塾長ブログ
2021.10.05
学校が生徒に配布したタブレット端末によるいじめで小6の生徒が自殺した問題について考えます。(その二)
以前お話したこの事件ですが、教育のICT化問題といじめの問題に区別して考える必要があると述べました。
そこで前回はICT運用の観点からこの事件の問題点は何か、防ぐことはできなかったのか検証していきました。
今回は第二弾として、この事件をいじめの問題と捉え、学校の対応などの面から適切であったか考えてみたいと思います。
先ずは事件の概要をざっと見てみましょう。
去年の11月に町田の小学6年生がいじめを苦に自殺をしました。
この小学校は20年前からタブレット端末を導入し授業や家庭学習、課外活動などに積極的に活用していて、日本の教育のICT化の先駆けとなって注目されていました。
しかし、ICTの運用にあたってはほぼ児童任せで、パスワードが全員同じであったり、IDが簡単に分かるなど、セキュリティや使用制限の面では問題が指摘されています(児童たちは容易に暴力的コンテンツやゲームなどにアクセスできました)。
実際にSNS上に特定児童への誹謗中傷が書かれ、しかも誰でも他人のIDを使ってログインできることから、なりすましによる悪意ある発言もあったようです。
今回自殺した生徒も学校配布のタブレット端末使ったSNSへの誹謗中傷が原因の一つと考えられています。
以上のような経緯から、タブレット端末を児童全員に配ることへの疑問が持たれ、GIGAスクール構想にも大きな影を落とすことから、文科省も事態を深刻に受け止め調査に入りました。
タブレット端末の使い方などICT教育の問題としての議論は前回しましたので、今回は主に学校側の対応を中心にいじめ問題として考えてみたいと思います。
このような児童生徒の自殺はこれまでも何度も何度も起き、その都度問題視されてきましたが、未だに改善されているようには見えません。
問題の起きた学校はたいてい自殺の全段階であるいじめの段階で把握していました。
しかし、そのいじめの対応は紋切り型で、例えば当事者同士を教員の前で話し合わせ、加害者が被害者に謝罪(形式的であれ)させて問題解決として終わり。
被害者がどれほどの苦痛を味わい、加害者が本当に自分の行いを理解し悔い改めようとしているかは全くお構いなし。
基本的に外部に知られないように隠蔽に走り、当事者をなだめ卒業するまで表沙汰にならないようにするのに苦心する。
このような対応が頻繁に行われます。
学校は閉ざされた空間になりやすく、外部からは何が起こっているのか非常に見えづらくなっています。
だから、「問題を解決しようとするより、卒業して無関係となるまでなんとか問題を抑え込んでので無罪放免になるのを待つ」方が楽なのでしょう。
下手にまともに受けて外部から責任追及の圧力を受けては昇進にも関わる。
そうやって問題を直視しないで、その場しのぎでごまかしてきたからこそ、いじめとそれを苦にした自殺の問題が今も改善しないのです。
今回の事件もこのような隠蔽、ごまかしが見られました。
そこにICTの利用が絡み、この小学六年生の自殺がより注目されるようになりました。
元々、この女子がいじめにあっていることは自殺の2か月前に当たる九月の段階で学校は把握(校内アンケートで発覚)していたようです。
学校はいじめを行ったとこの女児から名指しされた児童に謝罪をさせて、この問題は解決済みとしました。
そして、この女児がいじめにあっていたという事実は保護者には伝えられなかったそうです。
タブレット端末に彼女への誹謗中傷が書き込まれていたことは、何人かの友人や他の保護者には知られていたようで、学校もこの女児の殺し方と書かれたノートも保管しているそうです。
しかし、肝心の彼女の親には伝えられていませんでした。
親としては普通に問題なく学校に通っていると思っていた矢先の突然の自殺となり、そのショックは計り知れないものと想像できます。
自殺が発覚後、両親は学校に情報公開を依頼しましたが、当初は解決済みの問題と受け付けなかったようです。
その後、学校はこの両親に経緯など説明しましたが、肝心のタブレット端末に書き込まれていたという女児への悪口は何者かによって消去されていたそうです。
この点に関しては以前話したようにセキュリティの問題から誰でもSNSにアクセスでき(なりすましが横行)、学校関係者(児童、教員、保護者)の誰かがログインして削除したと思われますが、学校の説明は「ハッキングに遭い、不思議なことに彼女への悪口が消えてしまった」というお粗末なものでした。
システム上、削除された内容の復元は可能だそうですが、パスワードが共有されているので、誰が書いたかの特定まではできないそうです。
自殺してしまった児童が残した遺書が、ことの顛末を知る信頼できるの主な手掛かりと言うのはとても悲しすぎます。
自殺後、学校は女児の死亡について他の児童に明確に説明しませんでしたし、加害者への追及も行いませんでした。
それは今回の事件についえ追及することで加害者の児童も自殺することを恐れたためだそうです。
この点に関しては、被害者を守ろうとしないで加害者を守ろうとするという指摘(いじめの問題が起きたときはよく指摘されること)もありました。
保護者を集めての説明会もあったようですが、自殺した児童の親からそっとしてほしいという希望があった(これは嘘)との理由で死亡したことは伝えましたが、それが自殺とは伝えなかったそうです(今流行っているコロナウイルスによる死亡と考えた保護者もいたようです)。
また、いじめの問題は既に解決済み(実際は解決していなかったのだが)で、児童の自殺といじめの関係はないという説明も今年の三月の保護者会までしてきたようです。
このように学校は自殺とつまびらかにすることを避け、できるだけ先延ばしにしようとした姿勢がうかがえます。
そして、今回メディアを通してニュースが流れた訳です。
「一人一端末」を達成したタイミングでのこのニュースに文科省も調査に乗り出すとしています。
因みに、当時この学校の校長を務めは、教育のICT化の先駆けとしての実績が評価され、現在は区の教育長に栄転されたそうです。
いじめ問題として考えた場合、このように学校の対応は、これまで問題となった他校とさほど変わることはありませんでした。
そこにタブレット端末が絡み、タブレット端末の配布の是非も議論されるようになりました。
多くの意見では配布の中止は行き過ぎだが、何らかの制限、ルール作りやICTの扱いに関する情報モラルの教育の必要性が論じされました。
しかし、教育のICT化が人殺しに使われたのは事実です。
タブレット端末の全員配布、学校のITC化とうたい文句ばかり先走って、中身をしっかり本気で構築していないのが最大の問題点だと思います。
功を焦るばかりに、尊い児童の命を犠牲にしてしまったという自覚が文科省を始め学校教育関係者にどれほどあるのでしょうか(命の軽視は、今回のコロナ禍でも政府の対応の中に見られました)。
このような先端技術は、先生を飛び越して生徒の方が長けている場合が多くあります。
日常業務の多忙に加えてプロではない先生が教育のICT化にどれほどついていけているのでしょうか。
これは直接生徒に関わる現場には深刻な問題です。
よく考え対応していく必要があります。
そして、これまでもそうだったように、いじめと自殺の問題に対して、その場しのぎやごまかしでなく、教育者なら自分の保身よりも先に、本気で生徒と向き合い若い命を全力で守ってほしかった。
毎度のことになりますが、このような悲劇が二度と起きないように願います。
最後に、葛西TKKアカデミーは将来のある子供たちが、自分の人生をあきらめてしまうことを非常に残念で悔しく思います。
非力ではありますが、もしこちらで何らかの力になれるようでしたら遠慮なくご連絡ください。
喜んでご協力致します。
何より命が大切です。
2021.09.30
勉強ができない子の特徴
長い間いろいろな生徒と触れていると、勉強のできない生徒の特長がいくつか見えてきます。
今回はそのような特徴をあげながらお話したいと思います。
1.質問に正しく答えない
よくあるのが質問に正しく答えないということです。
これは答えが間違っているという訳ではなく、こちらの質問で聞かれていることに対して答えていないということです。
例えば、花壇に咲いている花の本数を答えるために、こちらが先ず「チューリップは何本咲いていますか。」と質問します。
そして、咲いているチューリップの本数を答えてくれればいいのですが、いきなり全体の咲いている花の本数を答える。
確かに最終的には全体の本数を答えるのですが、今質問しているのはチューリップの本数だからチューリップの本数を答えてほしいです。
「そんな細かいことどうでもいいじゃないか。」「最終的な解答にたどり着いたのだからいいじゃないか。」という人がいるかもしれません。
でも、実はこの「聞かれたことに答える」と言うのが勉強においては非常に重要になります。
今回の例は非常に簡単なので大丈夫ですが、これから入試など高度な問題に取り組むとき、日頃から聞かれたことに正確に答える癖をつけていないと、問題で何が聞かれているのか分からず、自分の勝手な思考がどんどん進み、頭の中が混乱して問題の意味すら分からなくなってしまいます。
落ち着いて一つの質問に一つの答えを出して、一歩ずつ着実に正解に向かって解き進められるようになればこのようなこともなくなるでしょう。
これは日常の会話の中でも訓練できます。
子供に質問した時、こちらが求めている回答になっているか確認し、なっていなかった場合は注意してあげましょう。
こうすれば会話がかみ合わないことも防げます。
特に慌て者で答えをせく生徒に、質問の二歩三歩答えてしまう傾向が強いです。
じっくり会話ができるように時間のゆとりがある生活を心がけましょう。
2.ノートをきちんと取らない
次によくあるのがノートを取らないことです。
ノートを取るのは勉強の基本で、授業で習ったことを忘れないようにメモし整理し、後で見直してやった内容を確認し定着させます。
少なくとも黒板に書いてあることぐらいはノートに書くと思いますが、勉強のできない子はノートを取らないで、ただ座って聞いているだけ。
それも集中して一言一句逃さないように聞いているならまだましですが、ぼーっと聞いて結局何を話したか全く頭の中に残っていないということがよくあります。
「勉強でノートを取る」と言う基礎的なことができていないのです。
これは知らないという場合もあるでしょうが、多くの場合は面倒くさがって書かないようです。
こちらが言って何とか書かせても、日頃から書くことに慣れていないので、すぐに疲れ、ノートもまとまりがなく、あちこちに飛んだり、じがぐちゃぐちゃで本人ですら読めなかったりします。
これでは何の役にも立ちません。
また、ノートを書くということは学んだ情報を視聴覚だけでなく、手を使ってより多くの刺激と感覚で覚えるので学習内容が頭に残りやすくなります。
また、書くとき頭の中で復唱しながら書くので、先生の言ったことや書いたことへの理解が深まります。
とにかく勉強は肉体労働であり、体全体を使い、より多くの刺激を与えた方が身に付きます。
また、書くことはテストの記述問題でも必要なスキルなので、ノートを取るということはこういう点においてもよい練習になります。
3.余計なことを考えすぎ、すぐに勉強に取り掛かれない
勉強は先ずやること、やらなきゃ始まらない。
しかし、勉強ができない生徒はこの「やる」にたどり着くまでが一苦労のようです。
何も考えず言われた問題を解く、言われたところを読むなどすればいいのですが、それをする前に「なぜ自分は勉強をしなくてはいけないのか。」「友達と○○したいな。」「明日の天気はどうなっているのだろう。」と余計なことばかり考え勉強まで手が回らなくなってしまいます。
「なぜ勉強しないといけないのか。」「勉強にどんな意味があるのか。」などと言うのは特に女子に多いように見えますが、男子にもいます。
これは勉強に対する拒絶反応を正当化すべく行っていることで、明確な答えが出ないのを分かっていてわざと考えているように思えます。
こちらとしては「そんなのどうでもいいから早く勉強しない。」と言いたいところですが、「勉強するに十分な納得のいく理由が示されない限り、自分が勉強しないことは正当化される。」、そういう期待で思考を巡らせているのかもしれません。
非常に厄介で、一緒にまともに考えていたら時間が過ぎ、勉強ができなくなります。
明確な答えがあればそれで問題解決ですが、そうでないなら一度じっくり親子で一緒に話し合う時間を設けることも大事です。
4.授業の勉強で終わりと思っている
勉強は授業でやればそれで終わりで、後は勉強しなくてもいいと思っているようです。
だから、家に帰ればもう勉強はしない。
宿題も提出という体裁だけ整えて、自力で解かないで答えを写す。
しかし、授業でやった内容は一発で完全に習得できるものではありません。
学年に上がれば上がるほどそうですが、未だに小学校低学年のような感覚で、授業以外で勉強をする必要はないと考えます。
だから、次の授業までに前回学んだことがほとんど(全く?)記憶に残っていません。
勉強は積み重ねなので、前述のことをマスターしなければ先に進めないという基本的なことが分かっていない(分かっていてもそうできない)のです。
結局前回習ったことが「ゼロ」だから、もう一度やってもやはり授業だけでは身に付かず「ゼロ」のまま。
なので、何回やっても最初のところから先に進めず、いつまで経っても勉強のできないままです。
今回習った内容は次の授業までにきちんと覚える。
これの積み重ねが大きな差を生みます。
5.自分はできないと思い込んでいる
勉強できない子は自分を信じていない子が多いようです。
自分はできないんだから勉強しても無駄。
でも、これは実は勉強しない口実だったりするのです。
自分が勉強できないのは生まれながらの能力のなさが原因で、いくら頑張ったところでできないのだから勉強する意味がない。
だから勉強はしなくてもいいと自分を正当化して、勉強をやらなくてはならない圧力から逃れようとするのです。
しかも、この論法であれば勉強できない原因は自分の持って生まれた才能のなさであり、自分自身のせいではないと言えるので、あえて自分ができると信じないのです。
信じてできるようになってしまうと、今以上に勉強させられると恐れているのです。
しかし、一見正しそうに見えるこの理屈ではいくつかの矛盾点もあり、本当は正当化できないのですが、この点に関しては別の記事にて。
自分はできないと言い張って、それを口実に勉強から逃避したいので、自分を信じないようにしていると考えます。
厄介なことは、単純に信じないのではなく、自主的に信じていない点です。
前者であれば、小さな成功経験を積ませれば自信がついて、やがて自主的に勉強に取り組めるようになり、成績も上がるでしょう。
しかし、後者であれば、よほどのことがない限り、「頑張れば勉強ができるようになる」ことを受け入れさせるのは困難です。
以上、勉強ができない生徒の特長を五つご紹介しました。
もちろん、他にもありますが、今回はここまで(また機会があればいずれ)。
いずれも正すには骨が折れる代物です。
でも、生徒の心理をよく理解して個別に対応するしかないでしょう。
全ての生徒に効く特効薬はありません。
一人でどうにかしようとするとどうしても限界があるので、様々な人の意見などを参考にして指導に当たるのがいいです。
なぜなら、より多くの選択肢の中からいろいろ試して、より最適な対応策を見つけられるからです。
その際は葛西TKKアカデミーも考慮に入れていただけるとありがたいです。
2021.09.28
学校が生徒に配布したタブレット端末によるいじめで小6の生徒が自殺した問題について考えます。
二週間ほど前のニュースになりますが、学校の配布したタブレット端末を使っていじめが起こり、それが原因で小6の女子が自殺したというものがありました。
折しも、コロナ禍による休校などの事態に備えるため、今年度から児童生徒全員に一人一端末配布を宣言し、形の上では宣言を達成した(ただ配るという意味では実現していますが、有効に使いこなし教育に生かされているかどうかは別の問題です)ときでのニュースです。
タブレット端末を全員が持ち、オンライン授業が可能となれば何が起きても勉強を滞らせることがなくなると高をくくっていた矢先のニュースに、文科省も慌てて調査を開始すると明言しました。
この事件は、今回のタブレット端末配布よりもずっと前に起きたこと(去年の11月)であり、直接の関係はないという点に注意してください。
しかし、自殺が起きた町田の小学校はICT先進校として名をはせていた学校です。
他校より先んじた学校でICTを使ったいじめによる自殺が起きたということは、一人一端末を終えた今、このような事件はどの学校にも起こり得ると考えなくてはなりません。
従って、他人事ではなく自分のこととして、学校関係者は考えなくてはなりません。
そこで今回議論するわけですが、この件に関して私は教育のICT化の問題といじめの問題とに区別して考える必要があると思います。
先ずは教育のICT化について。
文科省はこれまで教育のIT化を急ぎましたが、学校の先生方はこの分野の専門家ではなく、技術的にも知識的にも長けている訳ではありません。
現場で使う指導者の訓練を十分に積み、ある程度のスキルを獲得してから実践に移すべきですが、文科省はタブレット端末の配布を急ぐあまり、それをやってきませんでした(十分な準備もせずに新しい技術や教授法を導入して失敗するというのはこれまでも頻繁にあるパターンですが)。
半ば素人のような先生方がいきなり実践を求められてもうまくいくはずはなく、その利用にいくつかの穴があってもおかしくありません。
これはICT先進校でも同じで、今回の事件もICTを軽く見過ぎた学校の運用に問題がありました。
学校の裏アカウントなど、SNSを通したいじめというのは以前から問題になっていました。
昔と違い、IDとパスワードを持つメンバーしかアクセスできないSNSというツールはいじめを外部から見つけにくくしました。
時には当人が知らないうちに、メンバー内での悪口などが広がり、本人が理由も知らないまま仲間外れにされたり、気づかないうちに評判を落とされたりするなどの形で現実世界に現れることもあります。
また、同じメンバーシップを持つ仲間の間でも、一人の人物への集中的ないじめが起きることもあります。
このようにSNSは便利な道具ではあるのですが、扱い方によっては子供たちの心を傷つける凶器にもなるのです。
スマホやiPadは家庭によって持つ持たないに分かれていましたが、学校教育のICT化は全ての生徒にこの凶器へのアクセスを可能にするのだという認識が事件の起きた小学校では足りなかったようです。
そして、この点が今回の自殺の大きな根本的原因の一つとなりました。
一般的にICTなどを利用する際は他の人が不正にアクセスできないように、IDとパスワードを設定します。
そして、これらは高度な個人情報として厳重に管理されなければなりません。
しかしこの学校では、IDは組番号+タブレット端末の番号、パスワードは全員同じという状況だったようです。
これでは簡単に他人の端末にアクセスできます。
実際にこの事件でも、いじめをした生徒が他の生徒になりすましをして、この児童に誹謗中傷を投げかけていたようです。
しかも、投稿した内容が発覚するのを恐れたのか、何者かがログインしてコメントが削除されていたそうです。
このIDとパスワードの問題はITを扱うものなら基礎中の基礎であり、学校の管理はお粗末であったというしかないでしょう。
では、この問題は未然に防ぐことができなかったのでしょうか。
いじめ自体が防げるかというと難しい問題ですが、少なくとも学校のタブレット端末を使ったSNSによるいじめは防げたと思います。
生徒や児童が持つスマホやタブレット端末からSNSを通したいじめというのは既に社会的にも認識されています。
学校関係者なら当然認識してなくてはなりません。
もしそうでないのならば、この学校のいじめ対策は不十分です。
子供たちは最初ゲーム感覚で個の生徒に対するいじめをしていたようです(いじめた本人はいじめではなく軽いおふざけと考えたいたようです)。
しかし、それが一人の同級生を死に至らしめた。
いじめに対する教育の問題でもありますが、もっと現実に起きているインターネットやSNSで自殺者が出たニュースや人生を台無しにしたニュースを取り上げるなどして、子供たちに自分たちの使っているツールが便利なだけでなく、恐ろしい凶器にもなることを理解させなくてはなりません。
また、子供たちは大人たちが思っている以上にこのような新しい道具を使いこなしてしまうので、学校の先生方の上をいくような使い方をすることも覚えておく必要があるでしょう(例えば、授業中にこっそりチャットしたり)。
今回はこの事件を教育のICT化の観点から考えてみました。
教育のITC化はこれまでの日本の教育にはないことなので、試行錯誤の面は否めないでしょう。
しかし、今回の事件に関して言えば、ICT先進校にも関わらず、ICTに対する認識が甘かったと言わざるを得ません。
ICTが学校に急速に普及し、全ての生徒児童がタブレット端末を手にしています。
しかし、その使用に関しては明確なルール作りが進んでおらず、このような負の面に対する教育も進んでいません。
この非常に危うい状況をいち早く改善し、誰もがICTによって恩恵のある教育が受けられるように、教育関係者は本気で取り組まなければならないと考えます。
この事件をいじめの問題として捉えた議論はまた後日致します。
2021.09.13
先日話した、都立高校入試でスピーキングテストが導入されるという件。そこに問題点はないのでしょうか。
先日お話しましたが、東京都では今年度の次の受験生から、都立高校の入試にスピーキングテストを加える方向で準備を進めているようです。
計画通りであれば、最初のスピーキングテストは来年秋に実施されます。
ご存知だと思いますが、実は大学入試でもスピーキングテストを導入しようという動きがありました。
文科相もギリギリまで実施するとしていましたが、直前になって方向転換、テストの導入を延期しました。
それまで多くの保護者、生徒、学校関係者からスピーキングテストを大学入試に加えることに対する疑問、質問に答えず、日程だけ決めて実施を狙っていましたが、突然の延期に生徒を始め現場は実施よりもかえって混乱しました。
そうでなくても精神的に追い詰められる大学入試なのに、入試制度の改変、コロナ禍、学校の一斉休校で比べ物にならないくらいの不安とストレス、プレッシャーを受けていた受験生。
スピーキングテストの混乱は彼らを輪をかけて苦しめました。
これも全て生徒のことを真剣に考えず、己の思惑を優先する思慮の浅い大人たちによって起こされたことであり、本当に昨年度の受験生には同情します。
そして、今回実施されようとする都立入試におけるスピーキングテストは大丈夫なのでしょうか。
大学入試の経験から考えるならば、生徒や保護者、教育現場からの反対の声が強くなり、その問題点がメディアなどを通して世間に共有されればギリギリの中止もあり得ない話ではないでしょう。
ただ、現状を見る限りそのような世間の動向は表立っておらず、現実的には中止の可能性は少ないと思われます。
これは東京都だけの問題であり、国民レベルで議論されないからと言うのが理由の一つだと思われます。
また、そもそも都立高校の入試でスピーキングテストが導入されるということを知らない人が多いのも理由になるでしょう。
大学入試に比べて圧倒的にニュースなどの話題にはなっていません。
現在の政府はかなり強気な態度をとっているので、世論のよほど強い反対がない限りは中止はなく、スピーキングテストを押し切ると予想されます。
では、実際に実行可能か考えてみましょう。
大学入試と比べると都立高校の入試は当然規模が小さくなります。
大学入試の受験者数が100万人を超えるのに対して、都立高校入試の受験者数は3万~4万人程度です。
規模が小さい分、準備及び実施に必要な人員は少なくて済むでしょうし、機材なども少なくて済むので大学入試よりも簡単と言えるかもしれません。
会場も都内に限られるので、試験会場の確保も比較的容易となりえるでしょう。
しかし、入試という性質上、試験をただやればいいという訳にはいきません。
誰もが試験とその結果を十分妥当と見なせるものにしなくてはなりません。
そう考えてみると、話は変わってきます。
一番の問題点は公平性です。
大学入試でのスピーキングテストの中止の最大の理由が、公平性が十分確保されていると世間が認識していないことでした。
採点はあくまでも採点者の裁量によるもので、同じ解答でも採点者によって点数が分かれます。
同様のことが都立高校入試のスピーキングテストにおいても起こるのではないかと懸念されています。
マークシートのような選択問題などと違って、正誤が明確ではなく採点者の判断で点数が変わってくることは避けられません。
1点、2点で合否が分かれるような重要な試験において、どの採点者に当たるかという運の要素が強いということは、公平性に欠けると考えられますし、多くの保護者、受験生はその点が心配だと思います。
これに対して実施主体であるベネッセは、採点者は徹底したトレーニングを積んでおり、評価も複数の採点者で行うので公平性に問題はないとしています。
ただ、この「徹底したトレーニング」とはどのようなものか、実際にどのように行われているかは不明です。
この採点の拠点はフィリピンにあるそうですが、外部の者に実態はなかなか見えてきません。
誰が採点するのかも具体的には分かりません。
大学入試のスピーキングテストでは、ベネッセは採点にアルバイトを当てることにしていましたが、これが大きな批判を受け、テストの中止につながっています。
果たして、今回のテストでもそれなりの資格のある人材によってなされるのか。
3万人の採点なので相当数の人材が必要と考えられますが、果たして確保できるのでしょうか。
できなければ、当然アルバイトも考えられます。
でも、今回は採点の拠点が海外なので、私たちがそれを知ることは難しいでしょう。
それに、タブレット端末などで録音した音声を拠点に送って採点するわけですが、実施して期日に間に合わないようであれば当然公平性より期限が優先されることは考えられ、一貫して全員が同等の採点を受けるかどうかも疑問です。
プレテストでも採点は行われましたが、本番は規模が断然違うので本当に公平に採点できるのか分かりません。
東京都教育委員会は「公平な採点について確認済み」としているようですが、それは東京都教育委員会が実際に現地へ行って確認したわけでなく、ベネッセを通して「採点の公平性に問題はない」と聞いただけです。
次に問題なのは安全性です。
新型コロナウイルスが蔓延している中、今年の受験シーズンに入学試験は行われました。
しかし、現在のコロナウイルスはその時よりも感染力が高いもの、若者でも感染し重症化するより強力なものとなっています。
コロナ禍が来年どうなっているかは今のところ不明です。
次々と新しい株が生まれ感染の波が収まりません。
もし、現在のような状況で受験生がスピーキングテストを受けるならば感染に対する対策が必要です。
そして、このテストが音声を録音するものであるということを考慮すると、感染予防も特別なものになるでしょう。
普通の試験会場のような環境であれば、声を出せば飛沫が広がり感染の危険性が高くなるでしょう。
個別に仕切られたとしても、受験生が録音するときに録音機器など飛沫が飛ぶでしょうから、徹底した消毒が必要となってきます。
そのような手順でテストを実施するのかよく分かりませんが、かなりの工夫が求められるでしょう。
因みに、これまで行われたプレテストはどうだったかと言うと、クラスを半分に分け、それぞれ15分間、窓が閉められた教室で受験生は一斉に声をあげて録音していたそうです。
感染予防としてマスクの着用はなされたようですが、文科省の衛生管理マニュアルの「感染症対策を講じてもなお感染のリスクが高い学習活動」に相当するそうです。
もう一つ指摘されている問題点は、特定企業の営利のために入試が利用されているのではないかということです。
このスピーキングテストは東京都とベネッセの協働で行われることになっていますが、実際はシステムの構築から実施運営までベネッセが主体となっています。
テストを作るのはベネッセなので、テストで良い点を取るにはベネッセが販売している問題集やテキスト、通信教材などをやった方がいいと考えるのは妥当です。
そうでなるならば、ベネッセはスピーキングテストにおいて他の企業より優位な立場で営利追及、独占ができます。
また、テストを受けるにはベネッセIDが必要で、発行に当たっては個人情報の登録も要求されます。
以前、個人情報流出問題があったベネッセなので、個人情報の登録は拒否したいと思っても、情報提供しなければテスト申込みを承諾しないそうです。
つまり、テストを受けるためにはベネッセに個人情報を出さなければならないのです。
ベネッセは個人情報は年度末までに消去する方針ですが、これらの情報に基づいて販促、営業ができます。
受験生の個人情報は業界にとって大きな価値のあるものなので、ここでも ベネッセの営利のために利用されないか疑問です。
いづれにしても、大学入試もそうですが、今回の教育改革においてベネッセが学校教育に落とす影が非常に大きくなっているのを感じます。
文科省は子供たちの未来を照らす教育を本気で考えるべきであり、民間癒着とまで言えるかどうかは分かりませんが、特定企業の利益のために子供たちの人生を掛けた試験、教育を利用しないでほしいと切に思います。
(本来教育は営利とはかけ離れたものであるべきで、だからこそ公共性の高いものとして存在すべきです。)
学校で「話す」技能をどのように教えるのかという問題もあります。
教室では日本語英語で教えている先生も多く、本当に正しく教えるならば、音声学や社会学、文化など学校の先生のトレーニングも必要です。
でも、おそらくこれらはなされず、生徒によっては十分な教育を受けずに(準備もままならないまま)本番のテストに放り込まれるのでしょう。
一方で、きちんと英語が教えられる先生の下で指導を受けた生徒は当然テストでも有利になります。
ここでも公平性の問題が出てきます。
都立高校入試における「スピーキングテスト実施」に関する問題点を指摘してみました。
他にも問題点があるでしょう。
でも一番の問題は、このスピーキングテストについて世論が盛り上がっていないこと、世間に知られていないことだと思います。
そうでなければチェック機能が働かず、政府の勝手な都合で話が進み、最終的に生徒たちや社会的弱者が大きな損害を被ることになりかねません。
良し悪しはそれぞれの考えなのでいいです。
スピーキングテストを行うこと自体は別に悪いことではないと個人的に思います。
問題はその方法です(今の教育改革を見ると目的はいいのですが、実践手段が疑問であることが多い)。
従って大事なのは、実際にスピーキングテストが行われる前に、他人任せにしないでみんなで議論し、どうすれば受験生にとって最も有益かを考えることだと思います。
2021.09.09
定期テスト直前、この週末が最後のチャンス!葛西TKKアカデミー恒例、塾無料開放!塾生でなくても参加可!一緒にテスト勉強しましょう。
葛西TKKアカデミーのニュース
いよいよ中間テストが目前に迫ってきました。
来週が中間テストの中学校が多いようです。
ということは、この週末がまとまって勉強できる最後のチャンスとなります。
この機会を有効に利用して、テストで良い成績を修めましょう。
そこでお馴染み、葛西TKKアカデミーの「塾無料開放」!!!
誰でも(葛西TKKアカデミーの塾生でなくても)無料で塾が利用できます。
自由に自習ができ、分からないところはもちろん葛西TKKアカデミーの先生に質問できます。
しかも無料なのだから、利用しない手はありませんよ。
どうか皆さんふるってご参加ください。
きっといいことがあります。
ご利用の際は、事前にメールをいただけると幸いです。
e-mail:tkkac2016@gmail.com
葛西TKKアカデミーで勉強してよい結果を出しましょう!!!
そこで、葛西TKKアカデミーでは恒例の『テスト前、塾無料開放』を行います。
全ての中学生のために塾を開放しています。
葛西TKKアカデミーに在籍していなくても構いません。
気軽に来て、勉強してください。
家ではなかなか勉強しづらいと思います。
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5教科全てに対応し、指導します。
何でも遠慮なく質問してください。
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「学校で習ったけどよく分からなかった。」
「休んで抜けてしまった。」
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「だいたい分かったから、もっと練習問題を解きたい。」
など思っている生徒は是非訪ねてください。
皆さま大歓迎です。
学校帰りに立ち寄って、勉強してから帰っても構いません。
土日は昼からテスト対策を行います。
事前にメールいただければ、どなた様でも利用可能です。
e-mail:tkkac2016@gmail.com
葛西TKKアカデミーを利用して、テストでいい成績を残しましょう。
この機会をお見逃しなく。
葛西TKKアカデミーで学校の課題を終わらせよう
課題はきちんとやらないといけません。
理解を深めるのはもちろん、実は提出物は成績(平常点)の大きな部分を占めるので、もし遅れたり出さなかったりすると成績が大幅ダウンしてしまいます。
いくらテストの点が良くても提出物が出ていないと大幅減点になりますよ。
かと言ってその場しのぎの答え丸写しはダメですけどね。
課題を軽んじることなく、早いうちから取り組み、提出日には出せるように、余裕をもって計画し終わらせましょう。
そして、定期テストの大半は学校のワークや教科書の問題です。
だから、課題をしっかりやっていれば、それだけでかなり高得点が取れることが予想できます。
だから、きちんとやって、分からないところ、間違ったところは解決して、ワークや教科書の問題を繰り返しやって、完ぺきにできるようになれば安心です。
とは言っても、家ではなかなか集中して勉強できないのではないでしょうか。
ゲームやテレビ、携帯やYouTube。
誘惑が多すぎて、勉強が手につかない。
そんな人は是非葛西TKKアカデミーへ。
誰でも無料で利用できます。
もちろん、葛西TKKアカデミーの塾生でなくても大丈夫。
勉強しやすい環境が整っているので、自分でコツコツ課題をやれますし、分からないときはいつでも先生に質問し、教えてもらいましょう。
2021.09.06
都立高校入試でスピーキングテストが導入されるのをご存知でしたか。2022年度の入試より実施?
以前にも触れたことがあるのですが、東京都は都立高校の入試の中に、英語のスピーキングテストを導入することを計画しています。
当初は来年の入試から導入予定でしたが、コロナウイルスのこともあり、今のところ現中学二年生の入試から実施されることになっています。
東京都教育委員会によると導入の理由は、これまで「読む」「書く」が主体でそれに「聞く」を含めた英語の評価を「話す」も加えた四技能とすることで、生徒の実践を含む英語力の向上を目指すためのようです。
試験は秋にESAT-Jという東京都中学スピーキングテストを行い、この結果が都立高校入試の英語の得点の一部として換算されます。
東京都は民間のベネッセコーポレーションと提携し、ベネッセが中心となって現在準備が進行中で、その内容はGTECというベネッセ自身が実施しているスピーキングテストそのままだそうです。
具体的なテスト内容として、現段階では次のようになっています。
テストは四つのパートから成り、パートAは、カードに書かれた短い英文を読みます。
全部で2問あり、解答時間はそれぞれ30秒。
発声して答える前に30秒の準備時間があるので、この間に英文に目を通して、読む内容を確認したり、心の中で読む練習ができます。
本当に書かれてある英文が正しく読めるかどうかだけのテストです。
パートBでは図やイラスト、簡単な掲示物やチラシなどのビジュアルマテリアルを利用した問題になります。
全部で4問あり、そのうち3問はカードに関する質問に答える問題です。
解答時間は10秒で、その前に準備時間が10秒あるので、準備時間にできるだけマテリアルの内容を把握し、必要な情報がどこにあるかを確認できるといいです。
時間が短い分、質問に対する答えも簡潔なものになっているので、比較的答えやすいかもしれません。
例えばマテリアルを見ながら、明日の天気は何か答えるような問題です。
最後の1問はカードを基に受験生にミッションが与えられます。
自分の持っている英語力を駆使して、目的を達成するには何と言えばいいか答えなくてはいけません。
例えば、自分のほしい買い物をするには店員に何と言えばいいか答えます。
こちらも同様に、準備時間、解答時間共に10秒となっています。
パートCは4コマイラストの問題です。
この4コマのイラストを見て、英語で何が起こっているか答えなくてはいけません。
30秒の準備時間の後、40秒の解答時間が与えられています。
準備時間の間にどのようなストーリーかイラストから読み取って答えてください。
解答としては、各コマ一文ずつの英語で答えられるといいのではないでしょうか。
最後のパートDでは、質問が書かれたカードが与えられるので、それを読んで英語で答えます。
ここでは質問に対しての自分の意見とその理由が求められます。
例えば、「あなたが学校の一番好きな行事は何か、その理由も答えなさい」のような問題です。
こちらは準備時間が1分、解答時間が40秒となっています。
こちらも準備時間内で自分の意見をまとめておく必要があります。
以上が、現段階での試験内容になります。
例えばパートA、パートBは英検3級の二次試験に出てくる形式ですし、パートC、パートDは英検準2級以上の二次試験の形式になっています。
ただ、受けるのが幅広い学力差のある中学三年生なので、試験の難易度はかなり下げてあります。
これもコツさえ分かっていれば、それほど難しくないと感じています。
実施に当たっては、それぞれの決められた試験会場で、タブレット端末などにヘッドフォンマイクを通して音声を録音する形になるようです。
テストの評価方法ですが、ベネッセが現在実施しているGTECそのままであるなら、次のようになると考えられます。
GTECのスピーキングテストでは、「問われたことに対して明確に応えているか」という点と「より効果的に伝えられているかという観点(「語い」「文法」「発音」「流暢さ」の4つ)で評価をしているそうです。
録音された音声データを海外にいる英語話者によって採点しています。
公平性は、海外の採点者を毎回徹底的に訓練することと、一つの音声データを複数名の採点者によって評価することで保持されると考えているそうです。
今のところ、このようなテストになるらしいです。
そして、この試験のトライアルであるプレテストはもう、既に行われていて、これに基づいて問題内容、難易度、実施会場の選定や設備の充実と向上が図られます。
プレテストの結果を見ると受験生に関する次のことが指摘されています。
コミュニケーションの達成度についてはパートBの正答率が非常に高く、逆にパートCは正答率が低くなっています。
解答すべき内容がはっきりしていて、語句単位で答えられる問題が正答率がよくなっています。
一方で、場面に応じて表現したり状況を伝えたり、理由を説明したりする問題は苦手のようです。
言語使用に関しては、語彙や表現に限界があるものの、それらを接続語を使って話せる受験生が全体の7割以上に上っています。
発音に関しては、発音や抑揚などに問題がある受験生が多いが、それはコミュニケーションに支障をきたすほど深刻ではないとの評価が出ています。
以上が現在予定されている都立高校入試に導入されるスピーキングテストの概要となります。
皆さんはどのように感じましたか。
都立入試にスピーキングテストを試験に導入することに関する議論は後日行います。
予定通りに事が進めば、今の中学二年生以降の生徒は都立高校入試でスピーキングテストを受けることになります。
これまでの3技能でも英語が苦手は生徒には大変でしたが、これに「話す」力まで入試に要求されると、英語力の格差がより合否に影響するようになるでしょう。
こうなるとますます日々の勉強が大事になります。
やることが多くなった分、習ったときに習ったことを確実に身に付けることが肝要です。
いい加減な勉強をしていると、これまで以上に取り返しがつかなくなります。
特に「話す」と言う技能は、分かったからと言って(発音など)すぐにできるものではありませんから。
文科相が始まって以来、文科省の要求は増し、生徒の学習内容は一段と増え、難易度もこれまで以上になっています。
コロナ禍で不自由な環境の中、更に勉強の負担が増えています。
本気で勉強に取り組む生徒とそうでない生徒の差はますます開くでしょうし、また、生徒に新しい教育に対応できる学校とそうでない学校との差もますます開くでしょう。
誰もが学べる教育から遠のいていく気がしています。
いずれにしても、東京都教育委員会が決定し邁進している現状において、私たちは何ができるのか(これでいいのか悪いのかも含め)考え、早目に手を打つことが受験に合格する一つのポイントになると考えます。
2021.09.04
子供の新型コロナウイルス感染、後遺症はあるのでしょうか。少し調べてみました。
コロナウイルスにより世界が混乱して早二年になろうとしています。
これまでは低年齢層にはあまり感染しない、感染しても重症化しないと言われ、子供の感染症対策はそこまで厳しくありませんでした。
しかし、デルタ株が発生して以降、弱年齢層の感染がけた違いに増え、学校でもクラスターがあちこちで発生しています。
ワクチンが与える影響が不明のため、幼い子供たちはまだワクチンを受けられません。
感染しても現在の医療状況ではまともな治療が受けられる保証はどこにもありません。
そんな中で開始された二学期。
自治体によっては休校にしたり、分散登校、オンライン授業の活用といろいろ手段を講じているところもあります。
そこで今回はコロナウイルスが感染した時の子供たちへの影響について調べてみたいと思います。
新型コロナウイルスが発生してまだ二年足らずなので、コロナウイルスよる後遺症がどのようなものか明確でない部分も多いです。
感染後、自分の体に何らかの異変が起きたという報告はいくつかされています。
後遺症の主な症状としては、倦怠感、筋肉や関節の痛み、頭痛、不眠、呼吸障害、動悸など100以上の症状が言われています。
また、後遺症の中でも最も多いものとして、頭の中に霧がかかったようにぼうっとする「ブレインフォグ」があります。
感染後の脳への炎症が原因と考えられていますが、感染後の思考力や集中力の低下、短気記憶障害、鬱の発症など注視する必要があるでしょう。
その症状はどんどん増え続けて今では100種類以上と言われますが、実際に個々のケースにおいて、それらが本当に新型コロナウイルス感染によるものかどうかよく分かっていません。
ただ、子供の新型コロナウイルスの後遺症の特徴として、その症状が長期にわたることがあげられています。
大人に比べ、倦怠感などの後遺症が一ヶ月以上続く割合が高いのです。
これまで子供の感染例が少なく、後遺症についても大人ほど残らないと言われていましたが、デルタ株が流行して以降、感染者は増え、子供の後遺症も大人と同様の症状が報告されています。
大人の場合と同じく、子どもの新型コロナウイルスの後遺症は、感染で中等症以上になった場合だけでなく、軽症や無症状だった場合にも見られるようです。
つまり、後遺症に関しては感染した時の年齢や重篤の度合いなどとは相関関係がないようです。
ただ、子供の場合、自分の症状について表現する力が乏しかったり、ストレスなどその他の原因による症状と区別しにくいことなど、明確にコロナウイルスの後遺症と言いづらいものが多く、子供の後遺症に関する研究が進んでいないのも事実です。
とにかく新型コロナウイルスについては、まだ流行が始まってから日が浅く十分な研究が進んでいないにも関わらず、その社会的影響が大きいことで、よく分からないことだらけだから対策も取りずらいという点が厄介な所です。
更にワクチンを接種していても感染する「ブレイクスルー」が次々と報告されており、現在最も有効な武器とされたワクチンでさえ頼りにならない状況です。
とは言え、ワクチンを打っていないよりは危険性が下がることも言われており、これまでの基本的感染防止対策であった、マスクの着用、密を避ける、まめな手洗いと消毒なども全く役に立たないわけではないので、子供を守るためにも我々は今できることに最善を尽くすしかありません。
そして、医療施設の充実など個人では手に負えない部分は国や自治体、企業などが連携をとりながら有効な対策をしていくしかないでしょう(残念ながらこの点については政治的理由などから上手くはいっていないようですが)。
つまり、民間と公共の連携、私と公の連携です。
つまるところ、予防以上の対策はないので、そこに私たちは尽力するしかないでしょう。
そして、万が一感染してしまった場合の対応(医療キャパの増大など)を急務として、少しでも早くみんなが安心して暮らせる社会を取り戻せるように願います。
2021.09.01
二学期が始まったばかりですが、学校によってはもう定期テストが待っています。葛西TKKアカデミー恒例、塾無料開放!塾生でなくても参加可!一緒にテスト勉強しましょう。
コロナウイルスがまた活発に流行している状況で新学期が始まりました。
若者にも感染し重症化するということで、とても心配です。
多くの学校で感染者やクラスターが発生しているようです。
これまで以上の感染対策はなく、手詰まり感はありますが、できることをしっかりやるしかありません。
ところで、いくつかのかの中学校ではもうテスト二週間前になっているようです。
期間的に短いのでテスト内容も少なくチャンスです。
皆さん、頑張って準備をして万全の体制でテストに臨みましょう。
そこで、葛西TKKアカデミーでは恒例の『テスト前、塾無料開放』を行います。
全ての中学生のために塾を開放しています。
葛西TKKアカデミーに在籍していなくても構いません。
気軽に来て、勉強してください。
家ではなかなか勉強しづらいと思います。
ここなら集中してできるでしょう。
いらした全ての中学生の勉強のサポートを行います。
5教科全てに対応し、指導します。
何でも遠慮なく質問してください。
しかも無料!!!
「学校で習ったけどよく分からなかった。」
「休んで抜けてしまった。」
「分かっているつもりだけど、確認したい。」
「学校の課題をする場所がほしい。」
「だいたい分かったから、もっと練習問題を解きたい。」
など思っている生徒は是非訪ねてください。
皆さま大歓迎です。
学校帰りに立ち寄って、勉強してから帰っても構いません。
土日は昼からテスト対策を行います。
事前にメールいただければ、どなた様でも利用可能です。
e-mail:tkkac2016@gmail.com
葛西TKKアカデミーを利用して、テストでいい成績を残しましょう。
この機会をお見逃しなく。
葛西TKKアカデミーで学校の課題を終わらせよう
課題はきちんとやらないといけません。
理解を深めるのはもちろん、実は提出物は成績(平常点)の大きな部分を占めるので、もし遅れたり出さなかったりすると成績が大幅ダウンしてしまいます。
いくらテストの点が良くても提出物が出ていないと大幅減点になりますよ。
かと言ってその場しのぎの答え丸写しはダメですけどね。
課題を軽んじることなく、早いうちから取り組み、提出日には出せるように、余裕をもって計画し終わらせましょう。
そして、定期テストの大半は学校のワークや教科書の問題です。
だから、課題をしっかりやっていれば、それだけでかなり高得点が取れることが予想できます。
だから、きちんとやって、分からないところ、間違ったところは解決して、ワークや教科書の問題を繰り返しやって、完ぺきにできるようになれば安心です。
とは言っても、家ではなかなか集中して勉強できないのではないでしょうか。
ゲームやテレビ、携帯やYouTube。
誘惑が多すぎて、勉強が手につかない。
そんな人は是非葛西TKKアカデミーへ。
誰でも無料で利用できます。
もちろん、葛西TKKアカデミーの塾生でなくても大丈夫。
勉強しやすい環境が整っているので、自分でコツコツ課題をやれますし、分からないときはいつでも先生に質問し、教えてもらいましょう。
2021.08.31
パラリンピックの学校連携観戦プログラム、千葉県で教員が感染し中止!それでも東京は生徒たちの観戦続行!
以前、学校連携観戦プログラムについてお話し、感染のリスクがある中でパラリンピック観戦が必要なのか考えました。
そして、パラリンピックが始まり、多くの自治体は参加を中止しましたが、いくつかの学校は観戦を実行しました。
オリンピック委員会は知事らの強い要請で行ったと言い、その知事たちも観戦による教育的価値を考えると、パラリンピックを子供たちに直に見せるべきとのこと。
パラリンピックでは最善の感染予防をしているから大丈夫と。
そして、パラリンピックが始まり、反対意見の多い中、学校連携観戦プログラムが強行されました。
そして、先日、恐れた事態が起きました。
学校連携観戦プログラムで子供たちをパラリンピックに引率していた千葉県の教員二名が新型コロナウイルスに感染したとのこと。
これを受けて、千葉県は即座に学校連携観戦プログラムを中止。
「こんなことは最初から分かっていた」「中止するなら最初からやらなければいいのに」などの批判が相次ぎ、保護者も「もっと早く中止にしれくれればいいのに」と現場は混乱しています。
千葉県の学校の参加が中止となる一方で、東京都知事は生徒たちのパラリンピック観戦を継続しています。
パラリンピックでも感染防止は十分でないと証明されたにも関わらず、それでも観戦プログラムに固執しているのは何か理由があるのでしょうか。
「教育的価値が高い」という一辺倒の回答だけですが、生徒たちの健康や命を危険にさらしてまでやらなければ、その「教育的価値」は得られないのでしょうか。
「教育的価値」を見出したいのならいくらでも工夫すれば、生徒たちに提供することは可能と思います。
むしろ、こんな状況だからこそ教員を始め教育関係者の腕が試されるのです。
いかに子供たちを守りながら、最大限の教育を行うか。
「パラリンピック観戦しかない」というのであれば、それは教育者としては失格だと思います(実際に見たところで本当に生徒たちが知事の期待する教育的価値を感じるかどうかは疑問です)。
あれだけの感染者をオリンピック関係者から出しておいて、想定内だから成功という人達の気が知れません。
それは自分には関係ない、他人事と思っている無責任者の発言です。
今回のパラリンピック観戦も同じです。
「想定内だから問題ない」と言い訳するのでしょうか。
自分の子供が感染し、病に苦しむ、回復しても後遺症が残る、場合によっては死んでしまうと、自分たちの問題として捉えたとき、知事を始め関係者はそれでも子供たちにリスクを背負わせ観戦させるのでしょうか。
今では入院もままならず、「自宅療養」という名の放置で、コロナの苦しみに加えて実感として迫りくる死への恐怖にもおびえなければならない。
そんな当事者の不安を少しでも想像し理解できないのでしょうか。
今回の件も、行政が生徒たちの観戦を要請しておきながら、最終判断は自治体、学校長などと責任逃れのような言動をしていることから、自分たちの希望は実現させるが、何かあったときの責任は取らないという思惑が見えます。
(因みに、最近の政府関係者の責任を取ろうとしない姿勢は子供たちにも影響していて、何かと言えば責任追及を恐れ曖昧で消極的な態度が非常によく見られるようになりました。)
無責任だからこのような所業ができる。
責任ある大人なら恐ろしくてこんなことはできません。
「人様の子供を預かっている」という自覚がないのでしょう。
本来なら子供の安全を最優先に考え、彼らを守ることに全力を尽くす(政府の方は「全力を尽くした」と言い訳するのでしょうが、「全力を尽くす」というのは万が一のことが起きたときの自己弁護の言葉ではではありません)義務があります。
急な決定に、本来課外授業なら当然しなくてはならない事前の下見もなく強行されたパラリンピック観戦。
引率の先生方も生徒をどのようにコントロールすればいいか、考えられるあらゆる事態にどのように対処すればいいか、事前準備も十分にできる苦労されたと思います。
こんな万全でない状況で、こんな危険な課外授業を実施しなければいけないのでしょうか。
本当に疑問だらけです。
この度、感染された教員から生徒への感染があったのか、彼らがどの段階で観戦したのか、まだ不明な点が多いです。
危機管理というのは常に最悪の事態を想定し準備しなければならないのに、今の政府のやっていることはあまりにも楽観的過ぎます。
そして問題が起きれば、自分の責任ではない(少なくとも口で言うだけで、責任をとる行動はない)と言う。
こうしている間に生徒から家庭、そして周辺の人々にコロナウイルスの感染が広がったらどうするのでしょうか。
仮にそれがなかったとしても、そのような恐怖を人々に与えたという事実だけで既に、政府としては本来の機能を果たしていないと考えます。
運よく感染を回避できることを願います(本当に情けないことですが、ここまで来ると運に頼るしかありません)。
政府は真剣にこの未曾有の問題に対処してほしいし、二度と子供たちをこのような危険にさらさないでほしいです。
良識のある自治体の長なら、今すぐ子供たちを危険から遠ざけてください。
2021.08.27
「学校連携観戦プログラム」に関して江戸川区を始め多くの区が観戦中止を決定しました。
本日も東京では新型コロナウイルスに関して、4220人の新規感染者があったと発表しました。
20代が飛びぬけて多く、若者もこれまでのように新型コロナウイルスに対して楽観視できなくなってきました。
このように連日高水準で新規感染者が推移しています(噂によると、検査のキャパがいっぱいになったのでこれ以上数値は増えないとか、パラリンピックに向けて検査数を絞っているので数値は増えないとか)。
実際はこの何倍もの感染者が潜在的に存在しており、いつどこで誰が感染してもおかしくない、災害級の事態とも言われています。
このような中、東京都を始め首都圏の件の中には、東京オリンピックで実現できなかった「学校連携観戦プログラム」を実施しようという動きがあります。
知事の強い要請によるものだそうです。
彼らの主張によると「学校連携観戦プログラム」でパラリンピックを観戦することは教育的価値が大きく、多くの参加希望者もあるとのことです。
事前に実施されたアンケートでは7割の家庭が参加を希望したとか。
でも、ここには危険なミスリーディングがあると思います。
先ず、子供たちは感染のリスクがどのくらいか、感染した時はどのようなことになるのか、正確には情報を与えられていないので、単純に楽しいイベントだから(学校行事がまともに行われていないから余計に)と参加を希望したとも考えられます。
また、保護者も多くは悩んだ末に出した結論で、今でも揺らいでいる家庭が多いそうです。
ここまで強制するなら、感染予防だけでなく(多くは不十分だし、オリンピックの経験からすると始めから感染者が出ることはやむなしと主催者側は考えている)、万が一感染した時の保障(入院先の確保や将来後遺症が出たときの対応など)を明確にすべきなのに、それは示されない。
そんな状況で危険だと分かって我が子を送り出す親がどれほどいるのでしょうか。
教育的価値と生命健康のどちらを取るか。
そして、感染した子供が重症化、または感染した子供から家族全員が感染という事例は既に起きています。
普通であれば生徒を健康や命のリスクを背負ってまで実施しないでしょう。
だが、政府は完全にそのような考えはなく、なんとかして生徒を動員してパラリンピックの体裁を少しでもよくして、自分たちの箔をつけようという運営側の一方的な野心としか見えません。
これは自分たちがそのようなリスクに巻き込まれることがないという先入観があるからで、もし自分も感染リスクの当事者になると思えば、今、このような判断はできないと思います。
他人事だから好き放題にやる冷酷な運営には怒りすら感じます。
そんなこのような憤りを感じているときに、あるニュースが伝わり少し安堵しました。
江戸川区を始め多くの区が「学校連携観戦プログラム」の参加を取りやめたそうです。
多くの自治体が良識ある判断をしてくれたことにほっとしています。
関わる学校関係者もこの状況では自信を持って実施できないだろうし、何か起きたときはとても出ないけど責任は持てないでしょう。
ならば中止は至極当然であり妥当な結論だと思います。
それでも教育的価値を指摘するならば、パラリンピックを通じて人生の糧となる学習は、必ずしも現地での観戦だけではないと言いたい。
工夫次第でいかようにもできるし、それができないようでは教育のプロとは言えません。
現状に応じて今できる最大限の教育効果を出せばいいのです。
パラリンピックに目を奪われ心を奪われた人々には、そのような柔軟な発想ができないのでしょうか。
今は平時ではありません。
緊急事態です。
ならば子供たちを守りつつ、どうやって彼らに最高の学びを提供できるかを考えるべきです。
それが創意工夫であり教育者としての知恵です。
まだ中止を決めていない区、参加を表明している区が気がかりです。
そこに住む生徒たちの健康と生命、そして未来はきちんと守られるのでしょうか。
他の区が行ったように、良識に基づいた英断を期待しています。