塾長ブログ
2021.06.08
漢字を上手に覚えるには。漢字をただ繰り返し書くだけでなく、ちょっとしたことを意識したり工夫したりすることで覚えやすくなります。
漢字が苦手な生徒はたくさんいます。
特に最近はそのような生徒が増えている気がします。
最近はスマホやパソコンの普及により、漢字を自ら書く機会が減っています。
平仮名を打って変換するだけでは、書きたいと思ったときに漢字がなかなか出てきません。
これは大人も同様で、「最近、なかなか漢字が思い出せない」という声をよく聞きます。
つまり、漢字を覚えるには困難な環境になってきているのです。
(逆に、SNSなどで活字を読む機会は増えているようですが、特定の人間との交流が中心となっているので文のバリエーションが少なく、表現の豊かさも乏しいので、こちらも漢字の勉強には不利かもしれません。)
漢字を覚えるにはどのようにすればいいでしょうか。
一般的には教科書などで出てきた漢字をノートに10回、20回ずつ書いて覚えるというのがあります。
確かに何かを覚えるとき、繰り返すというのは一つの方法です。
掛け算の九九なども何十回、何百回と繰り返すから覚えられるのです。
でも、このような単調作業の繰り返しは退屈で苦痛です。
そこで少しでも漢字を覚える助けになるコツをあげてみましょう。
漢字のパーツ(部首)に注目
漢字の多くはいくつかのパーツの組み合わせでできているのにお気づきでしょうか。
「明」と言う字は「日」と「月」からできています。
このように基本的なパーツ(それらは簡単なものが多い)の組み合わせで、その組み合わせを覚えてしまうのです。
漢字そのものを一から覚えるより、すでに覚えたものを利用して新しい漢字を覚えた方が楽です。
しかも、「へん」などの部首には意味を表すものが多く、部首の意味を覚えておくと漢字そのものの意味を覚える助けになります。
例えば「亻」は人に関わる者で、「亻」の漢字を集めてまとめて覚えるのもよい方法です。
また、部首によって読みは同じでも意味が変わる漢字もたくさんあるので、今度は部首違いの共通部分を持つ漢字てまとめるのもお勧めです。
例えば「尞」に人を表す「亻」がつけば「同僚」の「リョウ」になるし、病気を表す「疒」がつくと「医療」の「リョウ」になります。
屋根を表す「宀」がつけば「学生寮」の「リョウ」になります。
(このように音を表す部分と意味を表す部分の組み合わせでできている漢字を形声文字形声文字と言います。)
このように共通のパーツを意識して、同様のものをまとめて覚えると、一度にたくさん漢字を覚えることができます。
正しい書き順、正しい姿勢を覚えよう
結構みんな適当に書いていますが、私の経験上書き順は非常に重要です。
字を書くのが苦手な生徒は基本的に書き順がぐちゃぐちゃで、結果として字のバランスも悪いし、鉛筆を行ったり来たりさせるので時間もかかり、書くのに疲れてしまいます。
(最近の生徒は体力が落ち、文字がしっかり書けなくなっています。)
筆の文化で生まれた漢字なので、書き順が正しくないと綺麗に書けませんし、余計な力が入って疲れやすく、長い文章は書けません。
なかなかチェックしづらいですが、低学年のうちに書き順を正しく覚えましょう。
基本ができれば、難しい漢字もその応用なのでうまく書けるし、覚えやすくなります。
原則として書き順は上から下、左から右です。
後、書く姿勢も気になります。
背中を丸め机に顔を近づけていると正面から文字を見ないのでバランスが悪く汚い字になってしまいます。
この姿勢を維持するのは意外とつらいので、すぐに疲れてしまいます。
また、左手で方杖をつく生徒も多いですが、こうすると紙やノートが抑えられず固定できないので、書いているときに動いてしまい上手く書けません。
抑えずに動かないようにするには筆圧を抑えるしかなくなり、最近の生徒の文字が薄い原因の一つでしょう。
適度に力を入れて書かないから筋力が落ちて、長く書くことができません。
このように漢字を覚えるには書くという作業が必須ですが、正しい書き方を身に付けていないと長時間文字を書くことができません。
だから、漢字を練習し覚えるには書き順や姿勢が大事なのです。
何冊も手を出さず、一冊の漢字練習帳を完璧にする
よくあるのが、飽きっぽくて一つの漢字ドリルを終わらせることなくやめてしまうというパターンです。
俗に言う三日坊主ですね。
そして、しばらくして「やっぱり漢字を覚えなきゃ」と言って、本屋さんでまた新しい漢字ドリルを買う。
気づけばやりかけのドリルが山のように残る。
これはいけません。
いろいろなものに手を出すのではなく、一冊のドリルを繰り返しやって完璧に覚える方がいいです。
漢字は無限にありキリがありません。
店頭にはたくさんの漢字ドリルがあり、あれもこれもやらないといけないような気になってしまいます。
一回やって終わりではもったいない。
そもそも、一回で全ての漢字をマスターできるはずはなく、そんな中途半端で他のドリルをし、それもこれも全部中途半端ではドリル代がかかるだけでもったいないです。
一回でやめるのではなく、何回も何回も繰り返して分からない漢字を少しずつ減らしていく。
そして、一冊完璧になってから次のドリルに移ってください。
いや、一冊完璧ならそれで十分かもしれません。
本当に一冊完璧ならかなりの漢字力がついているはずです。
だから、最初から分厚いドリルをしないでください。
最初は薄いので十分です。
そして、それがきちんと身に付いてから少しずつ漢字のレベルと量をあげていきましょう。
自分の能力を超えすぎているものは取り組みにくいのでやめましょう。
現在の力よりちょっと上くらいが丁度いいです。
実戦を通して覚える
よく「国語の勉強と言えば漢字お覚えるくらいしかない」と言う人がいます。
でも、それは違います。
定期テストや小テストなどあらかじめ出題される漢字が決まっているときはやってもいいですが、学力テストや入試などどんな漢字が出るか分からにテストの勉強では漢字をやる意味はかなり薄いと思います。
国語の勉強は読解などやらなければいけないことが沢山あります。
「漢字しかない」という人は国語の勉強を知らない人です。
漢字はとても多く全てをやっていたらそれだけで莫大な時間が掛かります。
そして、その割にテストで出されるのは読みが五問、書きが五問と言ったところでしょうか。
しかも、一つ1点や2点。
他の長文読解や記述などの勉強をやった方が効率よく点が伸ばせます(一問5点とか)。
だから、漢字だけの勉強はしない方がいいです。
むしろ、長文などよく読んで、分からない漢字があればその時覚える。
この方が読解能力を高め、しかも漢字もある程度覚えられます。
そして、重要な漢字は色々な文章を読めば何回も出てくるので、自然と覚えてしまいます。
問題をやるとき出た漢字は覚えますが、それ以上、わざわざ漢字の勉強をする必要はあまりないような気がします。
また、文章を読めば、そこには文脈もあるので、漢字がエピソード記憶となり、より覚えやすくなります。
漢字そのものの意味だけでなく、その使い方も分かります。
このように実践の中で漢字に触れているとなんとなく頭の中に残っているもので、読みはもちろん、書いたことのない漢字でも書けてしまったりします。
一つの漢字をノートに20回書いて覚えるより精神的負担が少なく、苦痛もないかと思います。
このように生きた漢字を覚えるのはとてもお勧めの方法です。
他にも漢字を覚えるコツはいくつかあると思います。
人それぞれ合うやり方も違うと思いますので、これで大丈夫とは思わないでください。
勉強は千差万別で誰にでも通用する勉強法はありません。
個人個人に合わせて変える必要があります。
漢字に限らず、どのような勉強方法がいいか分からないときは葛西TKKアカデミーまでご連絡ください。
いろいろ提案しますし、実際にやってみて何が適しているか一緒に考えたいと思います。
勉強は工夫次第でいくらでも楽しくなります。
ただ苦しいだけの勉強ではなく、その持つ意義に感銘したり、新たな発見に感動できる指導ができればと常に心掛けています。
皆さんも大変だと思いますが、そんなときはいつでも葛西TKKアカデミーに頼ってください。
お待ちしております。
2021.06.06
「一人っ子」を育てるときに気をつけること。(その二)
昨日に引き続き、今回も「一人っ子」の子育てについてお話したいと思います。
よく「一人っ子は甘やかされる」と言います。
自分から努力しなくても周りが自分の気持ちを理解し、望みをかなえてくれる。
結果、自己主張、自己表現が下手で、積極的に物事に取り組む姿勢も弱い。
確かにそういう面もあるかもしれません。
しかし、それは子育てにおいて大人が注意し工夫すれば済むことではないかと思います。
今日は、そのような観点から、一人っ子との距離感について考えてみます。
兄弟がいない分、親の目が一人に集中し、他の兄弟に割く時間もないことから、ついつい子供に手をかけ過ぎてしまうことがあるようです。
子供を大切に守り育てるのはいいのですが、何事も「過ぎる」のはよくありません。
負の面が大きくなり得るからです。
子育てにおいて、子供を気にかけるのは当然ですが、あまり何でも親が子供のために手を出してお膳立てしすぎると、自立心や想像力が育たないと言われます。
失敗したり怪我をしたりすると可哀想だからと、何でも先回りして失敗する経験を奪うと、子供が本当に一人になって何かやらないといけないときに、精神的に貧弱で何もできない。
万一失敗したら、そのショックをもろに受けて、二度と立ち直れないような大きなダメージを受けるかもしれません。
(実際、私が教えるときも「間違える」ことを非常に恐れて答えられない生徒がいました)
これは問題です。
一人っ子の場合、他の兄弟に目を配る必要がないからついついしてしまいますが、何でも子供のことに首を突っ込むのはやめた方がいいでしょう(そうしないと心配で仕方ないのかもしれませんが)。
「見守る」立場で、できる限り子供が自主的にできるようにしてあげて、例え上手くいかないのが分かってもあえて口を出さない。
そうすることで失敗に対する耐性をつけると同時に、そこから何を学び次につなげていけるかという創意工夫と試行錯誤の精神が育ちます(失敗は成功の基)。
よほど大けがをする、他人に迷惑を掛けるようなことでなければ、少し遠くから見守るのがいいでしょう。
たった一人の大切な子供を抱える親としては非常に難しいことですが、勇気を持って子供のためにあえて距離を置くのも重要です。
また、過剰に子供に期待するのもよくありません。
子供は親のことをよく見ており、時にはこちらが想像する以上に敏感に親の感情を感じ取っています。
そうなると人の顔色ばかりうかがって、受動的な子供になってしまいます。
特に一人っ子の場合、上の子供での経験がなく何でも初めてで分からないことだらけだから、親としても余計にこうでなくてはダメだと決めつけ、そのようにいかないときは不安になり、自分の子育てが正しいのか心配になります。
しかし、子供が学校の問題を解けなくてイライラしたり、何でこんなこともできないのと怒鳴ったりするのは子供を委縮させるだけです。
子供は発達の途中でその速度もまちまち。
だから、他の子と同様にできないからと怒るのは子供にプレッシャーを与えるだけです。
「多少できなくても大丈夫」と言うくらいの心のゆとりが親には必要です。
そうすれば子供も親の顔色をうかがうことなく安心して勉強や様々な活動に取り組むことができます。
一人しかいない我が子なので親としてはどんなことでも支えてあげたいと思うのは結構なのですが、注意しないと過保護となり、意図せず子供へ逆にマイナスの影響を与えることになるかもしれません。
子育ては決して簡単なことではありませんが、一人っ子だからこそ有利な点もあります。
子供一人に対する時間が多く取れるというのは、その最たるものでしょう。
他の子のことを気にすることなく、一人に集中できる。
より長い時間を子供に注げることができるので、子供の怪我や事故、病気などを未然に防ぎ早急に対処できます。
そして、子供に寄り添う時間が長くなるので、子供の心配や悩みを共有し適切に対応できます。
また、経済的にも一人にかけることができるお金が多くなり、より教育などへの投資ができます。
様々な習い事をさせられるだけでなく、旅行など非日常的経験も積めます。
多くの事柄を経験できれば学ぶことも増え、知識も増し、これらを基に新たなことを創造できるかもしれません。
一つ注意してほしいのは、これらの経験は親の希望期待の押し付けでなく、あくまでも子供たち自身の興味関心意思に基づくということです。
嫌々させるのはあまりよくありません。
ひとりっ子に限らず、子供を育てるということは非常に苦労を伴います。
こちらが一生懸命子供のために多くを犠牲にしても、子供はなかなか分かってくれません。
そこで憤り、怒りを子供にぶちまけるのはいけません。
本当に無償の愛、今は無理でも将来きっとわかってくれると信じて接しないといけません。
これは難しく強い精神を要求されます。
確かに子育ては大変ですが、希望は捨てないでください。
いつかきっと報われます。
ただ、それまでにどうしても疲れて投げ出したくなることもあるでしょう。
そんなときは一人で無理しないでください。
誰か信用できる人を頼っていいと思います。
みんなで、社会で子供を育てる。
それが健全だと思います。
そして、葛西TKKアカデミーもそんな子育ての一翼を担うべく存在しています。
遠慮や見栄は要りません。
安心して素のままで相談してください。
何らかの力になれると思います。
そして、十年後二十年後に振り返って、「あの時大変だったけど、みんなで乗り越えられて本当に良かった」と笑えるようになりたいと願っています。
2021.06.05
「一人っ子」を育てるときに気をつけること。(その一)
少子化の影響で一人っ子の家庭が増えています。
一人っ子は兄弟がいないためコミュニケーション能力や社交性が育ちにくいとよく言われます。
自分しかいないから、小さい時から親や周りの大人は自分から言い出さなくても、自分のしてほしいことや気持ちを理解してくれる。
だから、自分から進んで意思を伝える努力をしなくても、生活に何の支障もきたさない。
家にいるときはどうやってコミュニケーションをすればいいか考えなくても全く問題ない。
結果、社交性があまり育たず、将来集団の中で生きるときに非常に困る、問題になることが多いようです。
後、周りが自分の気持ちを理解し、望み通りにしてくれるので、わがままな子が育つともよく言われます。
子育てをする立場としては、メリットもデメリットも十分理解できるのですが、一人っ子に対して注意するべきことなど考えてみたいと思います。
一人っ子には「わがままで甘えん坊、社交性に欠け、自分の言いたいことを伝えるのが下手」などのマイナスのイメージもあります。
これは先ほども述べたような環境があり、兄弟と争ってでも自分の目的を達成しなければならない経験(おもちゃや夕食の奪い合い)、家庭内での大人の忖度があるからという理由で、このような偏見が生まれたのかもしれません。
実際にはそうでない一人っ子もいますし、兄弟がいてもそのようなお子様もいます。
要は、一人っ子が陥りやすいこれらネガティブな側面をどうやって補正し、将来自立した時に困らないように育てるかということです。
小さい時から様々な人のいる中で慣れさせる
兄弟がおらず核家族化が進んでいる現代、一人っ子は下手すれば非常に限られた人、自分を分かってくれる人達とだけ交わればいいということが起きます。
だから、努めて様々な人々と触れ交流する機会を作らないといけません。
家庭の事情もあって難しいかもしれませんが、小さい時は保育園や幼稚園に通わせて集団生活をさせましょう。
同年代のお友達が自分の兄弟の代わりになってくれます。
集団生活を通して、社会には守らなければならないルールがあるということ、目的をみんなで達成するために人と協力しなければならないということ、違った人間が集まり全員がある程度の満足を得るために時には自分が譲歩しないといけないということなど、社会で生きるのに必要な基本的な事柄を学べます(家庭だけでは難しいでしょう)。
自我が十分に発達していない幼少期はむしろどんなことでも柔軟に受け入れることができます。
最初は親と離れ離れになるという未経験のことで驚き動揺するかもしれませんが、そのうち慣れ家庭を離れた集団生活にも慣れていきます。
幼稚園、保育園は特にこのような子供への対応もよく心得ているので、これらの場所に通わせるのはとても有益だと思います。
また、スポーツなど集団での活動が求められる習い事もいいと思います。
大人と子供という二項対立ではなく、子供の中に更に先輩後輩という関係もあり、これらの人々とどのように関わりふるまっていけばいいかという、人生において非常に重要なことを学ぶことができます。
お手伝いをさせる
一人っ子は何でも親がやってしまって、一般的にできて当然と思われるようなことでさえできないときがあります。
自分でやることに不慣れで、失敗を恐れて立ちすくむことも。
特に、人前にさらされることに慣れてないということは、自分が失敗して笑われるということを非常に恐れ、プライドの高さも相まって、自分から挑戦しようという姿勢に欠けるところがあります。
「お手伝い」をさせるということは、自分でできることを増やす訓練になります。
よく一人っ子の若者が一人暮らしをするとき家事ができず、ごみ屋敷になってしまったり、自分で料理できず外食やコンビニ弁当ばかりで出費がかさんだり栄養バランスが崩れてしまったりする人もいます。
結局、親が毎日通って掃除をし食事を作ってあげたり、一人前の大人とは言い難い生活を送る人もいます。
そうならないためにも、お手伝いには自立に向けた第一歩と言う意味もあります。
また、仕事を割り当てられるということで仕事に対する責任感も生まれます。
与えられた仕事をきちんとこなすということは将来働く上で必要不可欠なことであり、そこから協調や信頼というものも生じます。
先ずは、小さい子供でもできる「食事のお皿を並べる」など簡単なことから始めましょう。
いきなり子供の能力を超える手伝いはいけません。
かえってやる気をなくしたりします。
子供の力量を正確に見極め、適切なお手伝いをさせましょう。
年齢が上がりできることも増えてくれば、それに合わせて難易度の高いお手伝いをさせても構いません。
挨拶と返事
簡単なようでいて実は難しいのが挨拶と返事です。
特に一人っ子の場合、人とのコミュニケーション(特に見知らぬ人)が苦手で恥ずかしがってできないことが多いです。
挨拶と返事なんて大したことではないよという人もいますが、実際に社会に出たとき、これらができないとグループの一員として上手く人と関われなくなり、生きていくのがつらくなります。
「挨拶や返事なんてしなくても生きていける」という人もいますが、現実としてこれらができないと仕事などの集団において仲間外れにされたり、大きな不利益を被ります。
そうならないためにも子供のうちから訓練をしなければなりません。
兄弟がいない分、一人っ子の家庭では挨拶の機会は減ります。
家族だからと言って大目に見ていたらますます挨拶の機会はなくなり、外に出たとき挨拶ができなくなります。
習慣として自然にできるように、親は意識的に指導しなければなりません。
そんな些細なことわざわざ家でしなくてもいいと放っておくと、将来困るのは当人です。
面倒くさがらず、あえて積極的に挨拶をして、子供の挨拶や返事を促しましょう。
そして、できたときはきちんと褒めてあげましょう。
「兄弟がいない」と言う一人っ子ならではの環境は、彼らが不利になる要素も多く含んでいます。
しかし、それらは親が注意し適切に対応することで、一人っ子では難しいといわれる社会性を身に付けさせることは可能です。
兄弟がいない分、一人にかける時間は多くなるので、親としてはそのメリットを十分生かし子育てをしていけばいいと思います。
一人っ子ならではの苦労もあると思いますが、苦労そのものはそうでない家庭にも違う形で存在するので、何で自分ばかり苦しいのかなどと考える必要はありません。
大変なこともありますが、喜びもたくさんあります。
もし、子育てで困ったことがあれば、誰かに相談してください。
一人で抱え込むのが一番いけません。
葛西TKKアカデミーにもそのような親御さんを支援する用意があります。
難しく考えず軽い気持ちでご相談ください。
一緒に悩み解決法を探っていきたいと思っています。
葛西TKKアカデミーは全ての子供の力になりたいと考えていますし、彼らを支える親御さんたちの味方でもありたいと願っています。
どんな些細なことでも構いません。
少しでも困ったなと思えばお知らせください。
小さな問題の積み重ねが将来取り返しのつかない大問題に発展することもありますので。
子供たちの未来のために、みんなで力を合わせて頑張りたいと思います。
2021.06.03
19×19までの掛け算を解こう!掛け算の裏技、こうすれば簡単!
皆さんは小学校のときに掛け算の九九を習ったと思います。
だからたいていの日本人は一桁×一桁の掛け算は簡単に解くことができます。
しかし、驚くべきことに何とインド人は九九が19×19まであるそうです。
だから、彼らは計算に長けていて、インド人は理数に強いということは世界的にも有名です。
植民地時代の経験から英語が共通語となっているので国際的コミュニケーションもでき、理数の強さと相まってコンピューターを始めとするIT産業を中心に世界的に競争力をつけて急速な発展を遂げています。
今やインドの発展の勢いは目を見張るものがあります。
そんな彼らにあやかるべく、今日は簡単な19×19までの計算方法をご紹介します。
簡単にできる11×11から19×19までの計算。
どうやって計算するのでしょうか。
分かりやすく、具体的に計算しながらご説明します。
例えば、13×14をやってみましょう。
先ず、14の一の位の4を13に足して17にしましょう。
そして、14から4をあげて残った10とこの17をかけます。
つまり、片方の一の位を0にするのです。
17×10=170
これは簡単ですよね。
そして、次に元々の式の一の位の数字同士をかけます。
3×4=12
これも簡単。
そして、先ほどの170とこの12を足します。
170+12=182
そうです。
実は13×14の答えも182なのです。
13×14=182
どうでしょうか。
簡単でしょう。
慣れれば暗算で19×19までの掛け算はできるようになります。
これができるようになると、数学でいちいち書いて計算する必要がなくなるので計算のスピードがアップし、テストでも有利になります。
(数学を解くとき、二桁の掛け算は結構やりますよね。)
残念ながら19×19までですが、それでも便利です。
ついでにもう一つ簡単な計算方法を紹介。
今度は二桁の二乗の計算です。
これも先ほどの計算の応用になりますが、次のようにします。
例えば、17×17をやってみましょう。
さっきと同じように片方の一の位の数字である7を相手に渡して、一の位の数字を0にします。
そして、もう片方の17にもらった7を足して24とします。
そうしてこの二つを掛けます。
24×10=240
次のもとの一の位同士を同じように掛けます。
7×7=49
そして、先ほどの240と49を足します。
240+49=289
そうです。
17の二乗は289です。
二乗の計算はとても大事で、中学生で二乗の計算が出て、ルートが出てくると二乗の計算はとても重要になります。
また、高校生になって因数分解や高次方程式、指数や対数などでも二乗の計算は必須です。
だから、これを覚えておくといいですよ。
暗算でできるようになりますから。
勉強は大変です。
だけど、頑張って解けたときや、新しい発見をした喜びは何にも代えがたいものがあります。
そうです。
勉強を単なる拷問のような苦と考えないでほしい、楽しみに満ちたものと感じてくれればと願っています。
そのために葛西TKKアカデミーで、色々工夫しながら勉強を教えています。
そして、勉強を通して学ぶものは教科書の字面だけではありません。
勉強を通して、もっともっと多くのものが学べるんだということを知ってもらえたらと考えています。
2021.05.30
最近、「物覚えが悪くなった」「思い出したくても思い出せない」という若者が増えています。ひょっとすると「スマホ認知症」かも!
スマホが私たちの生活に根付いてずいぶん経ちます。
生活様式が大きく変わったと言っても過言ではないでしょう。
確かに、スマホは便利な道具で人々の生活を豊かにしたという側面は否めないでしょう。
しかし、同時にマイナスの面も多く指摘されています。
今回はそんなスマホとの付きあい方についての注意点をお話したいと思います。
スマホを持っている多くの人がもうスマホから手を離せなくなり、スマホが気になってちょっとでも機会があればすぐに開いてみてしまう。
歩いているとき、友達と話しているとき、勉強しているとき、食事をしているとき。
個人的な時間に限らず、よほど強く禁じない限りはスマホを見ずにはいられない。
スマホなしではもうまともに生きていく自信もない。
そんなスマホ依存症の問題が指摘されています。
スマホは素晴らしい道具ですが、道具である以上上手に使いこなさなければ、そのマイナス面を十分理解した上で活用しなければ、害悪の方が大きくなります。
今回の記憶とスマホの問題も使い方の問題と言えます。
「スマホ認知症」とはスマホを頻繁に使う若い世代を中心に、物覚えが悪くなったり、覚えていたことを思い出せない、とっさに言葉が出てこないなどの認知症のような症状が出ることです。
専門家によると、スマホへの依存やす別のことをしながらスマホをいじるなどの「ながらスマホ」によって脳内に異変が現れるそうです。
スマホは色々なものを調べたりするのに非常に便利なツールで、今や私たちの生活はスマホなしには考えられないと言ってもいいでしょう。
スマホは情報を収集し、集められた多くの情報を脳に入力することができます。
しかし、人間の脳は情報を入力する「インプット」だけでなく、その情報を整理し新たに思考や行動に役立てることができるように処理する「アウトプット」が必要です。
ところが、人間の脳はこの両者を同時に実行することができません。
「インプット」のときはそれに特化した活動を行い、脳は情報整理ができません。
その結果、覚えていたものが思い出せないなどと言うことが起こり、仕事の効率が悪くなります。
また、「インプット」に脳の活動が集中しているということは感情のコントロールもできないということになり、イライラしたり幸福感が感じられなくなったりします。
つまり、人間はただ情報を入力するだけでなく、それらを処理することも必要なのに、スマホの怒涛のような情報の洪水がそれを許しません。
インプットを中断し、情報を整理したり考えたりする時間が必要なのですが、それができないため記憶も定着しなかったり、整理されてないがため思い起こすことがうまくできなかったりします。
こうして「スマホ認知症」が発生するのです。
では、「スマホ認知症」になった場合どう対処すればいいのでしょうか。
先ずは、スマホを手放して物理的に情報入力をできない時間を作りましょう。
例えば、外に散歩に行って周りの自然や景色を楽しむとか。
脳の活動を正常にするためにも、何もしないぼーっとする時間が必要です。
睡眠も重要です。
睡眠中は情報入力が行われないので、その日の記憶を脳が整理し深く定着させます。
短期記憶を長期記憶に帰るのです。
だから、勉強をする生徒も十分な睡眠は必要で、寝ないで勉強するとかえって効率が悪くなります。
ましてや、ゲームやSNSでの交流で深夜まで起きている(時には朝まで)ことは言語道断です。
専門家によると、実は「能動的な情報収集」は問題がないそうです。
自分の「アウトプット」のために意識的に情報を集めることです。
例えば、本や映画を見ることが能動的なアウトプットを意識した行動です。
問題は自分で積極的に情報を集めようと考えず、ただ、だらだらとネットを見たり動画を見たりすることです。
だから、「スマホ認知症」を防ぐためには節度あるスマホの利用時間と意識的な情報収集が大事となります。
今の子供たちは色々な意味で私たちの時代と違い、だからこそ私たちも経験なくアドバイスできないこともたくさんあります。
特に新しいツールは注意が必要です。
益にも害にもなるからです。
だからと言って一方的に禁止するのは賢いやり方ではありません。
多くの利点を失うからです。
最善の均衡点を見つけなければなりません。
これから学校でも一人一端末と言うようにデジタル化が一層進むと予想されます。
今まで誰も経験したことのないことをするときは、あらゆるリスクを想定して対処しなければなりません。
「スマホ認知症」もその一つですが、大事なのはみんなが正しく理解し合意を持ってツールを使えるか(使いこなせるか)ということです。
教育が変わろうとしている現在、これに限らず多方面で混乱が起きています。
確かに文科省の唱えるようになれば、これまでにない画期的な教育で生徒にも多大な利益があるでしょう。
でも、もし理想通りにいかなかった場合はどうするのかにも焦点を当てる必要があります。
しかし、今のことろ文科省はそのような点は現場に丸投げという態度です。
無責任にも思えますが、日本の将来を担う子供たちを真剣に思っているならば、「上手くいきませんでした、すみません」とならないように心を据えて取り組んでほしいです。
失敗のつけが子供たちに来ることだけは絶対にないようにと願うばかりです。
2021.05.29
考えよう!「考える」ことは面倒?でも、「考える」からこそ人間であり、特にこれからのAI時代、「考える」ことができなければ生き抜くことが非常に難しくなります。
勉強を嫌がる生徒の中に、その理由に「面倒くさい」あげる人がいます。
「覚えるのが面倒くさい」「書くのが面倒くさい」「考えるのが面倒くさい」と「面倒くさい」のオンパレード。
でも、「面倒くさい」と言ったらキリがありません。
何もかもが「面倒くさい」になってしまいます。
そうなると、食べること、息すること、寝ること、生きることの全てが「面倒くさい」ということになり、勉強をしなくてもいい理由には到底なりません。
そもそも、勉強は面倒くさいものです。
だからこそ、脳を鍛えることになるのです。
脳細胞を活発に動かすことで脳内ネットワークが広がり、より高度な思考が可能になります。
これも「面倒くさい」が勉強しなくてもいい理由にはなりません。
最後に、「面倒くさい」というのは「できない」ということと同意ではありません。
逆に言うと、手間はかかるが、そうすればできるということです。
だから、それをやらないのは「怠慢」であって、この点からも勉強をしなくていい理由にはなりません。
「面倒くさい」が勉強しなくてもいい理由にはなりえないことを示したところで、本題の「考える」ということについて話してみましょう。
人類は他の動物のような強い牙や爪、自身を守る丈夫な皮膚や殻を持たない代わりに、頭脳を発達させることで生存競争に打ち勝つ道を選びました。
他の動物とは違い、「考える」ということに特化することで生き延びることに成功し、今日まで種をつないできました。
先ほども述べたように、「考える」ということは面倒で時間もかかり、時には莫大なエネルギーを使って無理する必要があります。
しかし、人類がこれまで生存してきたということは、これらの負の面を補って余りある利点が「考える」の中にあるのでしょう。
例えばどんな利点があるのでしょうか。
・目の前の手がかりからまだ見ぬものを想像する
人間には推測する能力があり、これは「考える」という力があるからこそ可能です。
人間は一つの事柄からそのものを認識するだけでなく、そこに様々な要素を加え、目の前のもの以上の認識をします。
例えば洋服一枚とっても、その服の形や色彩を捉えるだけでなく、「格好いい」「どこのブランドだろうか」「どこような着こなしができるかなあ」といろいろ考えを巡らせます。
このように現実の捉えたものそのもの以上の情報を手にしようとします。
これに経験などが加わると、これからどうなるかなど、未知の部分でさえより確実に推測することができます。
このように「考える」が加わると一つの現実から無限の可能性が生まれるのです。
これはAIにはまだ難しい分野で、だからこそ、これからのAI時代で人間の様々な能力が取って変わられるときに、「考える」と行くことは人間としてその存在価値を維持するためにも重要なものとなります。
しかも、この認識の拡張は個人個人で異なり、多くの人間が集まればより結論として導き出される可能性も増えます。
これはAIにはなかなかできません。
・これから起こることが分かるようになる
先ほど「考える」ことができる人間は目の前の一つの事象から、直接分からない部分でさえ推測することができると言いました。
これを時系列に当てはめれば、これから起こることでさえ分かるようになるという意味です。
そして、この「推測」する力は経験でより強化されるとも言いました。
これには個人的経験もありますが、人類としての経験も人は吸収することができます。
過去の人々の業績の蓄積を私たちは本や伝承で自分の中に取り入れることができます。
勉強にはこういった面もあり、学校の授業などで知識として学べば、当然一人の個人としては物理的に(質的にも量的にも)不可能な経験を積むことができます。
こうして個人を超えた経験が将来予測をより確実にすることができます。
そして、一つの出来事から他の出来事にも適用できる応用性が身に付けば、様々な難局であっても解決に導ける可能性が広がります。
このような応用力もAIにはなかなか持てません。
「考える」ことはAIに対抗する大事な武器です。
・「考える」という頭の中の無限の世界が、現実の世界を押し広げる
現実は限りがあります。
でも、頭の中で「考える」ことには限りがありません。
人間はいくらでも「考える」ことができ、思考の境界線を無限に広げることができます。
この「考える」という無限の行為があるからこそ、私たちは現実にあるこれまでの制限を取り払い、より自由に行動できるようになりました。
それは機械や道具のようなモノだけでなく、民主主義や社会システムのような制度を始めとする無形なものにまで及びます。
「考える」ことで人間は現実に創造し、物質的にも精神的にも豊かにしてきました。
そうして「考える」ことは世界全体を変えるパワーの源になり、これもAIでは生み出すのは難しいでしょう。
・AI時代を生き抜く
今後、AIの発達により世の中の50%以上の仕事がAIにとって代わられると言われています。
これまでのような、「知識を詰め込んで指示されたことだけを忠実に正確にこなす」だけの人間であれば、これらは全てAIの得意とすることなので、彼らの仕事はAIに奪われてしまうと考えられています。
だから、日本政府もこれまでのような教育ではなく、AI時代でも生きていける人材育成を目指し現在教育改革が進行中です。
この件に関しては個人的に議論したいところですが、一つの見方としては筋が通っています。
仮にこれが正しいとすれば、やはり「考える」ことができないと、これからの人間は生き抜くことができません。
当然AIが得意な分野は人間にはかなわないでしょう。
でも、AIが苦手な分野にはまだまだ人間の活躍の余地があります。
AIの普及、ICT化が世界のトレンドで逆らうことができないのであれば、AIとの共存を考えなければなりません。
AIは「与えられた答えの定まっている問題を解く」「情報を処理して最適化する」「情報を検索し処理する」「ルールに従い具体的なことを扱う」などは得意です。
一方、「定義が不明瞭で解答も定かでない問題を扱う」「与えられた情報から新たなものを作り出す」「物事の意味や意義、可能性を見出す」などということは苦手です。
このようにAIが得意なことはAIに任せ、苦手な部分(人間が得意とする部分)にこそ人間の力を集中させれば、全体としての効率が上がり、これまで以上に資源の有効活用が可能となり、より豊かな社会が作られるでしょう。
そして、人間が力を注ぐべきAIの苦手な部分というのは当面人間の独壇場であります。
「考える」はこの分野での活動の根幹をなし、「考える」ことが苦手な人間はこれからどんどん仕事の選択肢がなくなり、生きることが難しくなるでしょう。
このようにAIの発達が現実味を帯びる中、「考える」はこれまで以上に重要な要素となり、これができなければ生存も危うい時代になるのかもしれません。
最後に、「考える」をこれまで述べたように時代の変化に伴う必要としてではなく、人間本来の性質として捉えてみましょう。
いろいろ小難しいことを言いましたが、本来「考える」というのは人間が自然界における生存戦略として取り上げたもので、「考える」という行為を能動的に行わせるために、人間には知的好奇心と知的感動が備えられていると思います。
これを上手に刺激してあげれば、人間はより幸福感を味わうことができます。
これは私の塾を通しての経験の中で何度も出会った場面であり、経験的に間違いないと思います。
「分からなかった問題が解けた」「他の人が気付かなかったことに気づいた」など「a-ha!」と思った瞬間、人間は喜びを感じ、自分に誇りと自信を持ちます。
つまり、「考える」こと自体が日々の勉強のみならず、生活をも潤すのです。
「考える」のが「苦痛」「面倒くさい」と感じる人は、残念なことに様々な理由で、これらの幸福を十分に味わうことができなかったのでしょう。
葛西TKKアカデミーでは「学ぶ喜び」を大切にし、生徒一人ひとりを尊重し、知的感動を与えられるように努めています。
多くの生徒が乱暴な勉強で心身ともに打ちひしがれて、「考える」という楽しい行為を苦しみであり害悪と捉えてしまっていることに非常な悲しみを感じます。
「考える」はこれからの社会で生きるのに必須な能力だけでなく、個人個人の生活を幸福にする鍵でもあります。
どうか「考える」を「面倒くさい」と拒絶するのではなく、その喜びを味わってください。
そのために葛西TKKアカデミーは皆様の力になりたいと望んでいます。
2021.05.28
勉強ができない生徒はなぜできないのでしょうか。理由は様々でしょうが、いくつか例を挙げて考えてみましょう。
よく「うちの子は勉強ができない」などと言いますが、「勉強ができない=知能が低い」と結論付けていませんか。
私のこれまでの経験から、勉強ができない子は知能が低いからできないのではないケースがほとんどです。
問題はそれ以前にあるのです。
ということで、今回はできない原因となるものをいくつか挙げてみたいと思います。
「自分が勉強できないと思い込んでいる」
人間、思い込みと言うのがその行動や思考に大きく影響します。
「自分ができない」と思い込んでしまうと、本当はできる力があるのにできなくなってしまいます。
逆に、「自分はできる」と思い込んでいると、これまでできなかったことができるようになったりします。
よくスポーツ選手は、試合前に自分の勝利した姿をイメージするトレーニングをします。
それもこのことによります。
暗示とも呼ばれるこの作用ですが、多くの勉強ができない子供たちは、これまで勉強が分からないとき散々非難され、自分に自信を失って、「もう自分は何をやってもダメなんだ」と思い込むようになっています。
こうなってしまうと、その暗示を解くのは一苦労です。
だから、一番大事なのは子供ができないとき、すぐにダメな奴とか頭が悪いなどのレッテルを貼って責めるのではなく、根気強く本人が分かるまで付き合ってあげること、そして、常に「頑張ればできるんだよ」と励まし、本人が自分を信じ前向きになれるように支えることです。
因みに、勉強嫌いの子供にも同様のことが言えます。
勉強が嫌いなのは問題が解けないからという子供は非常に多いです。
これも先ほどと同じく、「本人が壁にぶち当たったときの周囲がどのような対応をしてきたか」によって勉強嫌いになるかどうか決まり、一度勉強嫌いになってしまったら、その子を勉強に向かわせるのは大変です。
私がよく言うのは「勉強は好きにならなくてもいいから、嫌いにならないでほしい」ということです。
そのためには予防的に注意して子供と接しなくてはいけません。
親が勉強をみて、自分にとって簡単なことができないとき、ついついイライラして、そのストレスを解消するために子供を避難してしまいますがこれは子供にとっては何の益もありません。
本人のことを思うなら、いくら自分がイライラしてもグッとこらえる心の広さ(長期的視点で考えることができる)と本人を信じ根気強くついてあげてください。
(親御さんも忙しいかもしれませんが、そんなときは第三者に助けてもらうのも一つの手です。)
勉強の楽しさが分からない
小学校に入ったとき、みんな勉強が嫌いではなかったと思います。
それまで憧れていた学校に入り、これからたくさん勉強しようと希望に満ちていたと思います。
しかし、学年が上がるにつれ勉強嫌いが増え、勉強が楽しくないという子供が増えてきます。
大きな原因の一つは上記にもあるように、壁にぶつかったときの対応です。
だから、周囲の人間次第で子供が勉強への興味や喜びを持続させることは可能です。
よく自分の好きなことであれば、大人がびっくりするぐらいなんでも知っている子供がいます。
自分から進んで調べ、積極的に理解し覚え。
勉強も同様であってほしいと思います。
そうすれば、勉強がどんどんできるようになり、その喜びからまた自主的に勉強をするというプラスの相乗効果が現れます。
ここで大事なのは、このプラスの効果を産み出すきっかけです。
それは直接学校の勉強でなくていいです。
例えば、先日ちょうどスーパームーンの月食がありましたが、これを見た感動から宇宙に興味を持ち、そこから理科が好きになるなんてことが考えられます。
つまり、勉強から少し距離を置いたところから攻めてみるのです。
そして、そのためには多くの実体験が効果的で必要になります。
どんな些細なことでもいいから(料理を作る、山登りをする、昔のお城を訪ねる、歴史的映画を見る、ホームステイで外国の人と触れるなど)子供に自分の体を通した体験をさせてあげましょう。
きっとその中に自分が面白いと思えるものが見つかるはずです。
そのためには鉄砲を数多く撃たなければなりませんね。
何をやったらいいか分からない
これもよくあるケースですが、やらなければならないのは分かっているしやろうと思っているのですが、何をどのようにやればいいのか分からないとう場合です。
これは本人だけで解決するのは難しいでしょう。
だから、周りの人間がきちんとしたアドバイスをしてあげることです。
子供と話し合い問題点が何なのかを的確に見つけ出し、その原因にどのように対処すればいいか教えてあげる。
葛西TKKアカデミーのような個別指導の場合、本人の勉強の度合いに合わせて勉強の進度の調整がききます。
中学の数学ができない理由を突き詰めてみると、実は小学生の時の分数だった。
そんなときはすぐに分数の基礎に立ち返り指導できます。
(他の生徒と一緒の集団指導では難しいですね。)
そして、勉強ができない根源的問題が解決すると、みるみる今までできていなかった数学の問題が解けるようになります。
勉強ができない理由は他にもたくさんあり、生徒一人ひとりで違うことがよくあります。
単純に「勉強ができない」と決めつけて、ひたすらプレッシャーを与え続けるのではなく、そのもう一つ前の理由を探しましょう。
本当の問題はそこにあるのです。
そして、そのためには一番に対話を通して子供を理解すること、子供を励まし支え、自分は頑張ればできるという自信を持たせてあげることが大事です。
親が勉強のできない子供をただひたすら怒り非難するのは何の効果もありません。
自己否定に陥り、状況を悪化させるだけです。
そうなると元に戻すのは至難の業です。
そうなるのだけは避けてください。
こちらが一生懸命教えて何とかできるようになってほしいと情熱を傾けるのはいいのですが、それがすぐに結果として出ないからと言って精神的に不安定になってはいけません。
子供の成長速度は様々で、すぐにはできるようにはならないかもしれません。
でも、勉強の本来の目的が彼らの将来のためだとするなら、我々は本人を常に信じ、長い目で見守ってあげるべきです。
2021.05.27
子供に言ってはいけないNGワード「学校の勉強なんで社会に出たら役に立たないからやっても無駄!」
子供たちは毎日、周囲の人からたくさんの影響を受け、それを吸収して成長していきます。
時には、大人の何気ない行為や発言をしっかりとらえ、それが子供たちの人間形成に大きく影を落としたりします。
本当に、「そんなことまで聞いていたの」「そんなところも見ていたの」と驚かされることもしばしば。
だからこそ、大人は自分たちの振る舞いや言葉に細心の注意を払わないといけません。
子供に良い影響を与えるものならいいのですが、まだ分別がしっかりしていないこともに対しては見せたり聞かせたりしない方がいいものもあります(もう少し大きくなって物事が分かってきてからならいいのですが)。
その中で今回はこの言葉をNGワードとして考えてみたいと思います。
「学校の勉強なんで社会に出たら役に立たないからやっても無駄!」
子供はまだ経験が浅く、世の中のことをよく知りません。
これから学ぶことが沢山あり、だからこそ、無限の可能性に満ちた存在といえます。
確かに現実は厳しくつらいものかもしれません。
しかし、まだ幼いうちからそれを知り、妙に斜に構えるようにはなってほしくありません。
できれば、夢と希望に満ち溢れた未来を感じさせてあげたい、そんな風に私は願うのです。
しかし、多くの大人や親がこのNGワードを口にします。
自分自身がこれまで生きてきて実感としてそう思うから、正直に何の気なしに言うのかもしれません。
しかし、この言葉が子供にどんな影響を与えるか考えてみてください。
子育てが一気に難しくなるかもしれませんよ。
この言葉を聞いて、子供はどんなことを思うのでしょう。
単純に、「そうか、役に立たないんだったら、勉強する意味はないな。勉強やめよう」と考えるのではないでしょうか。
これは、子供に「勉強をしない」ことに対する免罪符を与えることになり、勉強放棄を正当化させる根拠になります。
そうなれば、いくら親が「勉強しないと将来困るよ」とか、「勉強しないといけないんだから早くしなさい」なんて言っても説得力はなく、言うことを聞かなくなるかもしれません。
勉強嫌いな子供にとっては、まさに伝家の宝刀で、口の達者な子供なら特に、これによって勉強という呪縛から逃れることができるのです。
この言葉を理由にされたら反論できる親は多くはないでしょう。
なぜなら自分(または自分と同じ大人)が自ら言った言葉だから、否定できないし、言葉に対する責任もありますから。
「貧困の再生産」という言葉があります。
教育の価値を理解できず、十分な教育を受けていない親は満足な仕事になかなかありつけず、貧困家庭に陥ってしまう(特に貧富の差が拡大しつつある現代においては、その数も増加傾向にあります)。
日本のような国は、社会的地位の流動には教育が大きく関わってくるのですが、上記のような家庭では、親が教育の価値を十分わかっておらず、子供にしっかりとした教育を受けさせない傾向が強く出てくるそうです。
そうなれば、子供も親と同様に貧困に陥る確率が高くなり、「貧しい家の子供はやはり貧しくなる」という現象が現れてきます。
これが「貧困の再生産」です。
(本来教育は基本的人権の一つであり憲法に保障されているのだから、出自が何であれ、本人が望むなら誰でも十分な教育を受けられないといけませんが、実際はそうではなく、これは由々しき問題ですが、この議論は別の機会に。)
このような家庭環境における親がよく口にする言葉が「学校の勉強なんで社会に出たら役に立たないからやっても無駄!」です。
この何気ない一言が、子供の将来における上昇志向に水を差し、自己肯定感をなくし後ろ向きな思考になるかもしれません。
そして、貧困に陥る可能性が非常に高くなります。
教育、そして子育ては子供の可能性を伸ばしていくものでなければなりません。
しかし、そのような可能性を一気に押しつぶすような、強力な影響を持つ言葉を大人たちはつい言ってしまいます。
本当に気をつけないといけません。
現実を子供に知らしめる親切心と言うかもしれませんが、大きなお世話です(すみません、言い過ぎました)。
そもそも教育とは、将来役に立つか立たないかで割り切る打算的なものなのでしょうか。
いいえ、違います。
方程式や国語文法、英語の仮定法など大人になって使わないからやる必要はないのでしょうか。
教育の目的は学んだことそのものを実社会に出たときに使うことではありません。
様々な側面があり、その手段の一つが学校で習う五教科であったり九教科であったりするのです。
確かに「学校の勉強なんで社会に出たら役に立たないからやっても無駄!」というのは人生の経験を積んできた大人にとって真実の一面であり、教訓だからこそ自分自身そう信じて子供に言うのでしょう。
確かに、現実社会は厳しく小中学校で勉強したことで太刀打ちできるほど簡単ではないでしょう。
「子供の将来のために」と思って勉強をさせている親はたくさんいるでしょう。
しかし、子供は自分の将来がはっきり見えていて、何を勉強しなくてはならないか分かって勉強している者はほとんどいないでしょう。
実際勉強ができる子供は、将来のこと云々ではなく、単純に知的好奇心や知識欲で、もしくはもっとストレートに問題が解けた達成感のようなゲーム的面白さで勉強をしている人が多いです。
それを「将来役立たないから無意味だ」と言われたら、せっかく面白い勉強もつまらなくなってしまいます。
また、勉強するは習ったことそのものを大人になって利用するというよりも、「学ぶ」という過程で知ること身に付けることが生きるうえで重要なことが沢山あります。
つまり、勉強は目的ではなく手段とも考えられるのです。
数学をやりながら論理的説明を理解したり、国語を勉強しながら相手にいかに明確に分かりやすく説明するかということを学んだりです。
問題を解く中で試行錯誤し、「ああでもない、こうでもない」と苦労しながら多面的に物事を見たり考えたり、どういう結果になるか想像や推測したり。
難しいからこそ、もがき考えるうちに忍耐力や根気が育ったり。
実はこのような要素が実際に社会に出たときに不可欠となります。
これこそ勉強の真の目的の一つです。
「学校の勉強なんで社会に出たら役に立たないからやっても無駄!」と言うのは教育を表面的にしかとらえていない発言で、教育の真の意義を知らないのです。
子供たちの生活と心を豊かにしてくれるチケットです。
だから勉強は、こんな声明で価値をなくしてしまうような、そんな薄っぺらいものではありません。
その辺りをしっかり理解していただきたいと思います。
また、同時にこの言葉の持つインパクトを考えると、安易に子供に浴びせかけていいようにも思えません。
人生を長く生きてきた大人が実感を伴って思うことだからついつい口にしがちですが、子供に対していっていいものかよくよく考えてください。
葛西TKKアカデミーでは、ただテストのためとか受験のためではなく、本当に勉強を子供たちが楽しみ、教科書に書いている以上の知恵と教訓、そして学ぶ楽しさを知ってほしいと願います。
2021.05.26
明日は何とスーパームーンで月食です。月食は中三理科で習いますが、それより純粋に自然の神秘に触れ心動かしてほしいです。そして知的好奇心を刺激できれば勉強への興味もわいてきます。
明日、5月26日は日本全国で皆既月食(月が全て隠れる月食)が見られます。
18時44分から月が欠け始め、20時9分から28分まで完全に月が地球の影に隠れてしまいます。
天気予報によると全国的に天気も良さそうなので、多くの地域でこの月食が見られるのではないでしょうか。
時間になったら南東の空を眺めてみてください。
更に今回の月食には特別な点があり、それはちょうど月がスーパームーンに当たるということです。
月を始め地球などの惑星もそうですが、公転している天体は実は円を描いて回っているのではありません。
互いの呪力が影響しあい、程度の差はあれ、全て楕円軌道を動いているのです。
だから、地球と月の距離は絶えず変化し、地球に近い時は地球から見た月は大きく見えますし、地球から遠ざかっているときは小さく見えます。
何と見た目の大きさの差は14%にもなるそうで、つまり一割以上も大きさが違ってくるのです。
しかも、皆既月食が起きる時間は、月は比較的低い空に位置しているので、目の錯覚から更に大きく、そして、赤っぽい月の月食が見られるのではないでしょうか。
月食の位置が低いため、高い建物があると隠れて観察できないので、是非見通しのいい場所を事前に確保することをお勧めします。
後はタイミングよく雲が出ないことを祈るばかりです。
月食とは地球の影に月が入って、月の表面上に地球の影が落ちてできる現象です。
日食と違って影が月を隠しているので、暗いところとの境界線ははっきりとはしておらず、完全に隠れてもぼんやりと月が見え、今回のように真っ暗にはなりません。
日食と月食は中学校の理科の時間に扱われる項目で、当塾でもよく説明します。
しかし、机上の勉強では実感もなく、興味もわかないかもしれません。
このような天体ショーを自分で目撃すれば、きっと何か感動でき心に残るものがあるはずです。
このような特別なイベントに限らず、日常においても身の回りのちょっとした自然に目を向けてください。
少し気をつければ、知の感動は日常にあふれています。
何気ない見過ごしていたものに、何か新発見があるかもしれません。
そうでなくても、純粋に花をめでたり、昆虫や動物の不思議さに触れることができれば、もっと知りたいという意欲がわきます。
このように自身の経験が学校の授業と結びつくと、勉強はもっと楽しくなります。
これは理科に限ったことではありません。
どの教科も自身の経験とつながったとき、それは現実のものとなり、より強く心に刻まれ理解も実感を伴って深まります。
大事なのは発見し、実感し、想像することです。
そうして思いを巡らせ、自分なりの解にたどり着いたとき、人間の知的喜びは最高潮になります。
このような経験を沢山すれば、知的好奇心も高まり、勉強が楽しくなるはずです。
個別指導塾葛西TKKアカデミーは常に生徒たちが楽しくなる授業を心がけています。
つまらなくならないように、いろいろ工夫します。
勉強は苦しみではなく、喜びなんだと思えるように努めています。
このように知的好奇心を刺激することは、実は家庭でもできるのです。
親子が一緒に何かする。
料理でも工作でもハイキングでもいい。
不思議だなと思えることはたくさんあります。
どうか皆さん、そのようなチャンスを逃さず、答えを教えるのではなく一緒に考え話し合ってみてください。
そうすれば子供はどんどん学びに飛び込んできますから。
次のスーパームーンでの皆既月食は2033年の10月だそうです。
貴重な夜をお楽しみください。
2021.05.19
ゲームが手放せない子供たちが増えています。ゲームの長所と短所は何でしょうか。何に注意するべきでしょうか。
スマホやパソコン、iPad、ゲーム機などが浸透するにつれ、これらのツールを使ったゲームにはまる子供たちが増えています。
特にコロナウイルスの拡大に伴い外出の自粛を求められるようになると、家で過ごす時間が増え手持無沙汰にゲームに手を出す子供がたくさんいます。
そして、私たちの子供のころと違って困ったことは、これらのゲームにはキリがない、ここでやめておこうという区切りがつけにくいことです。
そのままゲームを続け中毒性、依存性が増すと、ゲームなしでは生きていけないような、ビデオゲーム症候群に陥ってしまいます。
そして、そのまま生活リズムが崩れ、勉強も疎かになり、健康も害するようになるといけません。
今回はゲームが子供たちに与える影響と、大人として何に注意すべきか考えてみましょう。
最近、親が子供にスマホなどで動画を見せたりゲームをやらせて、そちらに子供が夢中になっている間に自分のしたいことをする場面をよく見かけます。
ゲームに子守をしてもらう訳です。
ゲームさえ与えておけば、子供は黙ってじっとゲームに集中しているので、親としては子供を見る必要が減り、自分のやりたいことができるという訳です。
これは特に若い親に多く、よってゲームをやっている子供も幼児であることが多いです。
つまり、早い子供では小学生になる前からゲームに染まるのです。
そして、早い段階でゲーム依存症になってしまえば、それを子供から取り上げるのは至難の業です。
確かにゲームは上手く使えばいい点もたくさんありますが、やはり、それよりも子供へ与える悪影響を心配する親御さんが多いことと思います。
先ずは、メリットとデメリットを簡単に考えてみましょう。
メリット
ゲームをやることのよい点としては友達関係があげられるでしょう。
同じゲームを通して対話が生まれ、ゲームで競い合うことで盛り上がったりします。
我々が幼いとき、教室で友達とテレビの話で盛り上がったように、ゲームを通じて共通の話題ができるのです。
ということは、逆にゲームをやらないと友達との話についていけないということになりかねません。
また、親も同じゲームをしていれば親子の会話も生まれ、一緒に楽しい時間を過ごすことができます。
ゲームを上手になろうといろいろ考えたり、努力して強くなろう、クリアできるようになろうと頑張ります。
難しい局面でもがんばれば乗り越えられるという経験は子供には良い影響になるでしょう。
デメリット
やはり、一番気になるのは健康への影響でしょう。
過度のプレイは視力を低下させ、手根管症候群など、手や指の関節に障害を与えます。
一時期ポケモンで問題となった「光過敏性発作」を引き起こすことも報告されています。
先ほども触れましたが、生活リズムが崩れ、昼夜が逆転したり、頭痛に悩まされたり、寝不足になったりします。
こうなるとまともな生活を送ることも困難になり、子供の中には学校に行けなくなって不登校になる者もいます。
また、心理的な影響も心配されます。
ゲームの内容によっては、子供の攻撃性が強くなる傾向が指摘されています。
焦燥感やうつが出やすくなったり、社交能力が低下、集中力が長く続かなくなることも問題です。
これがエスカレートすると、もうゲームを手放すことができず、やらないと禁断症状が表れ落ち着きがなくなるゲーム依存症になります。
他にも長所短所があると思いますが、とりあえずここまで。
では、これらメリットを伸ばし、デメリットを減らして良好なゲームとの関係を築くには何に注意すべきでしょうか。
一番大事なことはルールを決めることです。
ゲームを完全に禁止することは親とって簡単かもしれませんが、良い解決策ではありません。
ゲームをやっていい時間帯や長さなど、ゲームをするときのルールを一緒に話し合って、親と子の合意の上でルールを作りましょう。
一方的な押し付けは反発を招くし、親と子で同様のルールを課さないと、親はやっているのに自分はどうしてダメなのかと子供に不公平感が表れます。
思春期の子供には特に不公平感、理不尽は大きな問題です。
家族が揃って食事をするときはゲームを置いて一緒に食事するなど、ゲームをしていい時間と悪い時間、そして場所をきちんと決めましょう。
実は意外にも子供たちはルールをほしがっています。
葛西TKKアカデミーに来る生徒たちも勉強しなければいけないのは分かっているのに、どうしても携帯が手放せなくて困っています。
だから、ルールを作って勉強中は携帯禁止とか、塾にいるときは携帯を預けるという風にしてほしいとリクエストされたことがあります。
子供たちも彼らなりに、スマホなどの弊害を理解しているようです。
後、子供がどんなゲームをしているか把握することも大事。
暴力的なもの、性的なのも、課金を伴うものには注意が必要です。
そして、オンラインゲームなどではインターネットに関するトラブルも怒るかもしれないので、こちらも気をつけなければいけません。
有害サイトにアクセスしないようにフィルタリングを使ったり、クレジットカードや住所などの個人情報が流出が起きないように子供たちにも正しい使い方を共有しましょう。
今の時代、ゲームを始めてしまったら、もうやめさせることはできないと覚悟しましょう。
軽い気持ちで与えてしまいますが、その時はこれから子供がどのようにゲームと付き合えばいいかよく考えないといけません。
そうしなければ、親子間のいざこざの一つになってしまいます。
もちろん、道具である以上、ゲームにも良いところと悪いところがあります。
ゲームを通してストレス発散やリラクゼーション、想像力がついたり、クリアするために創意工夫をする練習にもなります。
しかし、度を越してしまえば、ゲームは害となり、子供の一番重要な勉強の妨げにもなります。
大事なのは節度ある使い方、メリハリです。
そして、それは親が一方的に決めるのではなく、祖互いに話し合い達した合意でなければいけないと思います。
ゲームでこれほど四苦八苦しなければならないのも時代でしょうか。
こんな時代で避けようがないのなら、いかに健全に利用するかを考えなければいけないとは、現代の子供たちも大変ですね。