耐えられる力が無いので、すぐに疲れ精神的にも嫌になり集中力が続かない。
運動と同じように肉体トレーニングとしての意味合いもあります。

記述問題など文章を書く方法に関しては別の記事で既にふれたことがあるので、ここでは記述問題を答えるコツをいくつか話しましょう。

先ず、記述問題は難しいことを高尚な表現で書く必要は全くありません。
分かり切ったことをつまらない表現形式でシンプルに書けばいいのです。
文学作品のような芸術的な書き方はしなくていいです(解答に芸術点はありません)。
必要な情報を正確に伝えられればいいのです。
本当に「静岡のお茶の生産量が増えた。」とか「日の出の時刻が早くなった。」など、問題が求める内容をしっかり押さえていれば、極めてシンプルな構成の短い文でいいのです。
しかも、特に図表を使った問題は資料から読み取れる明確で単純な事実だけを聞かれることが多いです。
「日本各地のお茶の生産量の変化を示したグラフから読み取れることを書きなさい。」なんて問題であれば、グラフから生産量の変化がどうなのかだけ読み取り、「静岡のお茶の生産量が増えた。」などと書けばいいのです。
問題を複雑に考えすぎない、答え方を難しくしようとしない。
これで答えられる問題が結構あります。
これは図表さえ正しく読み取れれば勉強していなくても答えられるサービス問題で、これは是非取りにいきましょう。

もう一点だけコツを述べましょう。
問題に出てくる図表や資料は意味なく出されている訳ではありません。
何らかの意図があり、出題者は解答者がその意図を読み取り求める解答をしてくれることを期待しているのです。
だから、なぜこの資料があるのかを理解することが大事です。
この資料のどこの部分を使って答えさせたいのか、この資料が解答にどのようにつながっていくのかが分かれば、答えを書くことも簡単です。
例えば、グラフの変化から今後どのようなことが起こると予想できるか、資料のどの部分がきっかけで事件が起きたのか、この実験は何を知りたいから行ったのかなど。
解答者に資料から何を分かってほしいのかを出題者の立場で考えられるようになると、資料を見たときに「あ、これを言ってほしくてこの資料を出したんだな。」と分かってきます。
この部分は慣れも必要なので、やはり記述問題にたくさん当たること(質より量)が大切です。

以上の点を踏まえて、書き方をしっかり身に付け、後は繰り返し練習すれば記述問題は驚くほどできるようになっていきます。
短期に得点を上げたいと考えるなら、記述問題に着目するのもいいかもしれません。

どの問題もそうですが、最初の見た目に騙されてやる前から問題を諦めるのはやめましょう。
やってみると意外と簡単だったということはよくあります。
逆に点数の低い生徒は、戦う前から既に白旗をあげている人が多いように思えます。
頭がいい悪い以前の問題、心構えの問題で、やる前から自分の負けを認めている。
原因はその生徒のメンタル構造によるのですが、この点はまた別の記事で。

記述は難しいとよく言われますが、実は記述はそれほどでもありません。
むしろ勉強で覚えていなくても、資料の読み取りだけでできてしまうラッキー問題であることの方が多いのです。
なぜなら書き方は自由だし、書けば何点かもらえるかもしれないし(完璧な解答でなくてもいい)、図表や資料に書いてあることを素直に読み取れば単純な答えでいい場合もあるからです。
食わず嫌いはやめて、チャレンジしてみましょう。
分かってしまえば、どんどん解けるようになります。

どうしても記述問題に対する勉強の仕方などが分からないときは、葛西TKKアカデミーまでご連絡ください。
喜んでご指導いたします。

学校が生徒に配布したタブレット端末によるいじめで小6の生徒が自殺した問題について考えます。(その二)

学校が生徒に配布したタブレット端末によるいじめで小6の生徒が自殺した問題について考えます。(その二)

以前お話したこの事件ですが、教育のICT化問題といじめの問題に区別して考える必要があると述べました。
そこで前回はICT運用の観点からこの事件の問題点は何か、防ぐことはできなかったのか検証していきました。
今回は第二弾として、この事件をいじめの問題と捉え、学校の対応などの面から適切であったか考えてみたいと思います。

先ずは事件の概要をざっと見てみましょう。
去年の11月に町田の小学6年生がいじめを苦に自殺をしました。
この小学校は20年前からタブレット端末を導入し授業や家庭学習、課外活動などに積極的に活用していて、日本の教育のICT化の先駆けとなって注目されていました。
しかし、ICTの運用にあたってはほぼ児童任せで、パスワードが全員同じであったり、IDが簡単に分かるなど、セキュリティや使用制限の面では問題が指摘されています(児童たちは容易に暴力的コンテンツやゲームなどにアクセスできました)。
実際にSNS上に特定児童への誹謗中傷が書かれ、しかも誰でも他人のIDを使ってログインできることから、なりすましによる悪意ある発言もあったようです。
今回自殺した生徒も学校配布のタブレット端末使ったSNSへの誹謗中傷が原因の一つと考えられています。
以上のような経緯から、タブレット端末を児童全員に配ることへの疑問が持たれ、GIGAスクール構想にも大きな影を落とすことから、文科省も事態を深刻に受け止め調査に入りました。

タブレット端末の使い方などICT教育の問題としての議論は前回しましたので、今回は主に学校側の対応を中心にいじめ問題として考えてみたいと思います。

このような児童生徒の自殺はこれまでも何度も何度も起き、その都度問題視されてきましたが、未だに改善されているようには見えません。
問題の起きた学校はたいてい自殺の全段階であるいじめの段階で把握していました。
しかし、そのいじめの対応は紋切り型で、例えば当事者同士を教員の前で話し合わせ、加害者が被害者に謝罪(形式的であれ)させて問題解決として終わり。
被害者がどれほどの苦痛を味わい、加害者が本当に自分の行いを理解し悔い改めようとしているかは全くお構いなし。
基本的に外部に知られないように隠蔽に走り、当事者をなだめ卒業するまで表沙汰にならないようにするのに苦心する。
このような対応が頻繁に行われます。
学校は閉ざされた空間になりやすく、外部からは何が起こっているのか非常に見えづらくなっています。
だから、「問題を解決しようとするより、卒業して無関係となるまでなんとか問題を抑え込んでので無罪放免になるのを待つ」方が楽なのでしょう。
下手にまともに受けて外部から責任追及の圧力を受けては昇進にも関わる。
そうやって問題を直視しないで、その場しのぎでごまかしてきたからこそ、いじめとそれを苦にした自殺の問題が今も改善しないのです。

今回の事件もこのような隠蔽、ごまかしが見られました。
そこにICTの利用が絡み、この小学六年生の自殺がより注目されるようになりました。

元々、この女子がいじめにあっていることは自殺の2か月前に当たる九月の段階で学校は把握(校内アンケートで発覚)していたようです。
学校はいじめを行ったとこの女児から名指しされた児童に謝罪をさせて、この問題は解決済みとしました。
そして、この女児がいじめにあっていたという事実は保護者には伝えられなかったそうです。
タブレット端末に彼女への誹謗中傷が書き込まれていたことは、何人かの友人や他の保護者には知られていたようで、学校もこの女児の殺し方と書かれたノートも保管しているそうです。
しかし、肝心の彼女の親には伝えられていませんでした。
親としては普通に問題なく学校に通っていると思っていた矢先の突然の自殺となり、そのショックは計り知れないものと想像できます。

自殺が発覚後、両親は学校に情報公開を依頼しましたが、当初は解決済みの問題と受け付けなかったようです。
その後、学校はこの両親に経緯など説明しましたが、肝心のタブレット端末に書き込まれていたという女児への悪口は何者かによって消去されていたそうです。
この点に関しては以前話したようにセキュリティの問題から誰でもSNSにアクセスでき(なりすましが横行)、学校関係者(児童、教員、保護者)の誰かがログインして削除したと思われますが、学校の説明は「ハッキングに遭い、不思議なことに彼女への悪口が消えてしまった」というお粗末なものでした。
システム上、削除された内容の復元は可能だそうですが、パスワードが共有されているので、誰が書いたかの特定まではできないそうです。
自殺してしまった児童が残した遺書が、ことの顛末を知る信頼できるの主な手掛かりと言うのはとても悲しすぎます。

自殺後、学校は女児の死亡について他の児童に明確に説明しませんでしたし、加害者への追及も行いませんでした。
それは今回の事件についえ追及することで加害者の児童も自殺することを恐れたためだそうです。
この点に関しては、被害者を守ろうとしないで加害者を守ろうとするという指摘(いじめの問題が起きたときはよく指摘されること)もありました。
保護者を集めての説明会もあったようですが、自殺した児童の親からそっとしてほしいという希望があった(これは嘘)との理由で死亡したことは伝えましたが、それが自殺とは伝えなかったそうです(今流行っているコロナウイルスによる死亡と考えた保護者もいたようです)。
また、いじめの問題は既に解決済み(実際は解決していなかったのだが)で、児童の自殺といじめの関係はないという説明も今年の三月の保護者会までしてきたようです。
このように学校は自殺とつまびらかにすることを避け、できるだけ先延ばしにしようとした姿勢がうかがえます。

そして、今回メディアを通してニュースが流れた訳です。
「一人一端末」を達成したタイミングでのこのニュースに文科省も調査に乗り出すとしています。
因みに、当時この学校の校長を務めは、教育のICT化の先駆けとしての実績が評価され、現在は区の教育長に栄転されたそうです。

いじめ問題として考えた場合、このように学校の対応は、これまで問題となった他校とさほど変わることはありませんでした。
そこにタブレット端末が絡み、タブレット端末の配布の是非も議論されるようになりました。
多くの意見では配布の中止は行き過ぎだが、何らかの制限、ルール作りやICTの扱いに関する情報モラルの教育の必要性が論じされました。

しかし、教育のICT化が人殺しに使われたのは事実です。
タブレット端末の全員配布、学校のITC化とうたい文句ばかり先走って、中身をしっかり本気で構築していないのが最大の問題点だと思います。
功を焦るばかりに、尊い児童の命を犠牲にしてしまったという自覚が文科省を始め学校教育関係者にどれほどあるのでしょうか(命の軽視は、今回のコロナ禍でも政府の対応の中に見られました)。
このような先端技術は、先生を飛び越して生徒の方が長けている場合が多くあります。
日常業務の多忙に加えてプロではない先生が教育のICT化にどれほどついていけているのでしょうか。
これは直接生徒に関わる現場には深刻な問題です。
よく考え対応していく必要があります。

そして、これまでもそうだったように、いじめと自殺の問題に対して、その場しのぎやごまかしでなく、教育者なら自分の保身よりも先に、本気で生徒と向き合い若い命を全力で守ってほしかった。
毎度のことになりますが、このような悲劇が二度と起きないように願います。

最後に、葛西TKKアカデミーは将来のある子供たちが、自分の人生をあきらめてしまうことを非常に残念で悔しく思います。
非力ではありますが、もしこちらで何らかの力になれるようでしたら遠慮なくご連絡ください。
喜んでご協力致します。
何より命が大切です。